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あのあの皆さん、素敵な一日だったんです  作者: アザとー&クロード
邪気にあてられて
14/23

ウッドイエロービーチにて 前編

「どういうことだ、ウッドイエロービーチはいつから魔都になったのだ」

 改札を出るなり、池之端純くんは驚きと落胆をミックスしたような声を発しました。

「あのあの純くん、どうかしましたか?」

「クッ、目をこすってみても戻らぬか……。やはり魔都に成り果てておる……」

「魔都?」

「正直に答えてくれ、まやか。俺は、重大な選択ミスをしなかっただろうか?」

「どういうことでしょう?」

「周囲を見回してみろ、さっきから黒ずくめの使い魔どもが、何とも禍々しいオーラを放っているであろう」

 確かに、道行く人の多くが普通じゃない格好をしています。まるで悪魔のコスプレをしているかのようです。

「そうですね。若い人たちが、男の人も女の人も皆して黒い服を着ています。見慣れない色の頭髪をしていたり、ひどいのになると鋭利なツノが生えていたり、コウモリのような形状をした真っ黒の翼をはためかせていたり。そして、金属製のアクセサリが日光を反射して私の眼球を攻撃してくるのも、いただけません……何かイベントでもあるのでしょうか」

「身の毛もよだつような恐ろしき(サバト)が今宵開かれるのであろう。見よ、あの尋常ならざる長き爪を。あんなもので切り裂かれてはたまらぬ。我が子羊よ、今日は一段と、その、か、可愛いのだから、奴らに目をつけられぬよう、俺から離れてはならんぞ」

「いざという時は、守ってくださいね」

 私がお願いすると、池之端純くんは力強く頷きました。

「無論だ。だが、それにしても……行楽地として名高いウッドイエロービーチが、よもやこのような魔の巣窟に成り果てていたとは思わなんだ。愛するまやかと共に安らかに休日を過ごす聖地としては、最悪の雰囲気のようだな……」

 がっくりと肩を落とす彼。だけど、全然落ち込むことではありません。

「いえいえ純くん、そんなこと。純くんと一緒なら、どこだっていいんです」

「まやか……」

「純くん……」

 私たちは黒い人影が行き交う駅前で、見つめ合ったんです。

 さあ、もうおわかりかと思いますが、私たちはデートをしています。約束の通り、二人で遠出することになったんです。

 昨晩、純くんから、「まやか、明日はウッドイエロービーチに行くぞ!」と家に電話が来て、どこでもいいんですと言い続けていた私には拒否するといった選択はありえませんでした。何より、保健室での約束をちゃんとおぼえていてくれたことが、すごく嬉しかったんです。

 ――だけど、ウッドイエロービーチって、一体何なんですか。

 彼と並んで吊革に掴まり、電車に揺られて来てみれば、それは港町、横浜でした。

 おそらく、ウッドイエロービーチを漢字で書くと、『木黄浜』になるからウッドイエロービーチなのだと思われます。横書きで並べて書くと、木と黄の二文字で『横』という一字を表現できるんです。ビーチと聞いて南国の砂浜を思い浮かべ、うっかり水着を持って来てしまった私は、まだまだ純くんと通じ合えていないのかもしれません。

「それで、純くん。これからウッドイエロービーチのどこへ連れて行ってくれるんですか?」

「うむ、まずは昼飯だな。セントラルフラワータウンに行くぞ」

 拳を天空に突き上げました。いけてるポーズでした。

 ――セントラルフラワータウン。

 要するに中華街のことでしょう。普通にチャイナタウンと言わないところに、変なこだわりが感じられます。

 純くんは、焦っているのか、緊張しているのか、いつもよりも少し早歩きになっているようです。私も置いていかれないように、付いていきます。

 不意に、純くんが円筒形の堂々とした建物を見上げて立ち止まりました。

「純くん?」

「あれを見よ、まやか。あれは、さては闘技場(コロッセオ)だな。なるほど、耳を澄ましてみれば、屈強な戦士(グラディエーター)どもの怒号や、魔獣どもの咆哮。そして、錆びた金属のぶつかり合う音色がきこえてくる。何とも心地良い……」

 目を閉じて、耳を澄ましている純くんには悪いですが、それは気のせいです。闘技場ではなく横浜スタジアムです。野外球場以外の何ものでもありませんでした。殺伐とした音なんか、全くきこえて来ていません。

 何か特殊な音があると言えば、悪魔みたいな姿をした若者たちのざわざわ声が耳に障るくらいです。

「あっ、純くん、見てください。この看板」

 私は、スタジアムの敷地内にあった見上げるほど大きな看板を指差しました。嫌でも目に入ってきてしまうほどの大きさです。そこには、マイクを持って格好つけてる痩せた男性が写っていました。なにやら難しい英語の文字列も踊っていて、今日の日付も書かれていました。ということは、たぶん、この人のコンサートがあるのだと思われます。

 貼り紙の男の人は、金髪で、黒い服に身を包み、白い胸元を激しく露出しています。ピアス等、銀色のアクセサリーをいっぱいつけていて、顔を病的なほど白く塗り、しかも長いまつげのある目の周りは黒。まさに悪魔のようなメイクが施されていました。いわゆるヴィジュアル系ロックバンドというやつでしょうか。

「まわりに大量発生中の人たちも、皆、看板の人みたいな姿をしていますよね」

「ふむ、そやつが小悪魔どもの親玉というわけだな。なるほど、いかにも邪悪を撒き散らしそうな魔王の顔立ちをしている。写真をみただけでも、どす黒いオーラが立ち上っているのが容易に感じ取れるぞ」

「悪しき存在なんですか」

「ああ、尋常ならざるほどの邪悪さだ。その使い魔たちも小粒とはいえ邪気を醸し出している。この辺りの空気は、まやかの純潔なる精神に悪影響を及ぼしてしまうな……。よし、斯様な場所には用は無い。先を急ぐぞ、まやか」

「はい、いきましょう!」

 いざ、中華街――じゃありませんでした。えっと、いざ、セントラルフラワータウンへ!

 スタジアム横の公園には、池があったり、面白い噴水があったり、子供用の遊具もたくさん並んでいました。芝生の広場では、五歳くらいの男の子がお母さんと野球をして遊んでいて、小悪魔たちに満たされてしまったウッドイエロービーチにも、かろうじて平和が残っているんだと安心させられました。

 公園を出た後は、住宅街をほんの少し歩いただけで、絢爛(けんらん)かつ(にぎ)やかでデラックスな門の前に出ました。真っ赤に塗られた柱の上に、屋根や飾りが盛りだくさんです。しかも、奥から、わいわいがやがやといった喧騒(けんそう)がきこえてきます。

 私と純くんは、ゆっくりと、その異世界に足を踏み入れたのです。

「うむ、此の空気、此の風景、此の匂い、此の音色……。まさに異国であるな」

「にぎやかで、いい雰囲気ですね」

 純くんの言うとおり、私たちが暮らす町とは異質な空気が漂い、見慣れない風景が広がり、普段とは違う匂いや、色々な言語が入り混じり、私の五感に複雑な刺激を与えてくれました。

 まさに異国と呼ぶに相応しいんです。

 パスポートを使って海外に来たわけでもなく、地上を走る電車に揺られて来ただけなのに遥か遠くの外国に来てしまったかのようです。

 ふと、私たちのすぐ横を、中国語を話しながら歩くおばあちゃんたちが通り過ぎていきました。大きな声で、どこか怒ったような喋り方でした。

 おばあちゃんの声が遠くなって、自分が怒られているわけじゃなかったんだなとホッとした時、急に純くんが声を発しました。

「む!」

「え、どうかしましたか、純くん」

「まやか、きいたか今の不思議な言語を」

「ええ、日本語ではありませんでしたね」

「おそらく先ほどの小悪魔どもが、我らのような存在に聞かれたくない秘密を語る時に使う暗号なのだ。すれ違った老婆どもは見た目は普通だったが、あれは巧みな変装。奴らは間諜(スパイ)だったのだ!」

「そうだったんですかっ!」

「ああ。だから、やつらの向かった先に、あの貼り紙の親玉が居る可能性が高い……。どうする。危険はあるが、追ってみるか?」

 そんなタイミングで、私のお腹は「ぐぅ~」と異音を立ててしまいます。

「でもでも純くん、そうしたいところですが、目的を見誤らないで欲しいんです。今の私たちが目指すのは、聖なる中華料理屋なんです」

 つまり、おなかぺこぺこなんです。親玉よりも蟹玉です。

「む、そうか。すまなかったな。連中を一網打尽にするのは、またの機会にしよう」

 変なポーズをしながら言いました。片足立ちで拳法の構えのような感じです。中華街だから、中華風拳法の構えを意識しているのやもしれません。

 どこからでもかかってこい、といった挑発的なポーズを維持していたからか、純くんは、道行く他の観光客に写真を撮られていました。




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