表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

ガールズトーク

 女子というのは、一度話し出すとなかなか止まらない。特にファッションと好きな芸能人、可愛らしいお店など興味があることの話題を少しでも出すと肉食獣も顔負けの勢いで食い付く。それもいつの間にか近くに居た周りの女子も加わり始め、本格的に止まらなくなってしまうのだ。

 そんな女子達に、私は彼女達にとって大好物のネタを差し出してしまった。


「生徒会長について教えてくれないかな?」


 この発言が発端である。私の思惑としてはそこから会長が決定したという桜の木の撤去について間接的に何か情報を得られないかというものだったのだが、彼女達は私が会長のファンになったと思ったらしい。

 転校してきてからあまり周りと積極的に関わらなかったせいかそういうことに興味ないんだと思ったと言われ、やっぱり女の子だったんだね、と微妙に失礼な発言をされたあげく、延々生徒会長様の魅力について語られてしまった。

 私も悪かったとは思う。転校してきた一年の最後も同じクラスだったその女子生徒は会長の熱狂的なファンの一人だったのである。 だからこそ、多くの情報を得られると考えた上で話しかけたのは間違いない。そして現に多くの情報は得られている。

 しかし、会長は五カ国語が堪能だとか、試験では一位以外とったことがないとか、自分の見目に見合う美しい女性しか横に置かないとか、小中高と学園のトップに君臨してるとか、一年にして会長になったとか、そんな情報をどうしろと言うんだ。

 自分の話術の無さと誘導の下手さに呆れ返る。上手く桜の木のことに話題を持っていこうとしても彼女は興味がないのか適当な返事でスルーされてしまう。その上、周りで聞いていた女子達も会話に加わってきて会長に限らず学園の格好いい男子の話に話題が擦り代わってしまっていた。

 女子が大好きな恋ばなというやつである。

 私も女子だ。そんな話が嫌いかと聞かれたら否と答える。しかし、今はそれどころではない。なんせ命がかかっている。

 何とか話題を変えたいのだが、ただでさえ人と話すのが苦手な私が楽しげに盛り上がっている彼女達に口を挟むことなどできようか。できるわけがない。

 つまり始終うっすらと笑みを張り付けて閉口することしかできない。頬がひきつるのは致し方ない。これが私の精一杯だ。

 窓際の隅とはいえ、教室の一角に女子が集まっていれば目立つものだ。興味を引かれた様に次から次へと女子ばかり集まり、抜け出すこともできない。

 

「あれ? 皆して何の話してるの?」

「あ、伊織ちゃん」


 半分死んだ目で彼女達を眺めながら思わず息を吐きそうになった私の鼓膜に明るい声が聞こえてきた。私の目の前の女子生徒が向けた視線を追うと、ふわふわとした明るい茶髪を揺らして可愛らしく首を傾げた女子生徒が私達を不思議そうに見ている。

 

「今ね、えっと、佐倉さんに会長のこと教えてって言われて」

「会長? 大雅様のこと? えー、私も参加していい?」


 大きなアーモンド型の茶色の瞳が一度緩く細められたと思ったら、瞬いた次の瞬間には爛々と明るく輝く。そして私と目を合わせた。

 これは、私に許可を得ようとしているのだろうか。 確かに話題を始めたのは私だが、彼女がわざわざ私に許可を得る必要があるのだろうか。運動、勉強、社交性、どれをとっても優秀な彼女は言ってしまえばクラスの中心人物的存在である。

 そういえば、確かに会長のファンだと言っていたかもしれない。


「……うん、勿論」


 入手できる情報は多い方が助かる。

 承諾すると彼女は可愛らしい顔を嬉しげに綻ばせて特徴的な笑窪をへこませた。可愛い。申し分ないくらい可愛い笑顔だ。

 しかしこの笑顔が正直あまり得意ではない。

 転校してきた当初、何故か私は彼女によく話しかけられた。人懐っこい笑顔と楽しそうな声音で「私、七崎伊織≪ナナサキイオリ≫っていうの。志織と伊織って名前が似てるよね。仲良くしようね!」と言ったかと思うと、それからほぼ毎日話しかけてくれていた。 転校生を気にかけてくれていたのだと思う。

 実際、あまり社交性のない私が完全にクラスとして出来上がっていた一年の最後、最低限クラスで浮いたり、いじめに合ったりしなかったのも中心人物の彼女が私を気に入っていると思われたからだろう。その点は心から感謝している。

 しかしそれでも、仲良くなるのは困ったから結局最近は遠ざけていた。彼女もそれを察したのか二年に上がり再び同じクラスになってからはあまり話しかけては来なくなった。

 ただ時折、不意に目が合うことがあった。その度、彼女は細めていた瞳を自然に見開いて笑みを浮かべる。その笑みがとても無邪気で、遠ざけてしまったことに対する罪悪感が頭をもたげてしまうのだ。

 

「それで、志織ちゃんも大雅様のかっこよさに気付いたの? 素晴らしいよね、大雅様!」


 彼女は嬉しげにそう言って、自然に空けられた近くの椅子に座った。丁度私の斜め前から、若干身を乗り出す形の彼女から少し身を引き、頷く。

 会長の名前って大雅だったのか、なんて口にすれば流石に私が会長のファンになったというのが嘘だとばれるだろう。

 精一杯話を合わせることしかできない。


「色素の薄いさらさらな髪も素敵だし、とにかく何もかも完璧なの! 大雅様は!」

「う、うん」

「強引さもカリスマ性の一つって言っても、他の人が同じことをしたって駄目。大雅様だからこそもう何年も学園のトップなんだよね」

「そうなんだ」

「そう。誰より学園のことを考えていて、学園の平和の為ならどんな努力だってするの。そういうストイックさがまたかっこいいの!」

「そ、そうだね」

「だからね、生徒会に意見する人は居ないの。生徒会の決定はどんなものでも正しい。何より生徒会長が下したものは理事長の決定と変わらないから、ね」


 また瞳を細めると彼女は言った。何故か、全て見透かされている気になる。

 何より、次に彼女が発した言葉で私は思わず身を強張らせてしまった。

 完璧なまでの愛らしい笑顔で彼女は言う。


「そうそう、そういえば最近桜の木が撤去されることになったのも会長の決定なの」


 その話題があまりにもピンポイント過ぎることに驚愕して、喉が鳴った。

 これは、さっきまで全く思う通りにならなかった風向きが突然私の味方をし出したのか? 

 何にせよ、逃す手はない。


「桜の木って、中庭の綺麗なあれのこと?」

「うん? そうそう。あれ綺麗だよね!ずっと咲いてるし」

「うん、初めて見た時は見惚れて授業遅刻しちゃったよ」


 繋がなければならない。 必死な内心を押し殺して、不自然にならない程度に同意を示していく。興味があることを隠す必要はないだろうが、今までの話題とは毛色が違う。

 急に食い付いたら確実に訝しげな眼差しを身に受けることになってしまうだろう。


「あれって本当に綺麗だよね。でも撤去されちゃうんだ?」

「うん、ちょっと残念ではあるけど、仕方ないよ」


 相変わらず可愛らしい笑みを浮かべている。仕方ない、という口調とは少し不釣り合いなその笑顔を見詰めて至極当然な問いが口から滑り落ちる。


「仕方ない、の? どうして?」


 問うと、彼女は笑顔のまま首を傾げた。

 周りの女子生徒達はどうやら私達の話題には興味がないのか、それぞれで盛り上がっている。

 七崎さんの茶色の瞳はきょとんとしている。何故そんなことを聞くのかという不思議そうな顔だ。


「大雅様の決定は全部この学園の為なの。だから桜の木の撤去にだって意味がある」

「意味って?」


 訊かずにはいられなかった。

 短絡的に考えればその意味を覆すことができれば、撤去もなくなるはずだ。


「さあ? 何だろうね。……ただ、危険だって言ってたよ。学園の害悪だって」


 害悪?

 耳馴染みのない言葉に眉間に皺が寄る。

 七崎さんも理由を具体的に知っているわけではない様だ。

 危険で、害悪。あの桜の木が?

 美しく咲き誇る光景を思い出すとその言葉と結び付く様には思えない。

 ――駄目だ。情報が少なすぎる。


「それでね、大雅様が初等部の時なんだけどね」

「うん」

「その時には既に高校一年生のレベルの勉強をしてたの。すごく努力家でとっても素敵だよね!」

「そうだね」


 また生徒会長の話を嬉々とした表情で延々と続ける七崎さんは本当に幸せそうだ。綻んだ表情は何度見ても可愛らしい。

 そんな彼女に適当な相槌を打ちながら、やはり無理なのではと思う。

 何が害悪なのか、何が危険なのか、知ることはできなかったが七崎さんの口ぶりでは生徒会長のすることは学園の為らしいし、これを覆すのは難しいだろう。 希望が見えたかと思えばこの様だ。私は深く深く息を吐いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ