第一章 魔女の住む街
一区切りごとに載せていきます。
まずは1drop。
1drop
先日いた街で魔女の噂を聞いた新人退魔師のカティナーズ・J・セイエルは、魔女の住む街とされる「マフトレール」へ向かう列車に乗っていた。ガタンッゴトンッと揺られ、居眠りをしていたセイエルは目を覚ます。はっ、として窓の外を見て街を過ぎていないことを確認する。うっかり寝過ごして行きすぎてしまうと、さらに山奥の方に入ってしまうのだ。
「よかった……」
ふぅ、と安堵のため息を吐いて、座席に座り直し窓を開ける。顔に当たる風が気持ちがいい。
遠くをみればすでに街並みが見える。海と、空と、魔女の住む街。蒼の世界に浮かぶ白いレンガの街並みがとても綺麗だ。
噂で聞く魔女。美しく、愛らしい。どんな人物なのだろうか。セイエルの胸はわくわくと騒ぐ。
プシューと気が抜けた音とガタンッガタンッとゆっくりになっていく音が、街に着いたことを教える。そしてセイエルは期待と恐れを胸に、列車を降りた。
駅のホームは細工がされていた。白い石を積み上げた壁に、何か絵が刻まれている。きっとこの街の歴史や神話なのだろう。こうして細工されている建物は結構多い。カーダルト国では、小さな街にも必ず一つはこういう建物がある。これがこの国の特色なのだろう。
セイエルは『罪封じ《・》の柩』を背負い直し、魔術の住む塔へ向うために駅のホームを出た。
石畳の道を歩いていく。
両端には街の人達が果物や野菜、土産品等を並べて売っていた。ガヤガヤと人で賑わう街に、セイエルはほっとしていた。前に立ち寄った街で、「魔女だけではなく、街の住人もおかしい」と聞いていたからだ。
「なんだ、普通そうじゃないですか……よかった」
ごく普通な、どこにでもあるような街並み。住人の人たちは笑っている。ニコニコと楽しそうに暮らしている。前の街で言っていた事は嘘なのだろうか?やはり、噂は尾びれがついて大袈裟になっているんだな。そう、セイエルは納得し魔女の住む塔を目指し石畳の道を歩いていく。
「さて、塔にはどう行けばいいのでしょうか……」
ボソッと呟く。本当に小さな声で。独り言を呟いた。それだけだ。
一斉に住人の動きが止まる。先程まで笑っていたその顔を無にして、セイエルを見つめていた。
賑やかだった街が鳥の鳴き声しかしないほどに静かになった。息が詰まるほどの異常なほどの空間。セイエルは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。なんなのだろうか、たった小さな独り言を言った途端、まるで異世界に飛ばされたように別世界になってしまった。
まず、あの賑やかだった騒音の中でセイエルの呟きが聞こえる事からおかしいのだ。
「若き神父よ」
セイエルがこの異常に戸惑っていると、セイエルの近くにいた老人が嗄れた声で話しかけてきた。低い重苦しいほどの威圧感のある声が静かな空間にはよく響く。
「何故、塔へ行く?」
「……魔女に、会いに行きたいのです」
震える声を必死に抑え、老人だけではなく街の人たちに聞こえるようにはっきりと、言う。
「前に立ち寄った街で『魔女に会ったものは戻って来ない』と聞きました。僕は退魔師として、その真相を突きとめなけれないけない……いえ、突きとめたいんです……!」
怯えている心を打破し、真剣にはっきりと老人や街の人へセイエルは言う。
老人は一度目を瞑り、何かを確信したような目でセイエルに言う。
「魔女と関わっても碌なことがない。やめておけ……魂を喰われてもわしらは知らぬぞ、神父よ」
「……ッ!はいっ!」
魔女に会いにいくことを許されたのだ、とセイエルは嬉しそうに返事をする。「東へ丘を登っていくと魔女の住む塔がある」と教えてくれた老人に礼を言い、セイエルは駆け出す。魔女に会いにいくため、心を躍らせながらただただ必死に走った。
だがこのとき、セイエルは気づいていなかった。街の人たちが怪しく笑みを浮かべていたことに………―――――――――――