序章 魔女の噂
プロローグ 魔女の噂
それは遠い昔のお話です。
とある国の哀しい魔女のお話です。
昔々、とある国の東端にある街の塔には魔女が住んでいました。
その魔女には全てが見えると言われていました。
街の者たちは皆、魔女にいろんなものを見てもらっていました。
ある時、魔女のもとによく行っていた街の娘が行方不明になってしまいました。
街の者は皆、魔女のせいだと考えたのです。
街の者は魔女に近づかなくなりました。
そしていつの間にか、こんな噂がながれるようになったのです。
〝悩みある者が魔女と出会うと魂をとられ、その魂を糧に魔女は永遠に生き永らえる〟と。
それから魔女のもとには、あまり人が来なくなりました。
ですが、魔女の姿を見たものは必ずこう言うのです。
「此の世の者とは思えないほどに愛らしく、儚く、美しい」と……――――――
魔女の住む街の名は『マフトレール』。カーダルト国の東に位置し、白いレンガ造りの家が連なり穏やかな斜面に港もあるとても栄えた街だった。そして職人の多い街でもあった。華やかな中心部とは違い、魔女の塔がある場所は完全に隔離され、無残にもゴミの山と化していた。
そんな魔女の元へと足を運ぶ青年。
ガタンッガタンッと列車に揺られ街へと向かう。噂の魔女に会いに。街の人は言う、あぁ、あの青年はきっと戻って来れないだろう。魔女の生贄にされてしまうのだ、と。
青年はこのあたりでは珍しい格好をしていた。ごく限られた者のみが着る服であり貴族よりも身近で、庶民よりも遠い。青年は、聖職者であった。所謂、神父というものである。
神父とは、神にその身を捧げ、尽くし、人々の罪を許し、この世で中立の立場にいるもの。
そして時には『退魔師』とも呼ばれる。
青年は栗色の髪に蜂蜜色の瞳。そして黒と白を基調とした修道服。首にかけてある金色の十字架をしていた。そしてさらに異質なのは、背中に担いでいる大きな包み。その包みの中には、退魔師の商売道具、『罪封じ《クライメン》の柩』《・フォーズ》が入っている。
青年、カティーナズ・J・セイエルは新人の神父・退魔師であり、『新聖の儀式』という研修を受けなければならい。セイエルは『新聖の儀式』をまっとうするため旅をしていた。
ふと立ち寄った街の宿屋で聞いた噂。そう、前記にある魔女の噂だ。
「……全てが見える魔女、か……。その街の場所を教えてくださいませんか?」
「何だい、兄ちゃん。もしかして会いに行くんじゃねぇだろうね?やめときなって。魂が取られなくても碌なことにはならないさ」
相席していた男と婦人は言う。
「魔女だけじゃねぇ、街の奴等もおかしいんだとよ」
「その魔女に会いに行った人間は必ず別の場所で行方不明になるんだよ」
私の知り合いも、魔女に会えた。すぐ帰る。と言って帰って来なかった……。つらそうに言う婦人はそのまま階段を昇り部屋へと帰ってしまった。
「申し訳ないことをしてしまいました……」
婦人のつらそうな顔を思い出して罪悪感に苛まえる。
「あのばあさんだけじゃねぇんだ。結構多いんだぜ、いなくなっちまった奴は」
だから、やめておけ。命が惜しけりゃな………――――――――――――