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ep.1序章

主な登場人物です


挿絵(By みてみん)

ルージュ・ロスチャイルド

挿絵(By みてみん)

ジェスター

挿絵(By みてみん)

ギルバート・グレイヴ

 雨が激しく地面を叩く。街灯は相変わらずの明るさで点々に照らす。しかし、寂しい雰囲気は漂ったままである。廃れた街であるはずなのに、今も人が住んでいると思わせられる。この街灯も、彼らの生きているという想いなのだろうか。傘もささず、三人は道の真ん中を進む。かつての王国暮らしとは程遠い風景。小さな主人は内心どう思っているのだろうか。それについて聞けるものはいないだろう。

 少年とも少女ともつかぬその美貌には、刃のような冷酷さが滲んでいる。触れてはならないような棘。高嶺の花の蜜を吸う蝶。まるで母の写し鏡のようだ。と、横顔を見ていた道化師“ジェスター“は思ったが口にすることはなかった。彼の眉間の皺が深くなるのは面白くないからだ。どうせならあ(・)の(・)骨(・)が聞いた方がよい。さらに主人の顔が歪むだろう。そんな顔を想像しながら声にならないか細い声で笑う。

 彼らの後ろを歩く騎士“ギル“は、相変わらず下品な笑みを浮かべるジェスターの顔が視界に入らないよう、遠くの木々を眺める。笑い声まで聞こえてきた。顔に巻かれた包帯をさらにきつく巻き直す。視線を奥へと向けてみるが、そこにはただの暗闇が広がるのみ。明暗の違いは分かれど、目に悪いのはどのみち同じことだった。残った片目までも腐って落ちるのはごめんだ。渋々視線を前に戻す。すると2人はいつの間にか前へと視線を向けていた。


 1人の少女が彼らの横を駆けていく。街の者だろうか。その手には誰かに渡すものであったろう花束が抱えられている。打ち付ける雨から花を守る術もなく、下を向いて滴が落ちていく。後を追うべきだろうが、そう考える前に少女は消えてしまった。

 魔物がまた一つ、一つと増えていく。不規則で不気味な音を奏でながら行進してゆく。霧の中から光る点が増えていく。どうやら少女の後を追ってきたようだった。


「ここは下がっていてください」


ギルは反射的に二人の前へ出る。後ろに背負っていた武器を手にしながら不気味な光の方へ睨みつける。


「ワタシは隠れていますね?足手まといですから...」


そう言ってジェスターは影に溶け込むように、一人安全圏に逃げた。彼の悪い癖である。戦いになりそうになると、主人を置いて退避。一体何を考えているのだろう。考えていても最終的にはア(・)イ(・)ツ(・)の気味の悪い笑みにたどり着いてしまうので、ギルはかき消すかのように首を振った。

 

 霧がいよいよ二人の前まで立ち込めてきた。このままでは後ろの小(・)さ(・)な(・)主(・)人(・)を見失ってしまうだろう。ちらりと後ろの様子を伺う。未だに従者に命令を下さないことに、少し不安を感じていた。しかし、悪い予想とは裏腹に、彼らの主人はそこにいた。年齢に見合わない肝の座った少年。一切物怖じせず、ただ魔物を狩ろうとせん鋭い眼差し。いつものように奴らを見下すような目をしている。ギルは少しホッとした。そして反省した。もしそこにいなければ、それは自分たちの責任であるからだ。

 

「何をしている?さっさと済ませろ」


鋭い眼差しは魔物に向けられたまま、他の全てはこちらに注がれている。ギルはすぐさま緩んだ思考を一掃し、武器を構える。今夜は満月である。魔物がよく出ると言われている夜だ。月光に照らされた丈にみわぬ大鎌は、それはそれは美しい。このまま円を描くように振り下ろせば、魔物は一掃できるだろう。主人と共に。そうしたいことは山々だが、その前に彼の“裁ち鋏”で自分の体は真っ二つだ。せっかく集中していたのに、余計なことを考えてしまった。主人の突き刺すような視線がこちらに向かう前に、ギルは倒そうときめた。

 今まで様子を伺っていた魔物達だが、ギルが大鎌を手に一気にこちらへと殺意と共に飛んでくると、霧の中から姿を見せた。狙いは自分か、いや、あの少年だろう。いかにひ弱そうだからだ。あの眼差しを受けても恐怖を感じないところは、ギルにとっての憧れだ。


(ダメだ、雑念が消えねえ)


今度は首を振る代わりに大鎌を振った。魔物の首をいくつか吹き飛ばす。周りの建物の壁もえぐる。つい先ほどまで人がいるのではと想像したが、このような事態になると、どうでもいいことだった。しかし、残った奴らはギルの後ろに回り、鋭い爪で攻撃を仕掛ける。長く細長い爪。奴らの爪はギルの肉体を抉っていく。急いで振り払おうと大鎌を振るが、自身の身体にまとわりつかれては、なす術がない。どんなに攻撃を受けても血は出なかった。なぜなら、彼の体は所々が骨と化しているからだ。包帯で隠してはいるが、このようになるとどうしても露出してしまう。この姿が主人の視界に入るのは極力避けたい。だがこの爪、とても見覚えがある。そう、ジェスターの黒く鋭く金属も引き裂くあ(・)の(・)爪(・)。

 

(アイツじゃねえか!クソッ...)


しかし好機ともいうべきだろうか。付き合いはそこまで長くはないが、長年の恨みだろうか。ただ爪が似ているだけだが、それでも全ての魔物がジェスターに見えてしまった。そしてギルは今まで道化師(イカレ野郎)に対してのつもりに積もった全ての憎悪、怒りを刃に込めて解き放つ。今何か鋭いものを感じたが、見ないようにする。お叱りは後で受けると心に誓い、満月に照らされた大鎌で終わりを告げる。


「てめぇは死にやがれぇぇぇぇぇ!!!!!」



 ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

 「お前は一体何をしていたんだ!」

 「...申し訳ありません。私情が滲みました...」


 お叱りを受けるとは誓ったが、ここまでとは思わなかった。私情を挟むな、時間がかかりすぎだ、汚い言葉を使うな(以下略)。最悪なのはこれを後ろでニタニタ笑ってるジェスターがいることだ。誰よりも先に戦線を離脱したくせに、よく戻ってこられたな。と、横目で睨みながら長々と続くお叱りを聞いていた。

 

「いやぁ、アンタがワタシへの恨みを敵にぶつけるなんて。なぜ騎士をやめさせられたのか、よく分かるよ」

「ジェスター、お前はすぐに逃げただろ」


その言葉を待っていたと言わんばかりに口角がつり上がる。口が裂けているのか、とギルは思った。


「坊っちゃんにも見て頂きたいものがありまして」

「なんだ?僕の言葉を中断するほどのものか?」


魔物に対して以上の視線をジェスターへと向ける。それでもその笑みを崩さず、真っ直ぐ見つめ直す。本当に頭が狂ってるな、と思い直す。すると、どこからともなく奴は大きな布で包んだそ(・)れ(・)を二人に見せた。

白骨化した死体。腕は祈りを捧げているような形をしている。そして枯れた植物らしきものが挟まっている。小柄な体型。体にはボロボロの布が所々にある。服だろうか。それを見た時、二人は直感する。あの時見た少女だろうと。


「すぐに彼女を追ってみたんですけどねぇ、残念ながらこの状態だったんですよ」

「ジェス、何が残念なんだ?」

「いやぁ、このぐらいの年齢なら...」


急に言葉が途切れる。何か嫌な予感がする。流石の笑みも消えるだろうと思ったが、残念ながらその予想は外れた。三人は周囲を見渡すが、いつの間にか霧は消えていた。魔物が出てくる様子はない。じゃあ、この気配は?もしかして______


「ゔっ!」


短いうめき声をあげて少年はうずくまる。が、それを許さんとばかりに身体を反らせ、磔にするかのように固定させる。ジェスターとギルは瞬時に建物の上へと上がる。そう、さっきまだ横たわっていた死体が動き出していたのだ。祈るような静かな細い腕は少年の左胸を貫いていた。そして何かを探すように五本の指が内部へと入っていく。その間にも少年は苦しそうに声を上げる。


「ねえ、あなたの心臓はどこ?」


少女らしき声が頭に響く。どれだけ中を探しても見つからない。血が、肉片が、醜い音をたてて服を伝って流れていく。その様子を二人はただ眺めるだけだった。しかし、少年は声を上げない。力尽きてしまったのか。


「ねえ、どこなの?」


さらに問いかける。少年は答えない。いや、答(・)え(・)れ(・)な(・)い(・)。


「...ふふ、僕の心臓?そんなもの、ここにはない!」


      『咲き誇れ“荊棘の庭園”』


 少年は口にする。母の代名詞を。彼の貫かれた傷口から赤い薔薇とツルが伸びる。夜に向かってどんどん伸びてゆく。そして空一面を覆ってしまう。幸い、従者二人までは届いていないようだ。その瞬間、時が止まったようだった。

 美しく整えられた秘密の花園。小鳥がさえずり、蝶が舞っている。いつしか太陽が昇っていた。少女は肉体を取り戻していた。少年は中央のティーテーブルで紅茶を嗜む。


「あれ、私...」

「こっちに来い。ティーパーティーをしようじゃないか」


少女は椅子に座って色とりどりのお菓子の中からクッキーを手に取り、食べる。そして美味しそうに笑みを浮かべる。少年はその様子をただじっと見つめていた。誰だって人に優しくされれば微笑む。これは母からの教えだ。


(その隙を逃さないよう、手を差し伸べてやるのだ)


「パーティーはお開きだ。またやろうじゃないか」

「もう終わり?...残念」


少年は立ち上がり、そばに置いてある裁ち鋏を手に取る。そして、そばにある一輪の赤い薔薇を切る。同時に、この時間は終わりを迎える。少女は不思議そうに彼を見つめる。まだ幼いからだろうか、状況を理解していないようだった。それはいいことなのだろう、と少年は思う。


「僕は赤き女王“ルージュ”だ。君は?」

「私は、アンナ!素敵なお茶会をありがとう!」

「...そうか」


空を覆う荊棘が徐々に消えていく。それは完了の合図だ。上から様子を伺っていた二人は主人のもとへと戻る。いつの間にか死体は安らかに眠っていた。白骨化してもなお、その様子が分かるようだ。


「傷はどうですか」

「問題ない。それより、彼女の墓を作るのだ」

「人の心はお有りなんですねぇ。心臓“ハート”がないのに!」

「ああ、そうだな。お前と違って」

「ジェスター、お前あの少女の肉体があったら心臓をもらおうとしていただろ」

「それは...どうでしょうかねぇ」


道化師“ジェスター“は皮肉まじりに小さな主人“ルージュ“を讃える。騎士“ギル“は少女を布で包み、運ぶ。もう雨は止んだようだ。ルージュの歩く道は後ろに赤い線ができていた。傷は塞がっているようだが、雨のせいで流れてしまった。心臓“ハート“を失った彼は何を感じるだろう。と、ジェスターは思う。このようにして生きているのも全ては悪魔“ジェスター“のおかげだった。そう考えると、また笑みが溢れてしまった。












 


 


 


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