第一章 侍女勤務日誌
「王城侍女勤務日誌:勇者様はこの世界を17回やり直している」
第一章 侍女勤務日誌
王城侍女勤務日誌
記録者:侍女リナ
王暦437年 春
【1日目】
今日から勇者様付きの侍女になった。
正直に言うと、あまり気が進まない。
勇者様というのは、だいたい面倒な人が多い。
英雄というのは自分が英雄だと分かっているからだ。
部屋の掃除、食事の準備、服の手入れ。
侍女の仕事はただでさえ多いのに、そこに英雄様の機嫌取りまで加わる。
でも命令なので仕方がない。
今日、勇者様が王城に到着した。
第一印象は――
思ったより普通だった。
もっとこう、光っているとか、威圧感があるとか、そういうものを想像していた。
実際の勇者様は、黒髪で、少し疲れた顔をした青年だった。
そして、部屋に案内したときの第一声がこれだった。
「……ああ、やっぱり君なんだ」
私は聞き返した。
「はい?」
勇者様は少し驚いた顔をしたあと、すぐに笑った。
「いや、なんでもない。初めまして」
どういう意味だったのだろう。
【2日目】
勇者様は、妙な人だ。
朝、部屋を掃除していたら突然こう言った。
「今日の昼、王様が転ぶから気をつけて」
意味が分からなかった。
当然、私は気にしなかった。
だが昼の謁見の時間。
王様は階段で本当に転んだ。
原因は、床に落ちていたリンゴだった。
侍女長は激怒していた。
私は、少しだけ怖くなった。
【3日目】
勇者様は城の中をよく知っている。
初めて来たはずなのに。
今日、厨房から勇者様の部屋へ食事を運んでいたときのことだ。
勇者様は私に言った。
「その廊下は遠回りだよ」
私は答えた。
「いえ、これが最短で――」
「違う。そこの壁の奥に通路がある」
壁の奥。
意味が分からない。
しかし勇者様は壁の装飾を動かした。
すると。
本当に隠し扉が開いた。
私は知らなかった。
三年王城で働いているのに。
勇者様は少し困ったような顔をした。
「……あれ?」
「どうして知ってるんですか?」
勇者様は沈黙した。
そしてこう言った。
「前に見たことがあるんだ」
初めて来たはずなのに。
【4日目】
勇者様には変な癖がある。
よく独り言を言う。
「今回はどうかな」
とか
「前よりマシだといいけど」
とか。
誰に向かって言っているのだろう。
【5日目】
今日はもっと変なことが起きた。
勇者様が突然言った。
「南門が壊れる」
私は聞き返した。
「南門?」
「うん。今日の夕方」
理由を聞いたら
「事故」
と言った。
夕方。
南門は本当に壊れた。
荷馬車が突っ込んだ。
怪我人はいなかったけど、門は完全に崩れた。
偶然、なのだろうか。
【6日目】
私は勇者様に聞いた。
「どうして未来が分かるんですか?」
勇者様は少し黙った。
それから、静かに言った。
「未来じゃない」
「え?」
「……過去なんだ」
意味が分からない。
【7日目】
今日、勇者様は城の庭をずっと見ていた。
桜の木の下で。
私はお茶を持っていった。
勇者様は突然こう言った。
「この庭、好き?」
私は答えた。
「はい。きれいですから」
勇者様は少し笑った。
「君は毎回そう言うね」
毎回?
私は聞き返した。
「毎回って?」
勇者様は黙った。
しばらくしてから、静かに言った。
「……ごめん」
その顔が、少しだけ。
とても疲れているように見えた。
(第二章へ続く)
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