表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼き王女と誓約の護衛――王宮で紡ぐ、静かな恋と精霊の物語  作者: あめとおと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/5

第5話 誓約の意味

 王女の言葉は、風よりも軽く、刃よりも鋭い。


『役目だけ、では嫌よ』


 あの一言が、耳から離れない。


 北塔へ向かう回廊を歩きながら、レオンは己の呼吸を整えていた。


 護衛として、冷静であること。

 感情を排し、最善を選ぶこと。


 それが彼の在り方だ。


 ――そう、決めた。


 十年前に。


 


 幼い日の庭園。


 蒼い光に包まれながら、それでも泣かなかった少女。


『大きくなったら、守りに来て』


 あれは命令ではない。


 願いだった。


 だからこそ、重い。


 レオンは騎士団に入るため家を出た。

 次男として与えられるはずだった穏やかな道を、自ら閉じた。


 婚約話も、縁談も。


 断った。


 幼馴染であるリリアーナからも、遠ざかった。


 彼女は聡い。


 何も言わず、察した。


 それでも時折、静かな瞳で問いかけてくる。


 ――あなたは、それでいいの?


 答えは決まっている。


 いいも悪いもない。


 あの日、誓ったのだから。


 


 北塔の前で足を止める。


「殿下、ここから先は私が先行します」


「……分かったわ」


 素直な返答。


 信頼。


 その重みを知っているからこそ、怖い。


 魔術痕は壁面に刻まれていた。


 黒い紋様。


 王女の精霊に反応する構造。


 狙いは明白。


「……殿下」


「ええ、分かるわ。わたくしの力を引き出すための餌ね」


 落ち着いている。


 だが、指先はわずかに冷えている。


 レオンは距離を詰める。


「触れても?」


 一応の確認。


 王女である彼女に、無断で触れないのが礼儀。


 アイリスは、ほんの少しだけ迷い、頷いた。


 手袋越しに手を包む。


 魔力を流し込む。


 蒼い光が広がる。


 同調。


 彼女の鼓動が、伝わる。


 乱れている。


「落ち着いてください」


「……あなたがいるもの」


 無防備な声。


 喉が、ひどく渇く。


 役目だ。


 そう自分に言い聞かせる。


 だが、違う。


 彼女が笑えば嬉しい。


 危険に晒されれば、理性より先に身体が動く。


 それは職務を超えている。


 分かっている。


 だからこそ。


 言わない。


 言ってはいけない。


 王太女。


 未来の女王。


 彼女の隣に立つ男は、国益で決まる。


 隣国との婚姻の話が出たとき。


 胸の奥が、凍った。


 だが顔には出さない。


 出せる立場ではない。


 


 紋様が崩れる。


 魔術は無力化された。


「終わりました」


 手を離す。


 離れた瞬間、ひどく軽い。


 そして、寂しい。


「レオン」


 呼ばれる。


 名前で。


 公の場ではないときだけの、それ。


「あなたは、後悔していないと言ったわね」


「はい」


「……本当に?」


 蒼い瞳が、まっすぐに射抜く。


 逃げ場はない。


 レオンは一度だけ、息を吸う。


「後悔はありません」


 嘘ではない。


 だが、全部でもない。


「ただ」


 言葉が、零れた。


 止められなかった。


「殿下が他国へ嫁がれる未来を想像すると、冷静ではいられません」


 静寂。


 風が止まったように感じる。


 アイリスの瞳が揺れる。


「……それは、護衛として?」


 問われる。


 踏み込まれる。


 ここで一線を引け。


 そう理性が命じる。


 だが。


「それ以上の理由があったとしても、申し上げる資格はございません」


 限界の言葉。


 それが精一杯。


 沈黙。


 次の瞬間。


 アイリスが一歩、近づく。


 距離が、ほとんどなくなる。


「資格がないのは、誰が決めたの?」


 心臓が跳ねる。


 蒼き精霊が、二人の間で揺れる。


 祝福か、警告か。


「……殿下」


「あなたは、わたくしの騎士でしょう?」


 あの日の言葉ではない。


 だが、確かに繋がっている。


 レオンは片膝をつく。


 形式ではなく、衝動に近い。


「王女アイリス殿下」


 視線を上げる。


「あなたが望む限り、私はここにいます」


 それは誓約。


 職務としてではなく。


 ひとりの男として。


 アイリスの頬が、わずかに紅く染まる。


「……なら、望むわ」


 小さな声。


「わたくしのそばにいて」


 蒼い光が、静かに満ちる。


 触れない距離。


 けれど、確かに越え始めた一線。


 塔の影から、黒い視線がそれを見ていた。


「なるほど……想定以上だ」


 策を練り直す必要がある。


 王女の力だけでなく。


 その護衛を切り離さねばならない。


 甘い時間は、終わらせる。


 だが。


 影が迫るほどに。


 二人の誓約は、強くなる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ