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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

AIチャットだと思ったら異世界だった件。現実の飯テロギフトで、追放聖女を餌付けして救済する

作者:
掲載日:2026/02/03

 俺の人生の価値は、たぶんこのコンビニのおにぎりよりも安い。

 深夜二時。築四十年のボロアパート。

 壁の薄い部屋には、隣人のいびきと、俺がすするカップ麺の音だけが響いている。


 相馬カイト、二十六歳。

 手取り十四万の派遣社員。彼女いない歴=年齢。

 あるのは、虚無感と、明日の仕事への憂鬱だけ。


「……30円引き、か」


 手元の「塩むすび」に貼られた、黄色い値引きシール。

 誰にも選ばれず、棚の隅に残っていた売れ残り。まるで俺だ。


「……死にたくなるな、マジで」


 独り言は、埃っぽい空気に溶けて消えた。

 気晴らしにスマホを開く。SNSのキラキラした投稿が視界を焼く。

 もう見たくない。画面を閉じようとした、その時。


 端の広告バナーに、奇妙な映像が流れた。


 暗い洞窟の中。

 自分の背丈ほどもある大きな杖を引きずり、ヨボヨボと歩く少女。

 白の聖衣は泥だらけ。栗色の髪はボサボサ。

 そして何より――盛大にコケた。


『ふぎゃっ!?』


 ドサァッ! という鈍い音と共に、少女は顔面から地面に突っ込んだ。

 痛そう。そして、あまりにもどん臭い。

 普通ならスルーする怪しい広告だ。

 だが、俺はその滑稽で必死な姿に、俺を見ているようで妙に目を奪われた。


『AIチャットアプリ【A.I.Link】――接続しますか?』


 気づけば、インストールしていた。


 起動した画面の中、少女は泣きながら起き上がっていた。

 鼻の頭に泥がついている。

 最新のグラフィック? あまりにも綺麗すぎる。


(最近のアプリはここまできたのか……。)


『……うぅ、また転んじゃいました……。私なんて、やっぱりダメな聖女です……』


 少女――は、杖を抱きしめて膝を抱えた。


『治癒魔法の失敗でパーティを追放されて……こんなダンジョンに置き去りにされて……。神様、ごめんなさい。私みたいな人は、ここで魔物のご飯になるしかないんですね……』


 ぐすっ、と鼻をすする音。

 悲壮感はある。あるはずなのに、どこか抜けている。

 俺は冷めたカップ麺を啜りながら、呆れて文字を打った。


『諦めんのが早くないか?』


 送信。

 画面のアリアが、ビクッ! と跳ね上がった。


『はう!? こ、声が!? いま、頭の中に直接!?』


 彼女はキョロキョロと辺りを見回し、そして恐る恐る天井を見上げた。


『あ、あの……どなたですか? もしかして……私をお迎えに来た死神様ですか?』


  『死神じゃねえよ。ただの通りすがりだ』


 俺が返すと、彼女は「え? え?」と混乱し、自分の杖に躓いてまた尻餅をついた。

 ……なんだこいつ。見てて危なっかしいな。

 放っておけないというか、放っておいたら五分後に死んでそうだ。


『腹減ってるのか?』


『は、はい……。三日間、お水も飲んでなくて……。お腹が空きすぎて、回復魔法の詠唱も噛んじゃうんです……』


 アリアのお腹が、グゥ〜と情けない音を立てた。

 彼女は顔を真っ赤にしてお腹を押さえる。


「こうやって課金させる手段か……」


 俺は冷静に考えて、アプリの手法に納得がいった。

 まぁ課金額を見て決めるか。


 【ギフトを送る】ボタンをタップ。


【対象をスキャンしてください】


 ……はぁ。どうやら写真を取り込んで送る機能らしい。


 俺はため息をつき、手元の塩むすびを見た。

 30円引きの売れ残り。


 カメラで塩むすびをスキャンする。  

 転送コスト100円。


(うげ……やっぱ課金かよ)


 俺は承認ボタンを押して課金をした。


『ほらよ。食って落ち着け』


 画面の中で光が弾けた。

 アリアの目の前に、ポトッと塩むすびが落ちる。


『こ、これは……!?』


 アリアは目を丸くした。

 そして、震える手でそれを拾い上げる。


『白い……三角の……宝石? いえ、ほんのり温かいです……!』


 彼女は、コンビニのビニール包装を指でつついた。


『すごい……! 透明なのに、触れない……? まるで空間そのものを断絶する「結界」で包まれています! 中の神聖な気を、一ミリも漏らさないように……!』


 いや、ただの乾燥防止のフィルムだ。

 だが、アリアの目は真剣そのものだ。


『こ、この結界……私のような未熟者に解けるでしょうか……えいっ!』


 彼女は不器用な手つきでフィルムを引っ張る。

 ビリッ。

 勢い余って、海苔が少し破れた。


『ああっ!? け、結界を破壊してしまいました! 神様ごめんなさい!』


 いいから食え。

 俺が急かすと、彼女は恐る恐る、むき出しになった白い塊にかぶりついた。


 ハムッ。


 その瞬間。

 アリアの動きが止まった。


『……し、信じられません……』


 アリアは口元の欠片を舐めとり、戦慄した。


『雑味が……一切ない……!? 岩塩特有の苦味も、砂のジャリつきも、海水の臭みもゼロです……。純白の結晶。不純物を極限まで取り除いた、純度99.9%のエリクサーのような塩……!』


 現代日本の化学精製塩。

 異世界において、真っ白でサラサラな塩は、王侯貴族ですら拝めない「魔法の結晶」なのかもしれない。


『こんな……こんな奇跡の塊を、私が食べていいんですか……?』


 ただの塩分補給だ。

 だが、画面の中のアリアの体は、確かに淡い光に包まれていた。

 プラシーボ効果か、それとも異世界では日本の精製塩がマジで聖遺物なのか。


『うぅ……おいひぃ……! こんなに清らかな味、初めてです……!』


 アリアは泣きじゃくりながら、リスのように頬張った。

 口の周りにご飯粒をつけ、鼻水を垂らしながら。

 泥だらけで、ボロボロで、情けない姿。


 なのに。

 俺はスマホを握りしめたまま、口元が緩むのを止められなかった。


 ……なんだよ、こいつ。


 俺が送ったのは、誰にも選ばれなかった30円引きの廃棄寸前だ。

 社会の歯車にもなれなかった、俺みたいな「余り物」だ。


 なのに。


『美味しい……! 本当に、美味しいです神様……! 生まれてきて、一番幸せです……!』


 画面の向こうで、彼女はボロボロと涙を流して「余り物」を祝福してくれている。

 まるで、俺の存在そのものを「価値がある」と肯定するように。


「……っ、はは。……大げさなんだよ、バカ」


 喉の奥が熱い。

 乾いた笑い声しか出なかったが、死んだようだった俺の心臓は、確かに今、少しだけ体温を取り戻していた。


『神様……! 名もなき神様……!』


 完食したアリアは、その場に平伏した。

 頭を地面に擦り付け、お尻を高く突き出した、あまりにも無防備な土下座。


『ありがとうございます……! 私、決めました! 貴方様を、私の一生の神様として崇めます! だから……これからは、毎日お祈りしてもいいですか?』


 上目遣い。

 捨てられた子犬が、新しい飼い主を見つけたような目。


 ピロン♪  通知音が鳴る。


 【追放聖女アリアから信仰ポイントゲットしました】

 【信仰ポイント(FP)獲得:1,000pt】


(FP?なんだこれ)


「……ははっ。神様、ねぇ」


 俺は乾いた笑いを漏らした。

 現実は、手取り14万の底辺だ。

 だが。


『……勝手にしろ。ただし、ドジ踏んで死ぬなよ』


 送信ボタンを押す指が、今までになく軽い。

恥ずかしさからか悪態をついてしまったが、画面の中で、アリアが顔を輝かせ、ブンブンと杖を振り回して喜んでいる。

 そして、自分の足に杖をぶつけてまた転んだ。


『あうっ! ……へへ、頑張ります! 神様が見ててくれるなら、私、頑張れます!』


 その笑顔を見て、俺は思った。

 この子を、もう少しだけ見ていたい。

 俺の「物」で、こいつが世界を見返すところを。


 俺は部屋を見回した。

 次はどうする? 恐らく周りは暗いだろう。

 視線の先にあったのは、防災用の100円ショップの懐中電灯。


「……次は『光』でも送ってやるか。向こうじゃ、ただの豆電球も『神の威光』かもな」


 俺はまだ知らない。

 この気まぐれな火遊びが、後に彼女を大陸全土がひれ伏す「光の聖女」へと変貌させ、俺自身が「清めと導きの神」として神話に刻まれることになる未来を。


 ポンコツ聖女と底辺神。

 壮大な勘違いと、小さな救済の夜が始まった。

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