第9話 今さら戻れと言われても
王都への凱旋。
それは、かつて私が罪人として追放された時とは、真逆の光景だった。
「見ろ、あれが『黒竜騎士団』だ!」
「ドラゴンを倒した英雄様だぞ!」
沿道を埋め尽くす市民たちの歓声。
花吹雪。
その中心を、漆黒の馬に跨ったギルバート様が進む。
そして、その横に並ぶ馬には、私が乗せられていた。
「……目立ちすぎです」
私は小声で抗議する。
顔はヴェールで隠しているが、居心地が悪い。
「諦めろ。英雄の隣には、英雄の剣を打った職人がいなければ画竜点睛を欠く」
ギルバート様は堂々としたものだ。
私の腰を抱く手にも、力がこもっている。
「逃がさないぞ」という意思表示だろうか。
王城の門をくぐる。
懐かしい、そして忌まわしい場所。
空気は淀んでいる。
華やかだった庭園は手入れが行き届かず、衛兵たちの鎧はくすんでいる。
(……サビの匂い)
私の鼻は誤魔化せない。
この城の「鉄」は死にかけている。
管理者が不在で、メンテナンスが放棄された末路だ。
*
謁見の間。
玉座の前に立った私たちを待っていたのは、予想通りの二人だった。
第二王子アレクセイ。
そして、聖女リリナ。
「よくぞ参った、辺境伯代理ギルバート」
アレクセイ様が声を張り上げる。
数ヶ月ぶりに見る彼は、随分とやつれていた。
目の下にはクマがあり、自慢の金髪も艶がない。
着ている服だけは豪華だが、中身が伴っていないのが見て取れる。
そして、その視線が私に向く。
「……そして、そこにいるのはセシリアか?」
ギルバート様が私を庇うように一歩前に出るが、私は彼の手をそっと制した。
もう、隠れる必要はない。
私はヴェールを上げた。
「お久しぶりでございます、殿下」
カーテシーはしない。
私はもう、あなたの臣下ではないからだ。
ただの平民、あるいは辺境伯領の民として、直立したまま挨拶をする。
アレクセイ様の顔が引きつった。
私の肌ツヤが良く、以前より健康的で美しくなっているのが気に入らないらしい。
「ふん。薄汚い平民になり下がったかと思えば……少しはマシな顔をしているようだな」
彼は玉座の肘掛けを叩き、尊大に言った。
「セシリア。余は寛大だ。お前が生きていた罪は不問にしてやる」
「……はあ」
「その代わり、王宮鍛冶師として戻れ。余の側室として迎えてやってもいい。聖女リリナの下で、馬車馬のように働き、罪滅ぼしをするならばな!」
場が静まり返った。
何を言っているんだ、この男は。
側室?
リリナの下で?
どの口が言うのだろう。
チラリと隣を見ると、ギルバート様のこめかみに青筋が浮き上がっていた。
剣の柄に手が伸びている。
待って、ここで斬ったらクーデターになってしまう。
「……お断りします」
私は静かに告げた。
怒りすら湧かない。ただ呆れるだけだ。
「私は今、辺境で自分の店を持ち、最高のお客様に恵まれています。王都に戻るつもりも、殿下の側室になるつもりも、一ミリもございません」
「なっ……! 平民風情が生意気な! これは命令だぞ!」
「権限がありません。私は現在、ガルド辺境伯家と専属契約を結んでおります。法的には、他領の貴族が介入することはできません」
私が淡々と事実を述べると、アレクセイ様は顔を真っ赤にして立ち上がった。
「黙れ黙れ! そもそも、お前が打った剣など、どうせガラクタだろう! ドラゴンの討伐だって、リリナの加護があったからに決まっている!」
彼はすがるように、隣の聖女を見た。
リリナ様はビクッとして、視線を泳がせたが、すぐに猫なで声を出した。
「そ、そうですぅ! 私が王都から、一生懸命お祈りしたんです! その聖なる力が、たまたまセシリアさんの剣に宿っただけで……本来なら、私の手柄なんです!」
遠隔加護。
そんな便利な魔法があるなら、世界中の魔獣はとっくに全滅している。
苦しい嘘だ。
だが、今の彼らはそれにすがるしかないのだろう。
私はため息をついた。
言葉で言っても無駄なら、職人らしく「モノ」で証明するしかない。
「わかりました。では、証明しましょう」
「証明だと?」
「ええ。リリナ様の加護が本物なら、殿下のその剣にも宿っているはずですよね? 王家の剣と、私が打った辺境の剣。どちらが優れているか、ここで試してみればいい」
私はギルバート様に目配せした。
彼はニヤリと笑い、背中の『黒牙』を抜いた。
「面白い。受けよう」
「……ぐぬぬ」
アレクセイ様は引くに引けなくなった。
彼は腰の剣を抜く。
装飾過多で、重心の悪そうな儀礼剣だ。
「用意を!」
私が叫ぶと、事前に頼んでおいた衛兵たちが、太い鉄の柱を二本、広間に運び込んだ。
処刑用の鎖を繋ぐための、頑丈な鉄柱だ。
「殿下からどうぞ。聖女様の加護があるなら、鉄柱くらいバターのように斬れるはずです」
「くっ……! 見ていろ! 余の剣技と聖女の愛の力を!」
アレクセイ様が剣を振り上げた。
へっぴり腰だ。
リリナ様が「頑張ってぇ〜」と棒読みで応援する。
「はあああっ!!」
ガキンッ!!
派手な音がした。
そして、キラキラと銀色の破片が舞った。
折れたのは、鉄柱ではない。
アレクセイ様の剣だった。
根元からポッキリと逝っている。
「あ……」
アレクセイ様は、折れた剣の柄を握りしめたまま、呆然と立ち尽くした。
鉄柱には、浅い傷一つつけていない。
「……強度不足ですね。素材の純度が低すぎますし、焼き入れも甘い」
私は冷徹に分析結果を述べた。
「さて、次は私たちが」
ギルバート様が前に出る。
構えはない。
自然体。
ただ、その手に握られた漆黒の剣だけが、異様な存在感を放っている。
「セシリア。……合図を」
「はい。――どうぞ」
ヒュッ。
風切り音すら置き去りにする速度。
黒い閃光が走った。
ドスッ。
重たい音がして、鉄柱の上半分が、斜めにズレた。
滑り落ちる。
ドォォォン!!
床に落ちた鉄塊が、その切断面の鋭さを物語っていた。
鏡のように滑らかな切断面。
『黒牙』には、刃こぼれ一つない。
「ひっ……!」
アレクセイ様が尻餅をついた。
リリナ様が悲鳴を上げて逃げ出そうとする。
勝負ありだ。
「これが、私の『仕事』です」
私は彼らを見下ろして言った。
「聖女の加護? 祈り? そんな不確かなもので、人の命は守れません。人を守るのは、確かな技術と、血の滲むような鍛錬だけです」
「そ、そんな……嘘だ……余は選ばれた王子なのに……」
アレクセイ様が現実逃避を始めようとした時。
玉座の裏から、拍手が聞こえた。
パチ、パチ、パチ。
「見事だ。目が覚めたぞ」
現れたのは、杖をついた初老の男性。
だが、その瞳には王者の光が宿っていた。
国王陛下だ。
病で伏せっていたはずの。
「ち、父上!?」
「黙れ、愚か者。……全て見ていたぞ。書類の改竄、予算の横領、そしてセシリアへの不当な扱い。……ギルバートからの報告書通りだな」
国王陛下は冷たく言い放った。
ギルバート様を見る。
彼は「してやったり」という顔をしている。
事前に手を回していたのか。
さすが、破壊神は根回しも豪快だ。
「アレクセイ。お前を廃嫡とする。リリナ、お前は詐欺罪で修道院……いや、鉱山送りだ。その嘘つきな口が利けなくなるまで石を掘れ」
「い、嫌ぁぁぁぁ! 助けてぇぇぇ!」
「父上、お待ちを! 余は、余は……!」
衛兵たちが彼らを取り押さえる。
泣き叫ぶ二人。
かつて私を嘲笑った者たちの末路は、あまりにもあっけないものだった。
連行されていくアレクセイ様が、最後に私を見た。
「セシリア! 頼む、戻ってきてくれ! お前がいなきゃダメなんだ! 愛しているんだ!」
今さら。
本当に、今さらだ。
私は冷めた目で見つめ返した。
「残念ですが、殿下」
私はギルバート様の腕に手を添えた。
「私の剣を預ける相手は、もう決まっておりますので」
その言葉がトドメになったのだろう。
アレクセイ様はガックリと項垂れ、引きずられていった。
広間に静寂が戻る。
国王陛下が、私の前に歩み寄ってきた。
「……セシリア・フォン・オルロットよ。いや、今はただの鍛冶師セシリアか」
「はい、陛下」
「すまなかった。王として、親として、お前を守れなかったことを詫びる」
国王陛下が頭を下げた。
周囲がざわめくが、私は静かにそれを受け止めた。
「謝罪は結構です。ただ……これからは、職人として正当な対価をお支払いいただければ」
「ははは! 言うようになったな。……もちろん、国を挙げて贔屓にさせてもらう」
これで、全てが終わった。
過去との決別。
胸のつかえが取れ、呼吸が楽になる。
「帰ろうか、セシリア」
ギルバート様が優しく微笑んだ。
「はい。……帰りましょう、私たちの家へ」
王都の豪華な城よりも、あの煤けた工房の方が、今の私にはずっと輝いて見えた。
さあ、帰ったら忙しくなる。
だって、これから「結婚式」の準備をしなきゃいけないのだから。




