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冤罪で断罪された悪役令嬢、ハンマー片手に辺境で『魔法鍛冶屋』はじめます!  作者: 秋月 もみじ


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第9話 今さら戻れと言われても


王都への凱旋。

それは、かつて私が罪人として追放された時とは、真逆の光景だった。


「見ろ、あれが『黒竜騎士団』だ!」

「ドラゴンを倒した英雄様だぞ!」


沿道を埋め尽くす市民たちの歓声。

花吹雪。

その中心を、漆黒の馬に跨ったギルバート様が進む。

そして、その横に並ぶ馬には、私が乗せられていた。


「……目立ちすぎです」


私は小声で抗議する。

顔はヴェールで隠しているが、居心地が悪い。


「諦めろ。英雄の隣には、英雄の剣を打った職人がいなければ画竜点睛がりょうてんせいを欠く」


ギルバート様は堂々としたものだ。

私の腰を抱く手にも、力がこもっている。

「逃がさないぞ」という意思表示だろうか。


王城の門をくぐる。

懐かしい、そして忌まわしい場所。

空気は淀んでいる。

華やかだった庭園は手入れが行き届かず、衛兵たちの鎧はくすんでいる。


(……サビの匂い)


私の鼻は誤魔化せない。

この城の「鉄」は死にかけている。

管理者が不在で、メンテナンスが放棄された末路だ。



謁見の間。

玉座の前に立った私たちを待っていたのは、予想通りの二人だった。


第二王子アレクセイ。

そして、聖女リリナ。


「よくぞ参った、辺境伯代理ギルバート」


アレクセイ様が声を張り上げる。

数ヶ月ぶりに見る彼は、随分とやつれていた。

目の下にはクマがあり、自慢の金髪も艶がない。

着ている服だけは豪華だが、中身が伴っていないのが見て取れる。


そして、その視線が私に向く。


「……そして、そこにいるのはセシリアか?」


ギルバート様が私を庇うように一歩前に出るが、私は彼の手をそっと制した。

もう、隠れる必要はない。

私はヴェールを上げた。


「お久しぶりでございます、殿下」


カーテシーはしない。

私はもう、あなたの臣下ではないからだ。

ただの平民、あるいは辺境伯領の民として、直立したまま挨拶をする。


アレクセイ様の顔が引きつった。

私の肌ツヤが良く、以前より健康的で美しくなっているのが気に入らないらしい。


「ふん。薄汚い平民になり下がったかと思えば……少しはマシな顔をしているようだな」


彼は玉座の肘掛けを叩き、尊大に言った。


「セシリア。余は寛大だ。お前が生きていた罪は不問にしてやる」


「……はあ」


「その代わり、王宮鍛冶師として戻れ。余の側室として迎えてやってもいい。聖女リリナの下で、馬車馬のように働き、罪滅ぼしをするならばな!」


場が静まり返った。

何を言っているんだ、この男は。

側室?

リリナの下で?

どの口が言うのだろう。


チラリと隣を見ると、ギルバート様のこめかみに青筋が浮き上がっていた。

剣の柄に手が伸びている。

待って、ここで斬ったらクーデターになってしまう。


「……お断りします」


私は静かに告げた。

怒りすら湧かない。ただ呆れるだけだ。


「私は今、辺境で自分の店を持ち、最高のお客様に恵まれています。王都に戻るつもりも、殿下の側室になるつもりも、一ミリもございません」


「なっ……! 平民風情が生意気な! これは命令だぞ!」


「権限がありません。私は現在、ガルド辺境伯家と専属契約を結んでおります。法的には、他領の貴族が介入することはできません」


私が淡々と事実を述べると、アレクセイ様は顔を真っ赤にして立ち上がった。


「黙れ黙れ! そもそも、お前が打った剣など、どうせガラクタだろう! ドラゴンの討伐だって、リリナの加護があったからに決まっている!」


彼はすがるように、隣の聖女を見た。

リリナ様はビクッとして、視線を泳がせたが、すぐに猫なで声を出した。


「そ、そうですぅ! 私が王都から、一生懸命お祈りしたんです! その聖なる力が、たまたまセシリアさんの剣に宿っただけで……本来なら、私の手柄なんです!」


遠隔加護。

そんな便利な魔法があるなら、世界中の魔獣はとっくに全滅している。

苦しい嘘だ。

だが、今の彼らはそれにすがるしかないのだろう。


私はため息をついた。

言葉で言っても無駄なら、職人らしく「モノ」で証明するしかない。


「わかりました。では、証明しましょう」


「証明だと?」


「ええ。リリナ様の加護が本物なら、殿下のその剣にも宿っているはずですよね? 王家の剣と、私が打った辺境の剣。どちらが優れているか、ここで試してみればいい」


私はギルバート様に目配せした。

彼はニヤリと笑い、背中の『黒牙』を抜いた。


「面白い。受けよう」


「……ぐぬぬ」


アレクセイ様は引くに引けなくなった。

彼は腰の剣を抜く。

装飾過多で、重心の悪そうな儀礼剣だ。


「用意を!」


私が叫ぶと、事前に頼んでおいた衛兵たちが、太い鉄の柱を二本、広間に運び込んだ。

処刑用の鎖を繋ぐための、頑丈な鉄柱だ。


「殿下からどうぞ。聖女様の加護があるなら、鉄柱くらいバターのように斬れるはずです」


「くっ……! 見ていろ! 余の剣技と聖女の愛の力を!」


アレクセイ様が剣を振り上げた。

へっぴり腰だ。

リリナ様が「頑張ってぇ〜」と棒読みで応援する。


「はあああっ!!」


ガキンッ!!


派手な音がした。

そして、キラキラと銀色の破片が舞った。


折れたのは、鉄柱ではない。

アレクセイ様の剣だった。

根元からポッキリと逝っている。


「あ……」


アレクセイ様は、折れた剣の柄を握りしめたまま、呆然と立ち尽くした。

鉄柱には、浅い傷一つつけていない。


「……強度不足ですね。素材の純度が低すぎますし、焼き入れも甘い」


私は冷徹に分析結果を述べた。


「さて、次は私たちが」


ギルバート様が前に出る。

構えはない。

自然体。

ただ、その手に握られた漆黒の剣だけが、異様な存在感を放っている。


「セシリア。……合図を」


「はい。――どうぞ」


ヒュッ。


風切り音すら置き去りにする速度。

黒い閃光が走った。


ドスッ。


重たい音がして、鉄柱の上半分が、斜めにズレた。

滑り落ちる。

ドォォォン!!

床に落ちた鉄塊が、その切断面の鋭さを物語っていた。


鏡のように滑らかな切断面。

『黒牙』には、刃こぼれ一つない。


「ひっ……!」


アレクセイ様が尻餅をついた。

リリナ様が悲鳴を上げて逃げ出そうとする。


勝負ありだ。


「これが、私の『仕事』です」


私は彼らを見下ろして言った。


「聖女の加護? 祈り? そんな不確かなもので、人の命は守れません。人を守るのは、確かな技術と、血の滲むような鍛錬だけです」


「そ、そんな……嘘だ……余は選ばれた王子なのに……」


アレクセイ様が現実逃避を始めようとした時。

玉座の裏から、拍手が聞こえた。


パチ、パチ、パチ。


「見事だ。目が覚めたぞ」


現れたのは、杖をついた初老の男性。

だが、その瞳には王者の光が宿っていた。

国王陛下だ。

病で伏せっていたはずの。


「ち、父上!?」


「黙れ、愚か者。……全て見ていたぞ。書類の改竄、予算の横領、そしてセシリアへの不当な扱い。……ギルバートからの報告書通りだな」


国王陛下は冷たく言い放った。

ギルバート様を見る。

彼は「してやったり」という顔をしている。

事前に手を回していたのか。

さすが、破壊神は根回しも豪快だ。


「アレクセイ。お前を廃嫡とする。リリナ、お前は詐欺罪で修道院……いや、鉱山送りだ。その嘘つきな口が利けなくなるまで石を掘れ」


「い、嫌ぁぁぁぁ! 助けてぇぇぇ!」

「父上、お待ちを! 余は、余は……!」


衛兵たちが彼らを取り押さえる。

泣き叫ぶ二人。

かつて私を嘲笑った者たちの末路は、あまりにもあっけないものだった。


連行されていくアレクセイ様が、最後に私を見た。


「セシリア! 頼む、戻ってきてくれ! お前がいなきゃダメなんだ! 愛しているんだ!」


今さら。

本当に、今さらだ。

私は冷めた目で見つめ返した。


「残念ですが、殿下」


私はギルバート様の腕に手を添えた。


「私の剣を預ける相手は、もう決まっておりますので」


その言葉がトドメになったのだろう。

アレクセイ様はガックリと項垂れ、引きずられていった。


広間に静寂が戻る。

国王陛下が、私の前に歩み寄ってきた。


「……セシリア・フォン・オルロットよ。いや、今はただの鍛冶師セシリアか」


「はい、陛下」


「すまなかった。王として、親として、お前を守れなかったことを詫びる」


国王陛下が頭を下げた。

周囲がざわめくが、私は静かにそれを受け止めた。


「謝罪は結構です。ただ……これからは、職人として正当な対価をお支払いいただければ」


「ははは! 言うようになったな。……もちろん、国を挙げて贔屓ひいきにさせてもらう」


これで、全てが終わった。

過去との決別。

胸のつかえが取れ、呼吸が楽になる。


「帰ろうか、セシリア」


ギルバート様が優しく微笑んだ。


「はい。……帰りましょう、私たちの家へ」


王都の豪華な城よりも、あの煤けた工房の方が、今の私にはずっと輝いて見えた。

さあ、帰ったら忙しくなる。

だって、これから「結婚式」の準備をしなきゃいけないのだから。

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