表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冤罪で断罪された悪役令嬢、ハンマー片手に辺境で『魔法鍛冶屋』はじめます!  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/10

第8話 魔獣スタンピードと折れない剣


ウゥゥゥゥゥゥゥ――ッ!!


不協和音のようなサイレンが、早朝の空気を切り裂いた。

敵襲を告げる警鐘だ。


「セシリア! 避難しろ!」


工房の扉が蹴破られるように開き、完全武装のギルバート様が飛び込んできた。

いつもの黒い軽鎧ではない。

全身を漆黒のフルプレートで覆い、背には私が打った大剣『黒牙』を背負っている。

戦場の顔だ。


「スタンピードだ。規模がでかい。ここも戦場になる可能性がある」


「……逃げません」


私は即答し、ハンマーを握りしめた。


「私の工房には、予備の武器が山ほどあります。それに、戦っている最中に武器が壊れたら誰が直すんですか?」


「だが……!」


「私の身なら自分で守れます。それより、これを」


私はカウンターの下から、一本のさやを投げ渡した。

『黒牙』専用に作った、竜の革とミスリルを積層した鞘だ。

魔力を通すと自動で研磨する機能をつけておいた。


「……助かる」


ギルバート様は短く礼を言い、私の肩を強く掴んだ。


「必ず戻る。……死ぬなよ」


「貴方こそ。私の最高傑作けんを折ったら承知しませんからね」


彼はニヤリと笑い、風のように去っていった。

その背中を見送る余裕はない。


「さあ、開店よ!」


私は作業着の紐を締め直した。

今日は、一番忙しい日になる。



工房は野戦病院ならぬ、野戦修理場と化した。


「姉御! 槍が曲がった! 頼む!」

「剣が刃こぼれした! あと五分で戻らなきゃならねえ!」


傷ついた騎士たちが次々と飛び込んでくる。

私は魔力をフル回転させ、歪んだ鉄を叩き、曲がった槍を腕力で矯正する。


「はい次! これはもう寿命だから新品を持って行って!」

「盾のヒビは『圧縮』で塞いだから! あと三回は耐えられるわ!」


休む暇はない。

外からは、地響きのような魔獣の咆哮と、爆発音が絶え間なく聞こえてくる。

空が暗い。

空を覆うほどの飛行型魔獣の群れが、太陽を遮っているのだ。


「……団長は?」


修理に来た若い騎士に尋ねる。


「前線でボスを抑えてます! 馬鹿でかいレッドドラゴンだ! でも……」


騎士は顔を歪めた。


「ブレスがやべぇんです。魔法障壁ごと兵士を焼き尽くす火力で……団長も、近づけねぇ!」


レッドドラゴン。

炎の化身。

そのブレスは鉄すら瞬時に蒸発させるという。

私の剣『黒牙』なら斬れるはずだが、近づく前にギルバート様自身が燃え尽きてしまう。


(熱を防ぐもの……)


私は工房の奥へ視線を走らせた。

そこには、巨大な鉄板が立てかけてある。

先日、街の城門を改修した際に出た廃材だ。

ミスリルが含まれた合金製で、厚さは五センチ、畳二畳分ほどの大きさがある。


ギルバート様が冗談半分で「盾でも作るか」と言っていたやつだ。

まだ加工途中だが、持ち手と衝撃吸収用のクッション(魔獣の毛皮)は取り付けてある。


「……やるしかないわね」


私は決意した。

この盾を、前線まで運ぶ。


「えっ、姉御!? それ重さ三百キロはありますよ!?」


騎士が目を剥く。

私は鉄板の裏にある取っ手を両手で掴んだ。

深呼吸。

魔力を、背筋へ、腕へ、足へ。

循環率120%。


「ふんっ!」


持ち上がった。

重い。

けれど、持てない重さじゃない。


「道を開けて! デリバリーよ!」


私は巨大な盾を背負い、戦場へと走り出した。



街の外は地獄だった。

黒い魔獣の波が、防衛ラインに押し寄せている。

騎士たちが必死に食い止めているが、少しずつ押されていた。


そして、その奥。

燃え盛る炎の中心に、赤い巨竜がいた。

ビルほどの高さがある。

その足元で、黒い影――ギルバート様が、高速で動き回っていた。


『グオオオオオオッ!!』


ドラゴンが大きく息を吸い込む。

喉元が赤熱する。

ブレスが来る。


ギルバート様は回避しようとしているが、周囲は火の海で逃げ場がない。

盾を構えているが、あの程度の盾では蒸発する。


(間に合え……!)


私は城壁の階段を駆け上がった。

一段飛ばし、二段飛ばし。

背中の三百キロが、羽のように軽いとは言わないが、邪魔だとも思わない。


城壁の最上部。

戦場を見下ろす位置。

ギルバート様までの距離、約二百メートル。


「ギルバート様ぁぁぁぁーーっ!!」


私は腹の底から叫んだ。

戦場の轟音を切り裂く、ソプラノの絶叫。


彼が気づいた。

一瞬、こちらを見て、目が点になったのがわかった。

婚約者が城壁の上で、巨大な鉄板を構えているのだから当然だ。


「受け取ってぇぇぇーーっ!!」


私はステップを踏んだ。

遠心力。

魔力強化。

全ての筋力を、この一投に込める。


「せいっ!!!」


三百キロの鉄塊が、私の手から放たれた。

それは放物線を描くことなく、驚くべき直進性を持って飛んでいった。

もはや投擲というより、砲撃だ。


ヒュンッ!!


空気を裂く音。

鉄板は回転しながら、ギルバート様の頭上へ正確に飛来する。


彼は剣を収め、両手を広げた。

信じてくれている。

私が投げたものが、彼を害するものではないと。


ガシィィィン!!


ギルバート様が空中で鉄板をキャッチし、そのまま着地した。

地面が陥没するほどの衝撃。

だが、彼は揺るがない。


直後。

ドラゴンの口から、灼熱の奔流が放たれた。


ゴオオオオオオオオオッ!!


全てを焼き尽くす紅蓮の炎。

それが、ギルバート様が構えた巨大盾(元・城門)に直撃する。


ジュウウウウウウッ!!


鉄が焼け焦げる匂い。

盾が赤熱していく。

だが、溶けない。

私が『圧縮』で密度を高めたミスリル合金は、熱伝導率すらねじ伏せていた。

盾の裏側にあるギルバート様には、熱は届いていないはずだ。


炎が止む。

ドラゴンの息が切れた瞬間。


「今だぁぁぁぁっ!!」


ギルバート様が盾を投げ捨てた。

真っ赤に熱せられた盾が、ドラゴンの顔面に激突する。

怯む巨竜。


その隙を見逃す彼ではない。

黒い閃光。

背中の『黒牙』が抜かれた。


「はあああああっ!!」


一閃。


漆黒の刃が、ドラゴンの太い首を、バターのように切り裂いた。


ドサッ。


遅れて、巨大な首が地面に落ちた。

血飛沫しぶきが雨のように降り注ぐ。

巨体が崩れ落ち、地響きを立てる。


静寂。

そして。


「う、うおおおおおおおおっ!!」

「団長がやったぞ!!」

「ドラゴンを倒したぁぁぁ!!」


兵士たちの歓声が爆発した。

勝ったのだ。



戦いが終わり、私は城壁の下でギルバート様を出迎えた。

彼はすすと返り血で真っ黒だったが、怪我はないようだった。


「……無茶をする」


彼は私を見るなり、呆れたように、けれど安堵したように笑った。


「あんな鉄塊を投げる令嬢がどこにいる」


「ここにいます。……火傷は?」


「ない。君の盾のおかげだ。……あれがなければ、俺は炭になっていた」


彼は兜を脱ぎ、汗に濡れた髪をかき上げた。

そして、衆人環視の中だというのに、私を強く抱きしめた。


「きゃっ!?」


「ありがとう、セシリア。……愛している」


耳元で囁かれた言葉に、私の思考が停止した。

愛している?

契約じゃなかったの?

フリじゃなかったの?


「あの、皆さん見てますけど……!」


「見せつければいい。これで誰も、俺たちが偽装だとは疑わないだろう」


彼は確信犯的な笑みを浮かべ、さらに強く腕を回してきた。

周囲からは「ヒューヒュー!」という冷やかしと、「最強夫婦万歳!」という謎のコールが起きている。


私は真っ赤になって、彼の胸に顔を埋めるしかなかった。

鎧越しに伝わる彼の心臓の音が、私と同じくらい早かったことだけが、唯一の救いだった。


こうして、辺境のスタンピードは鎮圧された。

そして、「フライパンでゴブリンを倒し、城壁から城門を投げつける公爵令嬢」という、とんでもない伝説が爆誕してしまったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ