第4話 竜騎士団長は武器を壊す
パキィィィィィン!!
乾いた金属音が、演習場に虚しく響き渡った。
俺の手の中で、銀色の粉が舞う。
つい先刻まで「剣」の形をしていたそれは、見るも無惨な鉄屑へと変わり果てていた。
「……またか」
俺は折れた柄を見つめ、深いため息をついた。
「団長ぉぉぉ!! それ、王都から届いたばかりの『獅子の牙』ですよ!? 一本金貨三十枚はする業物なんですからね!?」
副団長の叫び声が鼓膜に刺さる。
俺だって壊したくて壊したわけじゃない。
ただ、少し本気で振っただけだ。
魔力を込めて、空気を斬るイメージで。
それだけで、剣自体が俺の魔力圧に耐えきれず、自壊したのだ。
「すまん。……脆すぎた」
「脆いんじゃありません! 団長がおかしいんです!」
副団長が頭を抱えている。
俺の名はギルバート・フォン・ガルド。
この国の北方を守る「黒竜騎士団」の団長であり、辺境伯家の三男坊だ。
俺には生まれつき、厄介な呪いがある。
溢れ出る魔力と、制御不能な怪力だ。
幼い頃から、触れる玩具は全て壊れた。
扉を開ければノブが取れ、友人と握手をすれば悲鳴を上げられた。
大人になり、竜騎士として戦場に出るようになっても、悩みは変わらない。
むしろ深刻化した。
『破壊神』
いつしか俺はそう呼ばれるようになった。
敵を粉砕するからではない。
味方の武器係の胃を粉砕するからだ。
「はぁ……。これで予備の剣も全滅か。次のスタンピードが来たら、俺は素手でドラゴンを殴るしかないな」
「笑えませんよ。……そういえば団長、妙な噂を聞きました」
副団長が、折れた剣の破片を拾い集めながら言った。
「噂?」
「ええ。三日前、城下の朝市でゴブリン騒ぎがあったでしょう。その時、通りすがりの行商人がゴブリンを一撃で葬ったそうで」
「ほう。腕の立つ傭兵か」
「いえ、若い女だったそうです。しかも武器は剣じゃなく、真っ黒な『フライパン』だったとか」
「フライパン?」
俺は眉をひそめた。
冗談にしては具体的だ。
「目撃者によると、ゴブリンのフルスイングをフライパンで受け止め、傷一つ付かなかったそうです。あの棍棒、鉄の盾すらひしゃげさせる威力ですよ?」
「……鉄をひしゃげさせる衝撃を、無傷で?」
俺の心臓が、ドクンと跳ねた。
調理器具ごときが、盾以上の強度を持つだと?
にわかには信じがたい。
だが、もし本当なら。
そのフライパンを打った職人が、この近くにいるなら。
「場所はわかるか」
「は? まさか行くつもりですか? ただの市井の噂ですよ」
「構わん。どうせ剣がないんだ。藁にもすがりたい気分なんだよ」
俺は演習場を後にした。
胸の奥に、微かな期待の灯がともっていた。
*
噂を頼りに辿り着いたのは、森の奥にある廃村だった。
「……本当にここか?」
崩れかけた家屋。
生い茂る雑草。
とても人が住んでいるようには見えない。
だが、風に乗って微かに匂う。
鉄を焼く匂いだ。
そして、澄んだ打撃音。
カーン、カーン、カーン。
リズミカルで、迷いのない音。
良い職人は、良い音を奏でる。
俺は無意識に早足になっていた。
村の奥。
修繕された跡のある石造りの建物を見つけた。
煙突から細い煙が上がっている。
「ごめんください」
俺は入り口の扉を叩いた。
なるべく力を込めないように、そっと。
それでも扉はミシミシと悲鳴を上げたが。
「はい、ただいまー」
奥から声がした。
鈴を転がすような、若い女の声だ。
足音が近づき、扉が開く。
そこにいたのは、煤で汚れたエプロン姿の少女だった。
ストロベリーブロンドの髪を無造作にまとめ、大きな瞳が俺を見上げている。
華奢だ。
俺の腕一本よりも細い腰。
指先ひとつで折れてしまいそうなほど儚げな少女。
「……店番か? 親方はいるだろうか」
俺は視線を奥に向けた。
こんなか弱い娘に用はない。
この奥に、頑固なドワーフか、熟練の老職人がいるはずだ。
少女はきょとんとして、それから少し困ったように笑った。
「親方はいません。ここの鍛冶師は私一人ですが」
「……は?」
俺は思わず間抜けな声を出した。
この娘が?
ゴブリンの棍棒を弾くフライパンを作った職人だと?
「嘘をつくな。俺は武器を探している。頑丈な、とびきり頑丈なやつだ。子供の遊び相手をしている暇はない」
少し語気が荒くなってしまったかもしれない。
だが、期待外れだった落胆が大きすぎた。
帰ろうと踵を返しかけた時だ。
「あら、強度をお求めですか?」
少女の声色が変わった。
愛想の良い看板娘の声から、温度のない、職人の声へ。
彼女は作業台の上にあった、一本の調理器具を手に取った。
おたまだ。
スープをすくう、あのおたま。
ただし、素材が違う。
鈍い銀色の光沢。
ミスリルか? いや、それにしては密度が異常に高い。
「これは試作品のレードルですが……お客様の『頑丈』の基準を満たすか、試してみますか?」
彼女は俺におたまを差し出した。
挑発されている。
そう感じた。
「……後悔するなよ。俺が握れば、普通の鉄屑は粘土みたいに潰れる」
「どうぞ。壊せたら代金は結構です」
俺は鼻を鳴らし、そのおたまを受け取った。
ずしりと重い。
見た目より遥かに質量がある。
俺は柄の部分を握り込んだ。
手加減はしない。
この娘に現実を教えてやるためにも、粉々に握りつぶしてやる。
フンッ!
腕の筋肉が膨れ上がる。
魔力を掌に集中させる。
岩をも砕く握力。
鋼鉄の剣ですら、俺が本気で握れば飴のように曲がる。
だが。
「……ぬ?」
曲がらない。
ミシリとも言わない。
俺の指が白くなるほど力を込めているのに、そのおたまは、涼しい顔をして元の形状を保っている。
「ぬおおおおおおッ!!」
俺は両手を使った。
膝を使ってテコの原理も加えた。
顔が赤くなるほど力んだ。
血管が切れそうだ。
それでも。
おたまは、微動だにしなかった。
「は、ぁ……は、ぁ……」
俺は肩で息をして、手の中の銀色を見つめた。
傷一つない。
歪み一つない。
俺の全力を、この小さな調理器具が、完全に受け止めたのだ。
「嘘だろ……」
戦慄が走った。
恐怖ではない。
歓喜だ。
生まれて初めてだ。
俺が本気を出しても壊れないモノに出会ったのは。
「いかがですか? 少し持ち手が太すぎましたか?」
少女――いや、職人殿が、心配そうに覗き込んでくる。
俺は震える手で、彼女を見た。
煤けた頬。
しかし、その瞳は宝石のように美しく、自信に満ちていた。
「……これだ」
俺の声は震えていた。
「え?」
「これだ……俺が求めていたのは、これだったんだ……!」
俺は彼女の前に膝をついた。
騎士の礼ではなく、崇拝に近い衝動で。
おたまを宝物のように握りしめたまま、俺は叫んだ。
「頼む! 俺の剣を打ってくれ! 金ならいくらでも出す! 言い値でいい! いや、俺の全財産をやる!」
「ええっ!?」
彼女が目を丸くして後ずさる。
当然だ。
見知らぬ大男がいきなり求婚まがいの懇願をしてきたのだから。
だが、俺は止まれない。
ようやく見つけたのだ。
俺の力を恐れず、壊れず、受け止めてくれる存在を。
「君しかいないんだ。俺の全力を受け止められるのは、世界で君だけなんだ!」
「あ、あの、ちょっと困ります! というかお客様、おたま返してください!」
「名前は!? 君の名前を教えてくれ!」
「セシリアです! 離してください、熱苦しい!」
セシリア。
なんて美しい響きだ。
俺はこの瞬間、二つの意味で落ちていた。
職人としての彼女の腕に。
そして、俺を子供扱いせず、対等な「素材」として見てくれた彼女の瞳に。
これが、俺と彼女の――最強の武器職人との出会いだった。




