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冤罪で断罪された悪役令嬢、ハンマー片手に辺境で『魔法鍛冶屋』はじめます!  作者: 秋月 もみじ


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第3話 フライパンは最強の盾


廃村でのサバイバル生活も、一週間が過ぎた。


私の生活基盤は、着実に整いつつある。

屋根の穴は板と泥で塞いだ。

寝床には干し草を敷き詰め、毛皮(襲ってきた狼のもの)をかけた。

そして何より、工房の復旧だ。


「よし、温度よし」


私は赤々と燃える炉を見つめる。

手には、自作のハンマー。

これは先日、廃材の鉄パイプを限界まで『圧縮』して固めたものだ。

重さは十キロ近くあるが、私の手にはしっくりくる。


今日の制作物は「フライパン」だ。


食材を焼くのに、薄い石板を使うのはもう限界だった。

熱伝導が悪すぎるし、肉がくっつく。


素材は、昨日川で捕まえた亀の甲羅。

「アイアンタートル」というらしい。

岩のように硬かったが、ハンマーで叩き割って中身は美味しくいただいた(出汁が濃厚だった)。


残ったのは、黒光りする硬い甲羅。


「不純物を叩き出して、形を整える……」


私は甲羅を炉に放り込み、真っ赤になるまで熱する。

やっとこ(これも自作)で取り出し、金床へ。


カンッ! カンッ! ドォォォン!


ハンマーを振るう。

甲羅は頑固だ。

普通の鉄なら飴細工のように伸びるのに、こいつは強く反発してくる。


「いい度胸ね。でも、私の方が頑固よ」


魔力を込める。

素材の密度を強制的に高めるイメージ。

分子の隙間を埋め、表面を滑らかに、そして絶対に割れない強度へ。


一時間後。

そこには、直径三十センチほどの深鍋フライパンが完成していた。

色は漆黒。

表面は鏡のようにツルツルだ。

『圧縮』の副産物で、微細な凹凸が消滅している。

これなら油なしでも焦げ付かないだろう。


「重さは……うん、五キロくらい? ちょっと軽いけど、使いやすそう」


私は手首をスナップさせ、フライパンを振ってみた。

ブンッ、と低い風切り音がする。

重心バランスも完璧だ。


「ついでにくわかまも持っていきましょう」


今日は、これらを売りに行く日だ。

塩がない。

石鹸もない。

文明的な生活を取り戻すため、私は行商に出ることにした。



防衛都市ガルド。

国境を守る要塞だけあって、高い城壁に囲まれた武骨な街だ。

入り口の検問は、少し緊張した。


「身分証は?」

「魔獣に襲われて紛失しました。全て失って、命からがら逃げてきたのです」


ボロボロの服(元ドレスを改造したもの)と、煤けた顔。

そして背負った風呂敷包み。

どう見ても難民か、貧しい行商人だ。

門番の兵士は同情的な目を向け、「北は危ないからな……入れ」と通してくれた。

元公爵令嬢だと気づく様子は微塵もない。

私の変装(という名の薄汚れた姿)は完璧だ。


街の中は活気に溢れていた。

兵士や冒険者が多い。

私は市場の隅、誰も使っていないスペースに風呂敷を広げた。


「さあ、開店よ」


並べたのは三点。

・絶対に刃こぼれしない鎌

・岩でも耕せる桑

・焦げ付かない黒鉄のフライパン


価格は相場より少し安く設定した。

自信作だ。

きっと飛ぶように売れるはず。


……そう思っていたのだが。


「なんだいこれ、重っ!」

「こんな桑、巨人も使わねえよ」

「色が黒くて不気味だな……呪われてるんじゃないか?」


客の反応は冷ややかだった。

手に取ってはくれるが、すぐに顔をしかめて戻していく。

どうやら、一般人には少し重すぎるらしい。

私の感覚が、世間とズレていたのか。

ショックだ。


(軽量化の魔法を付与するべきだったかしら……いや、軽さは強度の低下に繋がる。それは職人の流儀に反するわ)


私が脳内で葛藤していると、唐突に悲鳴が上がった。


「キャァァァァッ!!」

「魔物だ! 門が破られたぞ!!」


市場の入り口付近が騒がしい。

怒号。

逃げ惑う人々。

その波をかき分けるように、緑色の小鬼たちが雪崩れ込んできた。


ゴブリンだ。

しかも、武装している。

錆びた剣や、粗末な棍棒を持っているが、その目は血走っている。


「ゲギャギャギャ!!」


「ひぃぃ! 衛兵! 衛兵はどこだ!」


衛兵たちが駆けつけるが、数が多すぎる。

市場は大混乱に陥った。

私の目の前でも、野菜売りの老婆が転び、動けなくなっている。


その背後に、棍棒を振り上げたゴブリンが迫る。


(……あ)


思考より先に、体が動いていた。


私は売り物のフライパンを鷲掴みにした。

足元の石畳を蹴る。

魔力を循環。

身体強化、出力最大。


一瞬で距離を詰める。


「ゲギャ!?」


ゴブリンが私に気づき、標的を変えた。

老婆ではなく、飛び込んできた私へ。

丸太のような太い棍棒が、私の頭めがけて振り下ろされる。


避ける?

いいえ。

後ろには老婆がいる。


私は左足を前に踏み出し、フライパンを盾のように掲げた。


(角度調整、衝撃分散。素材強度は十分)


「せいっ!」


ガギィィィィィィィン!!!


市場全体に、鐘を突いたような甲高い金属音が響き渡った。


ゴブリンの棍棒が、フライパンの底に直撃する。

普通なら、フライパンがひしゃげるか、私の腕が折れる場面だ。


だが。


「……軽い」


衝撃は、私の足元の石畳を少しひび割れさせただけで、腕にはほとんど伝わらなかった。

フライパンは無傷。

凹みひとつない。

むしろ、ゴブリンの手首の方が衝撃で弾かれ、のけぞっている。


「お返しよ」


私はフライパンを持ったまま、手首を返した。

フルスイング。

テニスのラケットを振る要領で、ゴブリンの無防備な脇腹を捉える。


ドォォォン!!


「グベラッ!?」


ゴブリンの体が「く」の字に折れ曲がった。

そのまま砲弾のように真横へ吹き飛び、露店の木箱を三つほど粉砕して、ようやく止まった。

ピクリとも動かない。


静寂。


逃げ惑っていた人々も、戦っていた衛兵も、動きを止めてこちらを見ていた。


「……え?」


誰かの間の抜けた声。


私はフライパンをまじまじと見た。

やはり、いい出来だ。

ゴブリンの硬い皮膚を叩いても、歪み一つない。


「よし、耐久テスト合格ね」


私は独りごちて、腰を抜かしている老婆に手を差し伸べた。

老婆は震える声で言った。


「あ、あんた……そのフライパン、何でできてるんだい……?」


「亀です」


「は?」


「川にいた亀です」


私が真顔で答えると、周囲のざわめきが一気に大きくなった。


「おい見たかよ、あのアマ、ゴブリンを一撃で……」

「棍棒を受け止めてビクともしなかったぞ!?」

「すげえ……伝説の武器か?」


違う。

ただの調理器具だ。


そこへ、遅れて駆けつけてきた衛兵隊の男が、私の前に立った。

息を切らしているが、その目は驚愕に見開かれている。


「貴様、何者だ? その身のこなし、ただの行商人ではないな」


「いえ、通りすがりの鍛冶屋です」


私はフライパンを商品棚(風呂敷)に戻し、営業スマイルを浮かべた。


「丈夫なフライパン、お一ついかがですか? 今ならゴブリンの血も弾くコーティング付きですよ」


衛兵は口をポカンと開けたまま、私の顔とフライパンを交互に見つめていた。


この騒動が、私の「職人」としての名を、予期せぬ形で広めることになるとは。

塩代を稼ぐつもりだったのに、何やら面倒なことになりそうだった。

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