第10話 最強の夫婦、誕生
カンッ、カンッ、カンッ!
小気味よい音が、朝の光の中に響く。
私の結婚式の朝は、ハンマーの音で始まった。
「……よし、微調整完了」
私は額の汗を拭い、目の前の「作品」を満足げに見つめた。
それは、純白のウェディングドレス。
ただし、ただのドレスではない。
生地の裏地に、極細のミスリルワイヤーを編み込んである。
コルセット部分は、衝撃吸収用の魔獣レザーと強化フレームの積層構造。
名付けて『対・破壊神抱擁用ドレス(あすのよめ)』。
これさえあれば、感極まったギルバート様が全力で抱きしめてきても、私の肋骨は守られる。
完璧な設計だ。
「セシリア! まだ準備中か!? もう客が来てるぞ!」
工房の外から、副団長の声がする。
私は慌てて作業エプロンを脱ぎ、そのドレスへと袖を通した。
*
「……どう、でしょうか」
準備を整え、私は工房の外へ出た。
待っていたギルバート様が、息を呑む気配がした。
今日の彼は、いつもの黒い鎧ではない。
純白のタキシード姿だ。
ただし、サイズが規格外なので特注品だが、広い肩幅と厚い胸板が強調され、恐ろしく似合っている。
普段の「狂犬」のような迫力は鳴りを潜め、今日は大型犬のような落ち着き……いや、緊張で固まっているだけか。
「……綺麗だ」
彼が絞り出すように言った。
その金色の瞳が、熱っぽく私を見つめている。
「夢を見ているようだ。……触れたら、消えてしまいそうで怖い」
彼が大きな手を、恐る恐る伸ばしてくる。
指先が震えている。
まだ、自分の力を恐れているのだ。
大切な今日という日に、大切な私を壊してしまうのではないかと。
私はためらわず、その手を取った。
「消えませんし、壊れませんよ」
私はニカッと笑った。
淑女の微笑みではない。
職人の、自信に満ちた笑顔で。
「私の最高傑作を信じてください。貴方の全力くらい、余裕で受け止めてみせますから」
「……ああ。そうだったな」
彼も笑った。
いつもの、不器用で愛おしい笑顔が戻ってきた。
*
式場――といっても、私の工房の前庭だが――は、人で溢れかえっていた。
「団長ー! おめでとうございまーす!」
「姉御ー! 綺麗だぞー!」
「セシリアちゃん、幸せにおなりよ!」
黒竜騎士団の面々。
市場のおばあちゃん。
行商人の一団。
そして、かつては廃村だったこの場所に住み着いた、新しい職人や住人たち。
王都の豪華なパーティーとは違う。
ドレスコードもない、堅苦しい挨拶もない。
ただ、温かい祝福と、美味しい酒と料理があるだけの、最高の式だ。
神父役は、なぜか辺境伯(ギルバート様のお兄様)が務めていた。
「弟の調教……いや、手綱を握れるのは君しかいない」と、涙ながらに感謝されたのは記憶に新しい。
誓いの言葉はシンプルだった。
「病める時も、健やかなる時も。……武器が折れた時も、炉の火が消えそうな時も。互いに助け合い、支え合うことを誓いますか?」
「誓います」
「誓います」
型破りな文言だが、私たちにはぴったりだ。
そして、披露宴のメインイベント。
ウェディングケーキ入刀だ。
運ばれてきたのは、三段重ねの巨大なケーキ。
市場のお菓子職人と、リノベーションしたパン屋が協力して作った超大作だ。
高さは私の身長ほどもある。
「さあ、お二人でナイフを!」
司会者が促すが、私たちは顔を見合わせた。
ナイフ?
そんな華奢なもので、この二人の共同作業が務まるわけがない。
ギルバート様が、背中から『黒牙』を抜いた。
漆黒の刀身が、陽光を吸い込んで輝く。
私が彼のために打ち、彼が私のために振るった、魂の剣。
「……やるか、セシリア」
「ええ、やりましょう」
私は彼の手の上から、剣の柄を握った。
彼の手は大きく、温かい。
私の手は小さく、タコだらけだ。
でも、重なり合うと驚くほどしっくりくる。
「せーの!」
ヒュンッ!!
一閃。
ケーキ入刀というより、一刀両断。
『黒牙』はクリームの抵抗などものともせず、台座ごとケーキを真っ二つにした。
衝撃波でクリームが少し舞う。
「おおおおおおっ!!」
「すげぇ切れ味だ!」
「縁起がいいぞ!」
歓声と拍手が沸き起こる。
普通なら「乱暴だ」と引かれるところだろう。
でも、ここではこれが正解だ。
力強く、豪快に、道を切り開く。
それが私たちのスタイルなのだから。
*
宴もたけなわ。
夕暮れ時、私たちは二人きりで工房の屋根に上っていた。
ここからは、復興した街の灯りと、遠くに広がる雄大な森が見渡せる。
「……夢のようだ」
ギルバート様が呟く。
彼はグラスを傾けながら、幸せそうに目を細めた。
「俺は、一生一人で戦って、誰にも触れられずに死ぬんだと思っていた。……こんな風に、誰かと肩を並べて笑える日が来るなんて」
「私もです」
私はドレスの裾を直し、夜風を感じた。
「無能と呼ばれて、政略の駒にされて。……自分の価値なんて、家柄だけだと思っていました」
でも、違った。
ハンマーを握ったあの日。
ファングボアを殴り飛ばしたあの日。
そして、この人と出会った日。
全ての「失敗」や「不幸」に見えた出来事が、私をここへ導いてくれた。
鉄を叩いて形を変えるように、人生もまた、自分の手で叩き直せるのだ。
「セシリア」
ギルバート様が私に向き直る。
そして、ポケットから小さな箱を取り出した。
指輪だ。
ただし、宝石店で売っているような繊細なものではない。
銀色に輝く、ミスリルの指輪。
デザインは無骨だが、表面には美しい彫刻が施されている。
「……これ」
「俺が作った」
彼が顔を赤くして言った。
「君に教えてもらって、こっそりとな。……繊細な細工は無理だったが、強度は保証する。絶対に壊れないし、傷つかない」
職人としては、まだまだ粗削りだ。
厚みは不均一だし、少し歪んでいる。
でも。
「……最高です」
私が今まで見たどんな宝飾品よりも、美しく見えた。
私は左手を差し出す。
彼が震える手で、薬指にそれを嵌める。
サイズはぴったりだった。
「一生、大切にします」
「ああ。俺も、君を一生守り抜く」
彼は私を引き寄せた。
今度は、ためらいなく。
強く、力強く。
私の『対・破壊神ドレス』のミスリルワイヤーが、ミシミシと音を立てる。
普通の人間なら肋骨が折れている威力だ。
でも、今の私には心地いい。
「……ちょっと、苦しいです」
「我慢しろ。……幸せすぎて、加減ができそうにない」
「仕方ないですね」
私は彼の背中に腕を回し、同じくらいの力で抱きしめ返した。
私の魔力循環ボディも、伊達ではない。
「覚悟してくださいね、あなた。これからは、壊れたら直すだけでなく、壊れない家庭を作らなきゃいけないんですから」
「望むところだ。……俺たちなら、最強の家庭が作れるさ」
二人の影が重なる。
工房からは、まだ宴の賑やかな音が聞こえている。
炉の火は消えていない。
私たちの情熱も、きっと消えることはないだろう。
元悪役令嬢と、破壊神の騎士。
不器用で、力持ちで、ものづくりが大好きな二人の物語は、ここからが本番だ。
「さて、明日は何の依頼が来るかしら」
「ドラゴンの鱗で鍋を作ってくれと言われていたな」
「ふふ、腕が鳴りますね」
私たちは笑い合い、そして長く、甘いキスを交わした。
夜空には、満天の星。
まるで、炉から飛び散る火花のように、私たちの未来を祝福して輝いていた。




