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冤罪で断罪された悪役令嬢、ハンマー片手に辺境で『魔法鍛冶屋』はじめます!  作者: 秋月 もみじ


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第1話 断罪と解放のハンマー


「セシリア・フォン・オルロット! 貴様との婚約を、この場をもって破棄する!」


王立学園の講堂。

シャンデリアの輝きが、私の視界でチカチカと明滅している。


第二王子アレクセイ様の高らかな宣言。

周囲の生徒たちの、好奇に満ちた視線。

隣で勝ち誇ったように笑う、聖女リリナ様のピンク色の髪。


それら全てが、今の私にはどうでもよかった。


(……限界だわ)


心が、ではない。

物理的に、だ。


今の私のウエストは、コルセットによって極限まで締め上げられている。

公爵家の令嬢として「細く、美しく、華奢」に見せるため、メイドが三人がかりで締め上げたのだ。

肋骨がきしむ音が、私の耳には届いている。


「……何か申し開きはあるか! 愛しいリリナを階段から突き落とそうとするなど、言語道断!」


アレクセイ様が指を突きつけてくる。

突き落とそうとした?

身に覚えがない。

そもそもリリナ様が転んだ時、私は図書室で「古代魔導具の構造力学」を読んでいた。


だが、ここで反論すればどうなるか。

裁判、検証、長引く尋問。

その間、私はこのドレスとコルセットを着続け、淑女の仮面を被り続けなければならない。


(構造上の欠陥ね。この関係も、このドレスも)


私は計算する。

ここで罪を認め、速やかに退場するコストと。

無実を証明し、あの頭の軽い王子と結婚して一生を終えるコストを。


答えは、一瞬で出た。


私は扇を閉じ、完璧な淑女のカーテシーをする。

膝を曲げても、体幹は微動だにしない。


「仰せの通りになさってくださいませ、殿下」


「は……?」


アレクセイ様が呆気にとられた顔をする。

泣き叫ぶとでも思ったのだろうか。


「私の不徳の致すところです。これほどの騒ぎを起こした以上、婚約者としての責務は果たせません。謹んで破棄をお受けいたします」


静まり返る会場。

私は顔を上げ、努めて穏やかに微笑んだ。


「それでは、ごきげんよう」


踵を返す。

背後でざわめきが爆発したが、私は一度も振り返らなかった。

早足で出口へ向かう。

一歩踏み出すたびに、肺が酸素を求めて悲鳴を上げていた。



学園の正門には、すでに公爵家の紋章が入った馬車が待機していた。

父上――オルロット公爵が、仁王立ちで待っている。


「泥を塗りおって! 恥知らずめ!」


父上の怒鳴り声と共に、頬を打たれた。

乾いた音が響く。

痛みはほとんどない。私の首の筋肉は、成人男性の平手打ち程度で揺らぐほど柔ではないからだ。

ただ、衝撃を殺すために首を少し傾ける演技はしておいた。


「お前のような無能は、我が家には不要だ。籍は抜いた。このまま辺境の北へ行け!」


「……お荷物は」


「この馬車に乗せた分だけだ!」


父上の指差した先には、何もない。

つまり、手ぶらだ。

ドレス姿のまま、着替えも金もなく、魔獣の出る辺境へ行けと。

実質的な死刑宣告だった。


(合理的ね)


私は妙に納得していた。

父上は、王家との対立を避けるため、娘を即座に生贄にしたのだ。

損切りが早い。

経営者としては優秀かもしれないが、父親としては最低ランクだ。


「承知いたしました」


私は馬車に乗り込む。

扉が閉められ、鍵がかけられる音がした。

馬車が走り出す。


石畳の振動が尻に伝わる。

私はようやく、深く息を吐いた。


「……終わった」


終わったのだ。

王妃教育も。

お茶会での腹の探り合いも。

愛想笑いも。

そして何より、あの退屈で生産性のない日々も。


窓の外を見る。

王都の街並みが遠ざかり、空の色が藍色に沈んでいく。

不安がないわけではない。

これからどうやって生きていくか。

だが、不思議と胸の奥には、溶鉱炉のような熱い高揚感が渦巻いていた。



目が覚めたのは、強い衝撃のせいだった。

馬車が大きく傾き、停止している。


「ひ、ひぃぃぃ! 助けてくれぇ!」


御者の悲鳴。

続いて、何かが肉を裂く音と、湿った足音が遠ざかっていく気配。

逃げたな。

御者が私を置いて逃走したのだ。


周囲は深い森の中。

月明かりだけが頼りだ。

私は馬車の扉を蹴り開けようとしたが、外から施錠されている。


「……強度不足」


私は呟き、扉の蝶番ちょうつがい付近に掌を当てた。

魔力を、腕へ、指先へ。

循環させる。

熱が巡る。


バキィッ!!


小気味よい音と共に、扉が枠ごと外れた。

外へ出る。

ひんやりとした夜気が肌を撫でる。

ここは北の街道だろうか。空気が少し冷たい。


「グルルル……」


低い唸り声。

馬車の陰から現れたのは、巨大な猪だった。

体長二メートルはある。

牙が月光を浴びてギラリと光り、口からは粘液が垂れている。


ファングボア。

突進力は岩をも砕き、その皮は鉄の剣を弾くという下級魔獣。

だが、一般人にとっては災害級の脅威だ。


「……ふぅ」


私はドレスの裾を掴むと、力任せに引き裂いた。

ビリビリという音と共に、重たい布が落ち、太ももが露わになる。

動きやすい。


ファングボアが足で地面を掻く。

来る。


武器はない。

護身用の短剣すら、父上に取り上げられた。

私は周囲を見渡す。

足元に、先日の嵐で折れたと思われるかしの枝が落ちていた。

私の腕ほどの太さがある。


「これでいいわ」


拾い上げる。

ずしりとした重み。

手触りはゴツゴツしているが、芯は腐っていない。


「ブモオオオオオッ!!」


ファングボアが突っ込んできた。

地面を揺らす轟音。

一直線に私へ向かってくる黒い弾丸。

速い。

淑女なら悲鳴を上げて失神する速度だ。


だが、私には「軌道」が見えた。


(直進のみ。捻りなし。素材の強度は高いが、重心が前すぎる)


私は逃げない。

足を肩幅に開く。

地面を、ハイヒールの踵で踏みしめる。

ドレスの下、コルセットの中で、腹筋に力を込める。

魔力が全身のバネとなる。


引きつけた。

鼻先の悪臭が漂う距離まで。


「せいっ!」


息を吐くと同時に、樫の枝をフルスイングした。


インパクトの瞬間、手首を返す。

打撃の衝撃を、魔力と共に相手の頭蓋へ浸透させるイメージ。

それは鍛冶において、鉄を叩く要領と同じだ。


ドォォォォォォン!!


鈍い音ではない。

爆発音のような轟音が森に響いた。


巨大な猪の体が、真横にかっ飛んでいく。

近くの大木に激突し、さらにその木をへし折って、ようやく止まった。

ピクリとも動かない。

頭蓋が陥没しているのが遠目にもわかった。


静寂が戻る。


手の中の樫の枝が、役目を終えたようにサラサラと崩れ落ちた。

やはり、ただの木では私の魔力伝導に耐えられないらしい。


「……あ」


私は自分の背中に手を回す。

激しい動きのせいで、コルセットの紐が千切れていた。

締め付けが消える。

肺が大きく広がる。


森の冷たく澄んだ空気を、胸いっぱいに吸い込む。


「美味しい……」


なんて美味しい空気だろう。

誰の許可もいらない。

誰の顔色も窺わなくていい。


私は、夜空を見上げた。

満天の星。

王都の明るすぎる夜会では見えなかった、本物の光。


「あー、すっきりした!」


私の声が、森にこだました。


独りぼっち。

無一文。

家も身分もない。


けれど、私の手には「力」がある。

この手で何でも作れるし、何でも壊せる。


私は破れたドレスの裾を翻し、北へ向かって歩き出した。

この道の先に、私の新しい人生がある気がした。


ふと、お腹が鳴った。

そういえば、あの猪、食べられるのかしら。

解体用のナイフがないのが悔やまれた。


「まずは、道具を作らなきゃ」


私の職人ライフは、まだ始まったばかりだ。

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