第44話 神話との遭遇
「提督! 『魔女』が現れました!」
1番艦の甲板にて、パラソルの下で波に揺られながら目を閉じていたガンズの元へ副官が情報を持ってくる。
「数は二! 報告にあった、火を使う魔女とスライムを使う魔女です!」
「……そうか」
「二者は逃走! 現在、警邏隊が追いかけております!」
「深追いは必要ない。兵には可能な限り、距離を取って包囲する様に伝えよ」
「しかし……烏の魔女が来ないとも限りません」
「問題ない。全てヤツが処理をする」
「博士!」
アンバーにあてがわれた建物はブルームの診察所。そこへ、部下のギネスが駆け込んでくる。
「なんだい、ギネス君。今度は義足が誤作動を起こして、キックモーションしかできなくなったのかい?」
「そんなバグがあるんすか……いや、そうじゃなくて! 魔女ですよ! 出ました! 火を使う魔女です!」
「博士、あの村の女かも」
傍らでアンバーの護衛についているヨミは今度こそ仕留める意思を見せる。
「ギネス君、ミヨ君、待機で良いよ。下手にリスクを負う必要は無いさ。それに」
「それに?」
「あの方の邪魔をしてはいけない。今回の遠征唯一の楽しみだからね」
『『魔女』は内陸への橋方面に逃走』
『提督より指示だ。適切な距離を保ち、“使い魔”の出現と攻撃を特に注意せよ』
『現在、他に潜入している可能性のある『魔女』の捜索が行われている。兵は所属艦と登録番号の提示を義務とせよ』
『戦車を大通りより移動させる。機甲小隊は編成に戻れ』
『1番艦は沖合より照準を取り、3番艦は港より砲塔のみ射角を合わせる。2番艦、4番艦は待機。あまり魔女に近づき過ぎるな』
『フォルサイ艦長、及びカッター会場より被害を受けた者の救助は完了。重傷者無し、軽傷者多数』
『発砲は命令があるまで自己防衛以外に許可しない。繰り返す、発砲は――』
『魔女』の出現により、緩んだ空気は一斉に戦火の元に立つ兵士たちの圧により、張り詰めたモノへと塗り替えられる。
通信兵は端末を背負い、歩兵は銃蔵より流れる様に銃を手渡され初弾を確認しつつ所属小隊へと合流。魔女二人の追撃に入っていた。
「はぁ……はぁ……」
「リタさん、早く早く!」
二人は場の混乱から煙幕も使い追走を置き去りにしていた。その為、後方より準備を整えて追いかけてくる『帝国軍』とはかなりの距離が開いている。
ブルームの地形は、なだらかな坂道でありラシルの屋敷が最も高い位置にある。そこを越えれば後ろからの目は途切れさせる事が出来るだろう。
「なんで……そんなに……アンタは……早いのよ……」
リタも魔物と戦う為にそれなりに体力はある方だ。しかし、前を走るキャスは全く息が切れた様子なく、坂道をスイスイと進み、振り返る余裕まである。
「バエル、アーマーモードだよ。あたしにかかる負荷を六割軽減するのさ!」
「バエルは汎用性の塊ね……」
リタは息を整えながら背後を振り返り、坂下を見下ろすと『敵軍』が戦車と共にゆっくりと進行してきていた。
“もし、逃げる時は敵は全力では追ってこれない。ハハハ。こっちが罠を張ってなくても心理的に潜伏を警戒しなきゃならん。だが、なるべく射線は切れ。戦艦からは普通に攻撃されるぞ”
「…………」
見えるのは沖合の戦艦と、先ほど私の居た――
「リタさん! 早く!」
「ごめん。行くわ」
「なんじゃ、もう帰るんか?」
カシュッ、と果物を噛じる音が聞こえた。
キャスとリタは咄嗟に声のした方へと視線を向ける。
それは建物の屋根の上。そこには仮面を着けた老人がしゃがむ様に座り、二人を見下ろしていた。
「な…………」
「うっ……うぇ!?」
「カッカッカ」
二人は思わず息を呑んだ。
命を脅かすモノが少ない『ミステリス』において、魔女は使い魔も居ることから本能的な恐怖を感じる事は少ない。
キャスは『大森林』の脅威に慣れていたり、リタも数多の魔物と戦った経験もある為に、恐怖の上限はそれなりに高かった。
しかし、目の前の老人は二人が経験してきた事全てが、矮小だと思える程の圧倒的な存在感を放っていたのである。
それは『神話』から出てきた様な……測ることさえも不可能と思える程の怪物だった。
「ガイダルじゃ。500と67年、【魔拳神】をやっとる。カッカッカ。毎年国を上げて祝ってくれるでのぅ。して、お主らの名は?」
「リタ……イフリート」
「キャ……キャスレイ……バエル」
本能が逆らう事を許さない程にガイダルの言葉は全ての知的生物への“命令”に近いモノだった。
「カッカッカ」
ガイダルは屋上から飛び降りると、まるで重さを感じさせない様子で着地した。そして、果物の残り全てを頬張ると、咀嚼し飲み込む。
「さて、娘っ子二人よ。お主ら、どっちが強い?」
ゾッ……と全てを呑み込む圧がガイダルより放たれ、より近い距離にいるキャスは思わず膝をついた。
「あ……あれ……」
足に力が入らない。声も上手く出ない。
身体がガイダルと向き合う事さえも拒否していた。
キャスは目の前の絶望に視線を合わせる事さえも出来ず、視線を地面に向けて何とか呼吸を整える。
「ふむ。反応は女児と変わらんか。じゃが、生物の底力は死の寸前に爆発的に輝くでのぅ」
歩み寄ってくる。すると、キャスの前に護る様にリタがガイダルへ立ち塞がった。
「わ、私の方が……強い!」
「リタ……さん……」
「ふむ」
まだ、リタは諦めていなかった。
ハンニバルはこの状況を把握しているだろう。何かしらの策を考えているハズだ。私達がやるのは時間稼ぎ。そうすれば――
「簡単に殴るわい。生き延びてみよ」
コキッ、コキッ、と首、肩、腕、手首を鳴らしながらガイダルが拳を握る。
「――――」
「バ……エル! 護――」
ドッ! と爆発した様な音がブルームに響く。




