第38話 “バエル”アーマーモード
キャスは用意されていた六人乗りのボートの一番奥に座る。
「かけ声を合わせて引け。一人でもリズムが乱れると全体が止まるからな」
「おっけー!」
他五人は息を合わせる事は容易いがキャスに至っては初めてと言うことでハンクは簡単に説明していた。
「まぁ、やる気のあるのはハンクだけだし」
「気楽になー、キャスト」
「俺たち無理やり駆り出されたんだよなー」
「…………勝つ」
「お前ら! やる気だせ!」
メンバーは、負ける気は無いが死ぬ程がんばる、と言うワケでもなかった。
『それじゃー、教官の作ったケーキをかけたトーナメント始めるぞー。あそこでボートに縄張ってる線があるだろー? アレがゴール。判定は乗ってるヤツを買収しとけー』
置き型の拡声器からやる気の無い声が響く。気が抜けるだろー! 仕切るヤツ変えろー! などとヤジが飛ぶが、マイクを持つ兵士はどこ吹く風である。
『それじゃ、AチームとBチーム、スタート』
パン! と銃声が響き、AチームとBチームのオールが一斉に動く。
おおおぉぉぉ!!
と、合わさるかけ声にて、Aチームは慣れた様な漕ぎ出し。上手く波を分けて進み始める。対してBチームは――
「ぶっおふっ!? おい! 誰だ!? オールを合わせてねぇのは!?」
片側のオールがぶつかって船体は変に曲がってしまった。
「俺違うぞ」
「俺もー」
「……ぶつかって手が痺れた」
「違うぜー」
キャスに視線が向く。
「これ重すぎるよ!? オール、水全然掻けないし!」
「当たり前だろうが! 俺らの体重プラス、波の抵抗力もあるんだぞ!」
漕ぎ始めた瞬間、まるで砂の中にオールを突っ込んだ様に動かせず、そのままスポ抜けたのだ。
「Aチームは順調だな」
「グッバイ、ケーキ」
「グッバイ、糖分」
「……イチゴは欲しかった」
「あぁぁ! 俺のケーキがぁ!」
「……こうなったら――」
順調なAチームを見送る面々とは裏腹にキャスは“バエル”にこそっと耳打ちする。
「バエル、アーマーモードだよ」
「!」
その命令により、“バエル”はキッとなると、服の下にてキャスの身体に満遍なく広がった。身体が盛り上がる。
「みんな! まだまだこれから! あた――ぼくも本気を出す!」
「本気って――てかお前……なんか体格変わってね?」
「うっ……ほ、ほら! ケーキが無くなるよ!」
「! そうだった! お前ら! もう一回行くぞ!」
あいよー、とパワーの無いキャスには期待しない他の面子は改めてオールを動かす。
すると、
「お?」
「いいね」
「進むじゃん」
「…………行けるな」
「キャスト! なんだよ、パワーあるじゃねぇか!」
「当然!」
説明しよう! “バエル”アーマーモードとは!
“バエル”を身体に纏い、動作を手伝って貰うことで本来の負荷を8割カットする……あたしと“バエル”の切り札の一つ!
村のお年寄りや、荷物を運ぶためにあたしが編み出したのだ! まさに使い魔と魔女の融合! ふっふつふ……ケーキの為なら切り札の一つも使わなきゃね!
『お、Bチームがなんか良いリズムだなー。甘党ハンクの孟追撃。おーい、ゴール判定するヤツさー、僅差のゴールならBチームの負けにしといてくれ。その方が面白れぇからさー』
「おい! マジでドゥニームのマイク取り上げろ!」
少しずつピッチが上がっていくのが解る。それに合わせてあたしもオールを動かして、船体は徐々に速度を上げて――
「はい、Bチームの勝ち」
ゴールの出前でAチームを追い抜き、ゴールロープを張る船に乗る人からそう言われた。
「おっしゃあ!」
「しゃあ! うわぁい!?」
あたしとハンクさんは喜びの感情が振りきれて立ち上がった。しかしその瞬間、重心が変わった船体よりバランスを崩したあたしは海に落ちた。
「アボボボボ!!!」
「うぉ!? キャスト! なにやってんだ!?」
あたしはここで初めて知った。あたし泳げないじゃん! がぼぼぼ……
「暴れんな! 手を出せ!」
そう言って、手を掴まれてボートに引っ張られると、他の五人の手があたしの服や襟首を掴んで船の上に引っ張り上げてくれた。
「ぜへぇ……ぜへぇ……」
「お前……海兵の癖に泳げねぇのかよ」
「まぁ、四番艦の乗組員ならそう言うヤツも居るだろ」
「ジドー艦長も実は泳げないって知ってたか?」
「マジかよ」
「…………着水泳は危険だぞ」
「あ、ありがと……」
“バエル”も落ちてないし。ホントに危なかったぁ……
「ん? おい、キャスト。お前何か胸膨らんでね?」
「え?」
あっ……今の騒ぎで胸を抑えてた布が緩んで――
『Bチーム戻って来ーい。ボート二隻しかねぇんだからよー。失格にすんぞー』
「あの野郎……」
皆の視線が港へ反れた隙に! “バエル”アーマーモード再発動! 胸を抑えて! と小声で指示!
「よし、戻るぞ! ってあれ? キャスト……胸……眼の錯覚だったか?」
「ぼ、ぼくは男だからね!」
また、息を合わせてオールを漕ぎ港へ戻った。
「うぅ……失敗しちゃったなぁ」
「……」
あの後、港に戻ると丁度、本来の人が戻ってきてて、話している隙に場を離脱した。
あのまま服を着替える流れになったら流石に誤魔化しきれない。ケーキは惜しいが……本当に惜しいがっ!
「……良い人たちだったなぁ……」
あたしは敵地のど真ん中に居る。ハンニバルさんに言われて情報を集める為に彼らを騙してる。
彼らは……イラムスさんや村の皆を死なせる原因になった敵なのだ。そう思ってはいけないハズなのに――
「濡れたままだが、着替えなくて良いのか?」
「うっひょい!?」
背後から誰か追ってきた!? く、くそぅ! こうなったら気絶させて――
「って……フォルサイさん?」
「滴を垂らしながら移動すると、どこに行ったのか丸解りだぞ?」
げっ……不覚……今後は気を付けよう。
と、あたしが考えていると、フォルサイさんは一つの箱を差し出してきた。
「飛び入り参加の君に内緒であげるよ。ケーキではなくクッキーだがね」
「あ、ありがと……いいの?」
「構わないさ。ケーキを食べれない全員に一つずつ用意してある」
そう言う事なら貰っとこ! “バエル”も嬉しそうだし。
「着替えはどこでするんだ?」
「あぁ、うん。あっちでね。大丈夫」
「ふふ。四番艦の者と話すのは壁が無くて実に楽で良い」
「? 皆、フォルサイさんに慕ってる感じだったけど?」
「軍には規律があり、上官には敬意を払うのが規則だ。故にどうしても越えられない壁が出来てしまう」
あたしで言えば……ナギ様と話す様なモノかな?
「早く着替えて、少し身体を温めると良い。風邪を引くからね」
“あらあら、キャスレイ。滝扉をバエル無しで通っちゃったの? ふふ。こっちにおいで。身体を拭いてあげるから、風邪を引く前にあっちで暖まりなさい”
「あ、あの!」
「ん?」
去ろうとしたフォルサイさんをあたしは思わず呼び止めた。
その雰囲気が幼い頃に病で死んだ母と被った気がしたから――
「あ……その……クッキーありがとうございます」
「君は良い“兵”になる」
フォルサイさんはそう言うと、カッター会場に戻って行った。




