第21話 逃げるぞ! 敵だ!
午前中になると『宮殿』には多くの伝令と物資が届いた。
それは各地域の特産品や状況報告。
近々ある祭りなどの招待状が【国母】宛てに届く。
『ミステリス』では、未だに南沿岸部が敵に抑えられたと言う情報は国全土に広まっていない。その為に、南以外の地域ではいつも通りの日常が続いている。
現在、帝国に追いやられた南の民は内陸の村へ避難し、その村から更に『宮殿』への言伝てに人が動く。
情報のラグは半日は想定されるも、その中で【巨人】ラシルの紋章が入った包みが最速で『宮殿』へ駆け込んだ。
『よし。これでなんとかなる』
ナギは“八咫烏”を顕現させ、眼下にて『宮殿』へ入る伝令を見届けた。到着は本日の午後を考えていたが、伝達員が無理をしてくれた様だ。
“八咫烏”は翼を開くと大空へ飛翔。南沿岸部の様子を見に羽ばたいて行く。
ラシル達はハンニバルに任せて良い。私は敵の動向を探りつつ、生存者の保護をせねば。
状況の信憑性を【国母】様が認識してくれれば序列上位の魔女が動ける。それで敵を追い返せるハズだ。
「急ぎ、この包みを【国母】様へお願いします! 【巨人】ラシル様の印が入っているのです!」
ラシル達と別れた伝令は、可能な限り最速で駆けた。とにかく最重要の通達だけでも届けるべく、夜間も走り続けて途中馬を二頭も潰した程だった。
「今、印を確認いたします。少々お待ちください」
「急いでくれ! こうしている間にも敵が攻めてきているかもしれないんだ!」
「慌ただしいですね」
対応している宮殿員と伝令の男と様子に執務官の男――フリントがやってきた。
伝令の男は安堵するようにフリントへ頭を下げる。
「フリント様! よかった……。急ぎ、この書面を【国母】様へお願いします!」
男性の意見はあまり重要視されない『ミステリス』において『宮殿』に男の執務官が居ることは、かなり頼りにされている。
「ナギ様から伺っていますが。例のブルームの件ですか?」
「! そうです! 今――」
「【国母】様はまだご就寝中ですよ。声を控えなさい」
伝令が興奮して開こうとした口をフリントは遮る様に手を翳す。そして、書面を受け取った。
「ふむ。ラシル様の印に間違いはありませんね。私が直接【国母】様へお渡ししましょう」
「よろしくお願いします!」
「貴方も疲れている様ですので、しばらく休みなさい」
「はい」
フリントの言葉に伝令の男は安堵の表情を作り、場より去る。
これでなんとかなる……。事態の深刻さを『宮殿』が理解してくれれば、魔女様達が賊を『ミステリス』から追い出してくれるだろう。
フリントは書面を持って『宮殿』を進み、【国母】の部屋がある庭園へたどり着いた。
庭園の奥には一つの扉があり、そこには常に序列7位以上の魔女が警護についている。本日は――
「なに用だ。フリント」
「ラディア様」
序列2位【地王】ラディアへ頭を垂れる。
現在活動している魔女の中では、序列トップであり、その視線は魔女であっても萎縮する程に鋭い。ナギに並ぶ実力者として『ミステリス』では双璧を成す魔女だった。
「【巨人】ラシル様より、書面が届いておられます。【国母】様へ優先して見て頂きたく――」
「駄目だ。【国母】様は今、目覚められた。湯浴みと朝食の後に宰務を始める。そこに割り込みは無い」
ラディアは【国母】に対して良くも悪くも従順な魔女だった。それに加えて『宮殿』に男がいる事を良く思っておらず、何かあれば即座に排斥しようと考えている。
「ラディア様はブルームの件をお聞きになりましたか?」
「ナギより聞いた。アイツは過去の事もあり、争い事に過敏になっている。外海からの賊など私が出れば事足りる。貴様は余計な事をせずに【国母】様の判断を待て」
「解りました」
フリントは一礼して立ち上がり、庭園から去る。
「と言う事らしいですよ、ラシル様」
冷ややかに笑いつつ、その他大勢の届け物の中にラシルの印の入った書面を捨てる様に紛れ込ませた。
“麒麟”の引く荷車はガラガラと崖際を進む。その横は渓谷があり、下を流れる川は海まで繋がっている。
「ええ!? 味方に……こっちの事を敵に教えてる人がいるの!?」
“麒麟”の引く荷車に揺られながら、ハンニバルはラシルと交わした会話を全員と共有していた。
ソレを聞いて一番にリアクションをしたのはキャスである。
「『ミステリス』の地図と断片的な情報だけだな。“麒麟”や“八咫烏”の存在に驚いてた所を見るに『魔女』『使い魔』『魔法』くらいしか認識してないだろう」
敵に国の大まかな地図を握られてるのが痛ぇな。『ミステリス』の生活は大半が『魔女』と『使い魔』で成り立っている。
その為、良くも悪くも土地開発は殆んど行われず、古い地図でも相違が殆んど無い。
まぁ、ガンズの爺さんの事だ。全てを鵜呑みにせず、測量を始めるだろうが……地形が地図と一緒だと解れば最新の地図を作るのに時間は掛からないだろう。
『宮殿』の位置が察知されないのが唯一の救いか……
「そいつのせいで……敵が来たのか」
「…………」
ミカは拳を握りしめ、リタは視線を落とした。
「でしたら……私たちは内と外の両方と戦わねばならぬと言う事ですか?」
“麒麟”に跨がり、行く先を制御しているモナが会話に参加する。
「取りあえず、次にナギが来たらその件も話しておくさ」
序列3位【番人】ナギは『ミステリス』で唯一、身内に対する執行権を持つ魔女である。
【国母】の命令を待たずに刑を執行できる権限を持ち、民の生活を脅かす魔女を処罰する事を許可されているのだ。
「ハンニバル。話のついでにその事が出たけど……この件は慎重に話すべきじゃなかったの?」
ラシルは今の話題の重要性を改めて場に出した。
この五人の中に裏切り者が居たとすれば? と言う疑心暗鬼を抱く事になる。
「別にそんな事はねぇよ。お前らはシロだからな」
そんなラシルの疑問をハンニバルは何でもない様子で告げた。
「四人は暮らしてた場所を潰されたし、モナに関しては内通者だったらラシルを助ける意味がねぇ。個人的には【国母】、ナギ、ラディア以外は怪しいな」
ハンニバルから【国母】の名前が出た事で五人は安堵した。
「ラディア様も?」
「あの女は恐ろしいまでに【国母】に従順だからな。それに――」
“貴様がハンニバルか。ふんっ! メイカーを捕らえた事は評価するが……私は貴様を認めたワケではない! 何か不祥事があればすぐさま『宮殿』から追い出してやる!”
“おーおー、気が抜けねぇな。わざわざソレを言いに来たのか? ハハハ。可愛いヤツだな”
“は!? なっ!? か、可愛いだと!? 私が!? 貴様っ! ふざけてるのか!?”
「可愛いトコもある」
『宮殿』に居たときの事を思い出して、ハハハ、とハンニバルは笑う。対して魔女五人は――
ラディア様が……可愛い? あの……ラディア様が?
彼女達からすれば笑った所すら見たことがない【地王】ラディアの存在は畏怖こそすれど、“可愛い”とはとても思えなかった。
「後はメイカーだな。アイツは今回の件には無関係で良いだろう」
「メイカー? 誰?」
キャスが聞かない名前の人物を聞き返す。
「マジで存在が忘れられてんだな。アイツは序列1――」
その時、曲がり道を抜けた瞬間、正面に“鉄”が存在していた。
「!? “麒麟”!!」
モナは正面から激突すると判断し、“麒麟”を大きく飛び上がらせた。
座る五人は咄嗟に荷車にしがみつき“鉄”の上部を通過、その際に――
「――――」
「――――」
荷車に乗るハンニバルと天井の空いた乗用車の助手席に乗るムートと視線が合う。
“麒麟”は飛び越える様に着地。
何が起こったのか。魔女四人は後方を確認する中、ハンニバルは思わず立ち上がって――
「逃げるぞ! 敵だ!」
いち早く指示を出す。その表情は笑っていた。




