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魔導軍師ハンニバル  作者: 古河新後


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第17話 マフィンを作る材料

「……全く、200年前から何も変わらんヤツめ」


 ナギは執務室から出る。時間帯は既に夜であり、物静かな『宮殿』は更に静まり返っていた。


「…………」


 廊下を歩きながら月を見る。『宮殿』がこうしている間にも国内では怯えて明日を待つ者達が居るかもしれない。


“休む時はきっちり休め。中途半端に出てこられる方が困るんだよ”


 序列3位として風邪を引いても責務の為に腰を上げた際にハンニバルに呆れてそんな事を言われた。


「……人の痛い所ばかり突いてくるヤツだ」


 かつて、『ミステリス』の沖合いで漂流しているハンニバルを助けた。

 それが出会い。アイツは他には無い考えを持っていて何かと人に気を配るのが得意なヤツだった。そして、【国母】様へ紹介し初の男の執務官として『宮殿』に取り立ててもらった。

 ハンニバルは『ミステリス』をより良く導こうとしてくれた。私もそんな彼とは何かと共に行動する事が多く、信頼していたのだが――


「……『ミステリス』を救う為……か」


 【国母】様は『ミステリス』の民と魔女にとっての導き手。魔女からすれば“母”とも言える存在だ。故にあの方を……殺そうとするなど、許される事ではない。もしも、ハンニバルが今、側にいる五人を扇動し【国母】様の命を狙ったときは今度こそ私が――


「こんばんは、ナギ様」


 すると正面から男の執務官――フリントが歩いてくる。


「フリントか。賊が襲来した件は耳にしたか?」

「はい。詳しい情報は伝達者待ちですが」

「明日には届く。お前も眼を通しておくように」

「わかりました」


 フリントはハンニバルが作った席に代々置かれる男の執務官に就いていた。

 『宮殿』における男の執務官の枠はハンニバルが投獄された後も必要な役職として『ミステリス』には残っている。


「湯は張っております。ラディア様がご入浴されていますが」

「先に食事を取る。従者の手配は私が自分でやるからお前はもう休め。明日は特に忙しくなるぞ」

「はい」


 そう言って歩いていくナギの背が見えなくなるまでフリントは頭を下げていた。


「………本当に貴女様はお美しい……ナギ様」


 フリントは近い内に叶う己の望みを想像し、笑った。






 夜のブルームは静まり返り、交代で行われる見張りと艦による警邏だけが動いていた。


「地図の通りに港街があったとはのぅ」


 破壊された港に係留する一番艦の甲板には果物を噛るガイダルがガンズと話していた。本日の成果を照らし合わせているのである。


「内通者の情報は思った以上に正確だった。しかし、全てを鵜呑みにする事は出来ん」

「同意見じゃ。鉄を打つ街を制圧し、弟子を全員置いてきた。製造班を行かせ、弾薬の生産を始めた方がええのぅ」

「そちらの情報も正確だったのか?」

「うむ。しかし、こうもトントン拍子に進むのは内通者の手の平の上に乗っ取る様でいけ好かん」

「この国は古すぎる。加えて敵もこちらの襲来を予想していた様には見えなかった」

「『巨人』が出たんじゃろ? かー、こっちに居れば良かったわい」

「そっちにも魔女は居ただろう?」

「人形の鎧じゃった。ワシらでなければ被害が出てたかもしれんのぅ」

「お二方。食料品に危険な効果はありませんよ。街の物資は我々が使用しても問題ありません」


 そこへ、ブルームにて手に入れた膨大な資材が自分たちに転用できる事をアンバーが伝えにくる。


「そうか、助かった博士」

「カッカッカ。アンバー、お主は楽しそうじゃのぅ」

「ええ、実に充実していますよ。実験のデータも沢山取れそうですし、全てが新鮮で閃きと採取欲で溢れてます。ガイダル様も本国に居た時よりも血の気が良さそうですね」

「お、わかる? カッカッカ。魔女は今までにない戦いを経験させてくれそうじゃからな」

「提督、お話の所、失礼致します」


 すると、副艦長が敬礼をしながら場に声をかける。


「どうした?」

「王族旗を掲げた艦が一隻、こちらへ来ています」

「王族旗? 六隻目か?」

「はい。私も此度の侵攻作戦は先遣隊は五隻で出動だったと記憶しています。故に提督にも確認して頂きたく」


 海戦を行う艦隊四隻と、ガイダル達を別の沿岸部から内陸へ上陸させた一隻。表向きはそれだけが先行部隊の総戦力だったハズだ。


「艦は? 停船したか?」

「三番艦が停止させています。使者が提督と話をしたいと」

「会おう」






「失礼致します! 本国の“英雄”の方々!」


 ガンズ、ガイダル、アンバーのいる一番艦の甲板に一人の男が敬礼しつつ入ってくる。


「……側近隊か?」


 その胸にある紋章をみたガイダルは、彼が王族直属の兵士である事を確認する。


「はい。スピキオ姫殿下直属のベランと申します。階級は大佐です。此度は事情により先行部隊に参加できなかった殿下の代わりに馳せ参じた次第です!」

「ワシは、先行部隊は五隻と聞いていたが」

「殿下の指示で、別動を取っていました。内通者の情報が罠だった場合、なるべく情報を持ち帰るようにと。それでも、お三方が落ちると言うことは無いと殿下も考えていましたが」

「カッカッカ。姫は相変わらずじゃのぅ」

「まったく……」


 知らない所からひょいっと姿を現す姫は、昔から戦術にかけては特に秀でており、戦争の話が好きだった。

 何より、その思考はあのハンニバルに通じるモノがあり、ガンズやガイダルの元へ何かと顔を出し何かと、


“後200年早く産まれたかったですよ。ハンニバル様と思う存分、知略を尽くしたかったです”


 もし、スピキオ姫が200年前に居れば、ハンニバルに帝国が停戦間際まで追い詰められる事はなかっただろう。

 当時はハンニバルが行方不明となり、連合軍に不信感を抱いたガイダルが故郷に帰り、アンバーも帝国に帰順。連合軍はあっさり瓦解し消滅した。

 彼女はハンニバルの再来とも言われる程の切れ者だった。


「後に殿下が地上部隊及び、侵攻部隊の総指揮を取られます!」

「ああ、構わん。ワシは海で手一杯なのでな」

「こっちも現場の方が性に合っとるわい」

「私も好きに動く。その方が部隊全体としても有益だろうからね」

「殿下は次の遠征部隊にて来訪なされます! その間の行動を殿下より言伝てを預かっております!」

「聞こう」


 現時点の帝国で、最も戦争思考の強いスピキオ姫が優先して持ってきた指示を確認する。


「マフィンを作る材料は確保するようにとの事です!」


 ビシッと敬礼してベランは告げる。


「……まったく……」

「カッカッカ。カーカッカッカ! ホントに姫は笑わせてくれるわい!」

「ふむ。似たような材料があった場合は優先的に確保しておこう」


 ガンズは呆れ、ガイダルは笑い、アンバーは真面目に捉えた。

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