プロローグ
「大罪人ハンニバル」
カッ! と椅子に拘束されて座る男にライトが当てられた。
「眩しいねぇ……お偉い魔女様達は高みの見物ですかぁ? ハハハ」
「口を慎め、ハンニバル!」
「【国母】様を狙うなど……恥を知れ!」
【国母】。それはこの国『ミステリス』を統治する者の名前であり、全ての“魔女”の母だった。
「んだよ。結局は未遂じゃねぇか。【国母】様には傷一つございませーん」
ドンッ! と一人の魔女が杖底を床に突き、ハンニバルを睨む。
「【国母】様。刑を審判する必要はありません。命じていただければこの愚か者を私が即刻『土埋』と致しましょう」
「そうだ! 【地王】ラディアの言う通りだ! 殺せ!」
「何故生かしておるのだ!?」
「ただちに刑の執行を――」
「静粛に」
【国母】のその一言に場の空気がブワッと変わった。皆が押し黙る。
「ハンニバル」
「へーい」
「何故、この様な事態を犯したのですか?」
「ハハハ。【国母】様、まだ理解していらっしゃらないのですか?」
「質問に答えなさい。貴方は魔女10名を扇動し、この宮殿へ私の命を狙って乗り込んだ。結果――」
「結果、主犯のオレは捕まり、あの娘達は処理された。全く……読み違えたぜ」
ハンニバルは【国母】ではなく、傍らに己の見張り役として立つ一人の魔女を見上げる。
「ナギ、お前がここまで根性のあるヤツとはな」
「……」
「ハンニバル! 貴様! 【国母】様が問うておるのだぞ!?」
「真面目に答えよ!」
「10人の命で【国母】の命まで後一歩だった」
ハンニバルは【国母】を見る。
「これが20人だったら? それとも情報がきちんと揃っていたら? オレらを止めた、序列三位【番人】ナギを予め宮殿から遠ざけていたら? さて、【国母】は死んでいたかな? いや、宣言する……確実に殺せた」
「…………」
ハンニバルの言葉に周りが殺気と怒りを放つ。【国母】の前でなければ彼の命は即刻消え去っていただろう。
「まだ解んねぇのか。はぁ……もういい。ナギ、最後はお前でいいや。オレをあの娘達と一緒の所に送ってくれ」
「ハンニバル……貴様に死に方を選べると思っているのか!?」
「“煉獄の刑”だ! そやつの肉と皮を剥ぎ、神経を永久に苦しめるのだ!」
再び騒ぎ立てる外野に、ハンニバルはうんざりして嘆息を吐く。
「【国母】様。発言を許可を」
そんな中、ハンニバルを傍らで見張るナギが声を上げた。
「よろしい【番人】ナギよ。何を語る?」
「ハンニバルの刑。私に一任して貰えないでしょうか?」
「ハハハ。堅物がどういう風の吹き回しだ?」
ハンニバルは椅子に拘束されたまま、ナギの魔法で浮かされる形で森の奥地へ運ばれていた。
「喋るな、ハンニバル。お前の口八丁は魔法に匹敵する。その舌を切り落とすぞ」
「それじゃオレを殺す気は無いと言う事だな?」
殺すヤツの舌をわざわざ切り落とすかよ、とハンニバルは笑う。
「そんな軽口も“無限刑”の前では何も感じなくなる」
ナギがハンニバルを連れてきたのは深緑の中に隠れて建つ一つの塔だった。
周囲を自然に囲まれているにも関わらず、古めかしさは全く無い。それどころか最近建てられた様を感じる。
「時の塔か……噂では聞いてたが、マジであったんだな」
ナギが呪文を唱えると塔の中から鎖が伸びてハンニバルを椅子ごと絡みとった。
「これからお前の肉体は生命活動が止まる。そして、精神は何もない空間に放置される」
「ハハハ。なんだそりゃ」
「虚無だ。何も変わらない世界。昼夜も無ければ三大欲求も全て感じない。その世界で永久に等しい時を過ごす。ソレがお前の刑罰だ」
キリキリと鎖がハンニバルを塔へ引きずり込む。
「……もう、二度と会うことはあるまい」
「ククク……ハハハハ!! 優しいなぁ! ナギ! お前は本当に良い女だよ! 流石だ! 【番人】様!」
「言い残す事はそれだけか?」
「ハハハ。困ったら呼びに来い。死ぬほど暇してるからよ」
最後の言葉にナギは背を向けると塔はハンニバルを呑み込み、扉を固く閉ざした。
それから200年間、魔女と魔法の国『ミステリス』は平和な世を刻んでいく。
そして、彼が再び解放されるのは国が戦火に包まれた時だった。




