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旋風の孤次郎(KAZENO KOJIROU)  作者: 小崎信裕


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(2)星影のおりん

 孤次郎の露店を、路地裏から遠巻きに見ている女がいる。女の名は、おりん。手には旅杖。三度笠を被り、手甲、脚絆を身に着けた旅姿。露店の茣蓙に並べられた七味唐辛子にふと目が留まる。三寸ほどの朱色を施してある、その竹筒に見覚えがあった。

「あの竹筒は確か、いや、そんなはずは・・・」

 そう独り言をつぶやいたとき、背中に殺気を感じた。身をひるがえして振り返る。すると、六尺もあろうかという大男が、口に楊枝を咥え、不敵な笑いを浮かべていた。

「ひさしぶりだな、おりん」

 男が一歩、二歩と近づいてくる。三度笠の影から顔を上げたおりんの眼が鋭く光り、旅杖を持つ手に力が入る。

「柳生鉄馬・・・」

「覚えていやがったか。あの日、上州の峠でお前を仕損じたきりだ。お前のせいで江戸を離れ、俺も流れ者。柳生新陰流の達人が今ではこのざまだ。おりん、この恨み、今、ここで晴らす。覚悟」

 鉄馬は楊枝を吐き捨て、口角を歪めて腰の刀を抜いた。いきなり上段の構えから切りかかる。一閃、おりんの三度笠が宙を舞い、紐が旋風を切った。夕陽がおりんの素顔を照らす。切り結ぶ瞬間、かすかに見えた横顔には、かつて城中にいた女の面影があった。旅杖が、刀とぶつかるたびに甲高く鳴り、路地に響いた。細身の刀が抜かれ、鉄馬の刀とぶつかる。火花のような粉塵が路地に舞う。

「仕込みか」

 鉄馬の顔が一瞬歪む。しかし、さらに力を込めて重ね合わせた刀を押し返す。

「先に抜くとは、さすがは外道。鉄馬、変らないね。柳生流が、笑わせるよ」

「ほざくな。今日がお前の命日だ」

 おりんが身をかわす。そのまま駆け出す。鉄馬がそれを追いかける。

「逃がすか」

 鉄馬の声が裏通りに響いた。路地を斜めに切っておりんは走る。足音を吸い込む土壁の影が、刀のように細く伸びた。細い石段を一気に跳び下り、脚絆が擦れる音だけが残る。鉄馬は大股でそれを追い、抜かれたまま刀が白く光る。

 角を一つ曲がった先で、おりんはふいに立ち止まる。後ろを振り返らず、ただ小さく息を吐いた。鉄馬の足音が近づく。荒い息遣いが耳に届く。憎悪と執着に満ちた男の呼吸。

 鉄馬が、おりんの背中を見つけ、刀を振り下ろす。おりんは身をひねり、振り下ろされた刀をかわす。同時に、旅杖から閃光が走る。仕込みの細い刀が鉄馬の胸をかすめ、刀が鋼を擦るような音を立てた。鉄馬の上衣が斜めに裂け、滲んだ血が光った。鉄馬は一瞬よろめくが、まだ刀を握る。目を見開き、おりんの顔を見つめた。

「今のは、柳生流か。さすがだ。上等だよ。しかし、相変わらずいい女だな。その身体にふるいつきたいぜ」

「情けは掛けぬと言った。どうしてまたーー」

「忘れられねえんだよ、あんたのことがさ」

「未練がましい」

 鉄馬は倒れない。半ば泥酔したように、しかし執念だけで立ち、荒削りな斬撃を繰り返す。おりんは一切感情を見せず、間合いを取り続けた。動きは、静止と瞬間的な疾走を繰り返す。左腕から、わずかに血が流れていた。幾度も斬撃を受け、その中の一太刀が腕に浅い傷をつけていた。

「おりん、どうして隠密を抜けた?」

「お前には答えない」

「じゃあ、どうして隠密に入った?」

「それも答えない」

 おりんはそう言い、鼻で笑う。逆上した鉄馬は最後の力を振り絞り、突進した。おりんが身をひねり、細い刀が鉄馬の肩から斜めに食い込み、胸筋を深く裂く。鉄馬はよろめき、石畳を鳴らして崩れ落ちる。その瞬間、鉄馬の喉元に刀の切っ先が差し込まれるように一閃。鼻孔から血が滲み、喉に深く食い込んだ刀の感触に身体が震える。鉄馬は力尽き、うつ伏せに倒れた。

「これも人の一生か。くだらん」

 おりんはそう言うと、辺りを見まわしたあと、静かに路地を抜けた。



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