前編
◆
朝の光が窓から差し込んでくる。
相沢 陽菜は目覚まし時計より早く目を覚ました。
枕元のスマートフォンを手に取り、画面を確認する。
七時二十三分。
いつもより十分ほど早い。
通知欄には恋人からのメッセージが届いていた。
『おはよう。今日の講義、何時から?』
陽菜は小さく微笑む。
毎朝同じようなやり取りを続けて、もう何年になるだろう。
『おはよう。一限から』
返信を打ち込みながら、ベッドから身を起こした。
大学に入学してから一ヶ月が経った。
新しい環境にもようやく慣れてきた頃だ。
階下から母親の声が聞こえてくる。
「陽菜、起きてる?」
「起きてるよ」
返事をしながら、クローゼットから服を選ぶ。
白いブラウスに紺のスカート。
右耳のピアスが朝日を反射してきらりと光った。
誕生日に貰ったものだ。
小さな青い石が埋め込まれた、シンプルなデザイン。
鏡の前で髪を整えていると、再びスマートフォンが震える。
『俺も一限から。駅で待ち合わせる?』
『うん、いつもの改札前で』
メッセージを交わしながら、陽菜は支度を急いだ。
キッチンに降りると、テーブルには朝食が用意されていた。
トーストとスクランブルエッグ、それにサラダ。
母親がコーヒーを注ぎながら言う。
「今日も翔太くんと一緒?」
「そうだよ」
陽菜は席について、トーストを齧った。
藤崎翔太。
幼馴染──そして、恋人。
小学校からずっと一緒で、高校二年の時に付き合い始めた。
同じ大学に進学できたのは、偶然というより必然だったのかもしれない。
「仲がいいのはいいけど、勉強もちゃんとしなさいよ」
母親の言葉に陽菜は苦笑する。
「分かってる」
朝食を済ませ、鞄を手に取る。
玄関で靴を履いていると、母親が顔を出した。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
外に出ると、爽やかな風が頬を撫でた。
駅までは歩いて十五分ほど。
通い慣れた道を歩きながら、陽菜は空を見上げる。
雲一つない青空が広がっていた。
商店街を抜け、住宅街を通り過ぎる。
角を曲がったところで、見慣れた姿が目に入った。
「おはよう」
翔太が手を挙げて近づいてくる。
黒い髪を無造作に撫でつけた、いつもの姿。
「おはよう。早いね」
「たまたま早く起きちゃって」
二人は並んで歩き始める。
翔太の歩幅に合わせて、陽菜も歩調を整えた。
「昨日のレポート、終わった?」
翔太が尋ねる。
「うん、なんとか。結構難しかったけど」
「俺もギリギリだった。統計学ってやっぱり苦手だわ」
そんな他愛もない会話を交わしながら、駅へと向かう。
改札を通り、ホームへ上がると、すでに多くの学生で賑わっていた。
電車が到着し、二人は車内へと乗り込む。
朝のラッシュで混雑しているが、なんとか隅の方に立つスペースを見つけた。
「今日の二限、何だっけ」
陽菜が時間割を確認しながら聞く。
「英語だよ。課題の発表があるはず」
「あ、そうだった」
揺れる車内で、翔太の腕が陽菜の肩に軽く触れる。
慣れ親しんだ温もりに、陽菜は安心感を覚えた。
大学最寄りの駅に到着すると、学生たちが一斉に降りる。
人波に押されながら、二人は改札を抜けた。
キャンパスまでは歩いて五分。
新緑の木々が並ぶ通りを歩いていく。
「そういえば、今度の週末どうする?」
翔太が切り出す。
「特に予定はないけど」
「映画でも観に行かない? 面白そうなのが公開されてるらしくて」
陽菜は少し考えてから頷いた。
「いいよ。何の映画?」
「SF系のやつ。AIが人間の感情を学習して、恋愛感情を持つようになるって話」
「へー、面白そう」
キャンパスの門をくぐり、講義棟へと向かう。
まだ時間に余裕があるため、学生たちはベンチに座って談笑していた。
「先に教室行く?」
「うん」
階段を上り、廊下を進む。
窓から差し込む光が、廊下を明るく照らしていた。
教室に入ると、まだ学生はまばらだ。
二人は中央付近の席に座る。
「そういえば、サークルの新歓どうだった?」
陽菜が鞄から筆記用具を取り出しながら聞く。
「まあまあかな。テニスサークルだから、運動好きな人が多くて」
「翔太、運動神経いいもんね」
「そうでもないよ」
謙遜する翔太に、陽菜は微笑む。
高校時代、翔太は野球部で活躍していた。
大学では部活ではなくサークルを選んだが、それでも体を動かすことが好きなのは変わらない。
徐々に教室が学生で埋まっていく。
講師が入ってきて、講義が始まった。
ノートを取りながら、時折翔太と目が合う。
お互いに小さく微笑んで、また前を向く。
そんな何気ない瞬間が、陽菜にとっては大切な時間だった。
講義が終わり、次の教室へ移動する。
廊下を歩きながら、翔太が言う。
「昼飯、学食でいい?」
「うん。今日は何にしようかな」
「俺はカレーかな。最近ハマってて」
「また? 栄養偏るよ」
陽菜の言葉に翔太は苦笑する。
「分かってるって。でも美味いんだよな、ここのカレー」
英語の講義では、予定通り課題の発表があった。
陽菜は緊張しながらも、なんとか発表を終える。
席に戻ると、翔太が小声で言った。
「お疲れ様。上手くいってたよ」
「本当? 緊張しちゃって」
「全然分からなかった。堂々としてた」
翔太の言葉に、陽菜は安堵の息をつく。
午前の講義が全て終わり、二人は学食へと向かった。
昼時で混雑している中、なんとか席を確保する。
翔太は予告通りカレーを、陽菜は日替わり定食を選んだ。
「やっぱりカレーは正義だな」
満足そうに食べる翔太を見て、陽菜は呆れたように笑う。
「本当に好きだね」
「陽菜の唐揚げ、一個もらっていい?」
「いいよ」
箸を伸ばす翔太。
こうした何気ないやり取りも、二人にとっては日常の一部だ。
「午後の講義、選択科目だっけ」
陽菜が確認する。
「そう。俺は情報処理取ってる」
「私は心理学。面白そうだったから」
「へー、どんな内容?」
「人間の認知とか、感情の仕組みとか。AIとの比較もやるみたい」
翔太が興味深そうに頷く。
「それは面白そうだな。今のAIって、感情認識もできるようになってきてるし」
「でも本当の感情とは違うんでしょ?」
「まあ、シミュレーションって感じかな。でも最近のは本当にリアルらしいよ」
食事を終え、二人は別々の教室へと向かう。
「じゃあ、また後で」
「うん、頑張って」
手を振って別れ、陽菜は心理学の教室へ。
講義では、人間の感情がどのように生まれ、どう処理されるのかを学んだ。
脳の仕組みや神経伝達物質の話は複雑だったが、興味深い内容だった。
講義が終わり、廊下に出ると翔太からメッセージが届いていた。
『先に図書館行ってる』
陽菜は図書館へと向かう。
静かな館内を進むと、奥の席で翔太がパソコンに向かっていた。
「お疲れ様」
小声で声をかけると、翔太が顔を上げる。
「お疲れ。どうだった?」
「面白かったよ。感情って複雑なんだなって」
陽菜も隣の席に座り、課題に取り掛かる。
しばらく二人で黙々と作業を続けた。
時折、分からないところを教え合いながら。
窓の外では、夕方の光が校舎を赤く染めていく。
「そろそろ帰ろうか」
翔太が伸びをしながら言う。
「うん、今日はこれくらいにしよう」
荷物をまとめ、図書館を後にする。
キャンパスを出て、駅へと向かう道。
夕暮れの空が美しいグラデーションを描いていた。
「綺麗だね」
陽菜がつぶやく。
「うん」
翔太も空を見上げる。
オレンジから紫へと変わっていく空の色。
二人はしばらく立ち止まって、その光景を眺めていた。
「そういえば、来月で付き合って四年だね」
翔太が不意に言う。
陽菜は少し驚いて、翔太を見た。
「覚えてたんだ」
「当たり前だろ。大切な記念日なんだから」
照れくさそうに言う翔太に、陽菜は嬉しさを感じる。
「何かしたい?」
「陽菜はどうしたい?」
「うーん……」
陽菜は考える。
特別なことをしなくても、翔太と一緒にいられればそれでいい。
でも、せっかくの記念日だから。
「美味しいもの食べに行きたいな」
「いいね。どこか行きたいところある?」
「翔太に任せる」
「了解。ちゃんと調べておくよ」
駅に着き、ホームで電車を待つ。
夕方のラッシュはまだ始まっていない時間帯で、ホームは比較的空いていた。
「明日も一限から?」
「ううん、明日は二限から」
「じゃあ、ゆっくりできるね」
電車が到着し、二人は乗り込む。
座席に座り、陽菜は翔太の肩に軽く寄りかかった。
「疲れた?」
「ちょっとね」
窓の外を流れる景色を眺めながら、陽菜は目を閉じる。
電車の揺れが心地よい。
翔太の温もりを感じながら、うとうとしてしまう。
「陽菜、着いたよ」
翔太の声で目を覚ます。
いつの間にか最寄り駅に到着していた。
「ごめん、寝ちゃってた」
「いいよ。可愛い寝顔だった」
からかうような翔太の言葉に、陽菜は頬を赤らめる。
「もう」
改札を出て、帰路につく。
商店街では、夕飯の買い物をする主婦たちで賑わっていた。
「今日の夕飯、何?」
翔太が聞く。
「分からない。帰ったら聞いてみる」
「いいなあ。俺んちは今日、両親とも遅いから、コンビニ弁当かな」
「うちで食べていく?」
陽菜の提案に、翔太は首を振る。
「今日はいいよ。明日も早いし」
分かれ道に差し掛かる。
「じゃあ、また明日」
「うん、おやすみ」
手を振って別れ、陽菜は家へと向かう。
玄関を開けると、夕飯の匂いが漂ってきた。
「ただいま」
「おかえり。今日はハンバーグよ」
母親の声に、陽菜は嬉しくなる。
大好きなハンバーグ。
部屋に荷物を置いて、すぐに夕飯の準備を手伝った。
食卓を囲みながら、今日あったことを話す。
父親は相変わらず新聞を読みながら相槌を打っていた。
「翔太くんとは順調なの?」
母親が尋ねる。
「うん、順調だよ」
「そう、それは良かった」
食後、自室に戻った陽菜は、机に向かって課題の続きに取り掛かる。
スマートフォンが震え、翔太からのメッセージが届いた。
『今日もお疲れ様。おやすみ』
『お疲れ様。おやすみなさい』
短いやり取りだが、一日の終わりに交わすこの言葉が、陽菜にとっては大切な習慣になっていた。
窓の外では、月が静かに輝いている。
明日もまた、翔太と一緒に過ごせる。
そんな当たり前の日常が、とても愛おしく感じられた。
翌朝、陽菜はいつもより遅めに起床した。
二限からの日は、朝の時間に余裕がある。
ゆっくりと朝食を取り、身支度を整える。
今日は少し肌寒いようだ。
薄手のカーディガンを羽織って、家を出る。
駅に着くと、翔太はすでに待っていた。
「おはよう」
「おはよう。今日は楽だね」
「たまにはこういう日もないと」
二人は電車に乗り、大学へと向かう。
講義の合間に、中庭のベンチで休憩を取った。
「週末の映画、何時のにする?」
翔太がスマートフォンで上映時間を確認しながら聞く。
「午後がいいかな。朝はゆっくりしたいし」
「じゃあ、二時のやつにしよう。その後、どこか寄る?」
陽菜は少し考える。
「本屋さんに行きたい。新しい小説探したくて」
「いいよ。俺も漫画の新刊チェックしたいし」
週末の予定が決まり、陽菜は嬉しくなる。
午後の講義では、グループワークがあった。
陽菜は同じ講義を取っている友人たちと、課題について話し合う。
「相沢さん、彼氏と上手くいってる?」
休憩時間に友人の一人が尋ねる。
「うん、おかげさまで」
「いいなあ。長続きしてて羨ましい」
「でも、特別なことしてるわけじゃないよ」
陽菜は正直に答える。
本当に二人の関係に特別な秘訣があるわけではないのだ。
しいて言えば──
「まあでも、好き以外の気持ちを持つ事、かな? 尊敬とかさ、そんなかんじの」
「なぁーんか悟ったようなこといってるぅー!」
友人は陽菜の肩をぺちりと叩く。
講義が終わり、翔太と合流する。
「今日はまっすぐ帰る?」
「うん。明日レポートの締切があるから」
「頑張って」
駅への道を歩きながら、翔太が言う。
「そういえば記念日のレストラン、良さそうなところ見つけたよ」
「本当? どんなところ?」
「イタリアンの店。雰囲気も良さそうだし、評価も高い」
陽菜は期待に胸を膨らませる。
「楽しみ」
「予約しておくよ」
電車の中で、二人は明日の予定を確認し合う。
何気ない会話の中に、お互いへの思いやりが込められている。
家に帰ると、陽菜はすぐにレポートに取り掛かった。
集中して書いていると、あっという間に時間が過ぎる。
夕飯を挟んで、夜遅くまで作業を続けた。
ようやく完成させ、提出の準備を整える。
疲れた体を癒すように、ベッドに横になる。
スマートフォンを見ると、翔太からメッセージが届いていた。
『レポート終わった?』
『今終わったところ』
『お疲れ様。ゆっくり休んで』
『ありがとう。翔太も早く寝てね』
『はい。おやすみ』
『おやすみなさい』
メッセージを交わし終えて、陽菜は目を閉じる。
明日も翔太に会える。
そんなシンプルな幸せを感じながら、眠りについた。
週末の朝、陽菜は目覚めの良い朝を迎えた。
カーテンを開けると、晴れ渡った空が見える。
──うん、カンペキなデート日和
身支度を整え、約束の時間に駅へ向かう。
翔太はいつものように、改札前で待っていた。
「おはよう」
「おはよう。いい天気だね」
二人は電車に乗り、街の中心部へと向かう。
映画館のある商業施設は、休日の賑わいを見せていた。
「混んでるね」
「週末だからね。チケット、先に買っておいて良かった」
翔太がスマートフォンで予約済みのチケットを確認する。
時間まで少し余裕があったので、施設内を散策した。
「あ、新しいカフェできてる」
陽菜が気づく。
「今度来てみる?」
「うん、美味しそう」
ウィンドウショッピングをしながら、時間を過ごす。
翔太は陽菜が興味を示した店を覚えていて、次の機会を提案してくれる。
そんな細やかな気遣いが、陽菜には嬉しかった。
上映時間が近づき、二人は映画館へ。
「ポップコーン買う?」
「小さいのでいいかな」
「じゃあ、シェアしよう」
列に並びながら、翔太が聞く。
「飲み物は?」
「アイスティーで」
売店で購入を済ませ、シアターへ入る。
席は中央の見やすい位置。
「楽しみだね」
陽菜が小声で言う。
「うん」
照明が落ち、映画が始まる。
AIと人間の恋愛を描いた作品は、予想以上に深い内容だった。
機械が感情を持つとはどういうことか。
人間の感情との違いは何なのか。
考えさせられるテーマが、美しい映像と共に展開されていく。
陽菜は時折、翔太の横顔を見る。
真剣に画面を見つめる翔太の表情に、陽菜は一瞬ぽーっとなってしまう。
そして映画が終わり、シアターを出る。
「どうだった?」
翔太が感想を聞く。
「すごく良かった。考えさせられる内容だった」
「俺も。AIの感情って、本物なのかな」
二人は映画の内容について話しながら、本屋へと向かう。
「でも、例え作られたものでも、相手がそれを本物だと感じたら、それは本物なのかもしれない」
陽菜の言葉に、翔太は考え込む。
「深いな。確かにそうかも」
本屋に着くと、二人は別々のコーナーへ。
陽菜は小説の新刊をチェックし、翔太は漫画売り場へ。
しばらくして合流すると、お互いに数冊ずつ購入していた。
「何買ったの?」
「恋愛小説と、ミステリー」
「俺は少年漫画の新刊。面白そうなのがあってさ」
買い物を終え、近くのカフェで休憩することにした。
窓際の席に座り、それぞれ飲み物を注文する。
「今日は楽しかった」
陽菜が微笑む。
「まだ終わってないよ」
翔太がいたずらっぽく言う。
「え?」
「夕飯、予約してあるから」
サプライズに陽菜は驚く。
「本当?」
「記念日の練習みたいなもの。本番はもっと良いところ連れて行くから」
翔太の心遣いに、陽菜は胸が温かくなる。
カフェを出て、夕暮れの街を歩く。
翔太が予約していたのは、こぢんまりとした和食の店だった。
「雰囲気いいね」
「ネットで評判良かったから」
カウンター席に座り、コース料理を楽しむ。
一品一品が丁寧に作られていて、味も申し分ない。
「美味しい」
陽菜が感嘆の声を上げる。
「良かった」
翔太も満足そうだ。
食事をしながら、これまでのことを振り返る。
高校時代の思い出。
受験の苦労。
合格発表の日の喜び。
「あの時は本当に嬉しかったね」
陽菜が言う。
「同じ大学に行けるって分かった時、飛び上がりそうだった」
「私も」
二人で乾杯する。
これからも一緒にいられることへの感謝を込めて。
食事を終え、店を出る頃には、すっかり夜になっていた。
「送っていくよ」
「ありがとう」
駅までの道を、ゆっくりと歩く。
街灯の光が二人の影を長く伸ばしている。
「今日は本当にありがとう」
陽菜が言う。
「こちらこそ。楽しかった」
駅に着き、改札前で立ち止まる。
「じゃあ、また月曜日に」
「うん」
一瞬、お互いに言葉を探すような間があった。
そして翔太が一歩近づき、陽菜を優しく抱きしめる。
「大好きだよ」
耳元でささやかれた言葉に、陽菜は頬を赤らめる。
「私も」
しばらくそのままでいて、ゆっくりと離れる。
「気をつけて帰って」
「翔太も」
改札を通り、振り返ると、翔太はまだそこに立っていた。
手を振り合い、陽菜は電車に乗る。
座席に座り、今日一日を思い返す。
映画も、本屋も、食事も、全てが特別な時間だった。
でも一番特別だったのは、翔太と一緒にいられたこと。
家に着き、部屋で今日買った本を開く。
恋愛小説の一ページ目を読み始めて、ふと微笑む。
物語の中の恋人たちより、自分たちの方が幸せかもしれない。
そんなことを思いながら、ページをめくっていく。
スマートフォンが震え、翔太からのメッセージ。
『今日はありがとう。また明日』
『こちらこそ。おやすみなさい』
本を閉じ、ベッドに入る。
右耳のピアスを外し、サイドテーブルに置く。
月明かりが部屋を優しく照らしている。
明日からまた、日常が始まる。
でもその日常の中に、翔太がいる。
それだけで、毎日が特別なものになる。
目を閉じると、今日の翔太の笑顔が浮かんでくる。
幸せな気持ちのまま、眠りについた。
月曜日の朝、いつもの時間に目を覚ます。
今週も新しい一週間が始まる。
支度を整え、駅へ向かうと、翔太が手を振っていた。
「おはよう」
「おはよう。昨日はよく眠れた?」
「うん、ぐっすり」
二人は並んで歩き始める。
「今週、水曜日に小テストあるんだった」
翔太が思い出したように言う。
「そうだった。勉強しないと」
「一緒に図書館で勉強する?」
「うん、そうしよう」
電車に乗り、大学へ向かう。
車内で、翔太が言う。
「そういえば、サークルで合宿の話が出てて」
「いつ頃?」
「夏休みに。海の近くでテニス合宿」
「楽しそう」
「陽菜も何か参加する?」
陽菜は首を振る。
「私はいいや。でも翔太は行ってきたら?」
「一人で行ってもなあ」
翔太の言葉に、陽菜は苦笑する。
大学に着き、それぞれの講義へ。
昼休みに学食で合流し、一緒に昼食を取る。
「小テストの範囲、確認した?」
陽菜が聞く。
「一応。でも不安だな」
「私も。今日の放課後、早速勉強しよう」
午後の講義を終え、二人は図書館へ。
静かな環境で、集中して勉強に取り組む。
分からないところを教え合い、理解を深めていく。
「この公式、こう使うんだ」
翔太が理解した様子で頷く。
「そう。慣れれば簡単だよ」
陽菜が説明する。
窓の外が暗くなってきた頃、一旦休憩を取る。
「コーヒーでも飲みに行く?」
翔太の提案で、近くの自販機へ。
缶コーヒーを買い、ベンチに座る。
「勉強って、一人でやるより二人の方が捗るね」
陽菜が言う。
「確かに。モチベーションも保てるし」
夜風が心地よい。
キャンパスの明かりが、夜の闇を優しく照らしている。
「もう少し頑張る?」
「うん、もう一時間くらい」
図書館に戻り、勉強を再開する。
閉館時間が近づき、荷物をまとめる。
「今日はこれくらいにしよう」
「お疲れ様」
帰り道、二人は勉強の成果について話しながら歩く。
駅で別れる際、翔太が言う。
「明日も頑張ろう」
「うん。おやすみ」
火曜日も、同じように過ごす。
講義を受け、合間に勉強し、一緒に時間を過ごす。
水曜日の朝、小テストの日。
「緊張する」
陽菜が言う。
「大丈夫。昨日まで頑張ったんだから」
翔太の励ましに、陽菜は深呼吸する。
テストは思ったより解きやすく、勉強の成果を実感できた。
「どうだった?」
テスト後、翔太が聞く。
「意外と出来たかも」
「俺も。やっぱり勉強しといて良かった」
二人は安堵の表情を浮かべる。
「ご褒美に、帰りにケーキでも食べていく?」
陽菜の提案に、翔太は笑顔で頷いた。
駅前のケーキ屋で、それぞれ好きなケーキを選ぶ。
「いちごショート美味しそう」
「俺はチョコレートケーキ」
店内で、ケーキとコーヒーを楽しむ。
「たまにはこういうのもいいね」
翔太が言う。
「うん。頑張った後の甘いものは格別」
ケーキを食べ終え、店を出る。
「来月の記念日、本当に楽しみ」
陽菜がつぶやく。
「俺も。いい一日にしようね」
木曜日、金曜日と、日常は続いていく。
講義を受け、課題をこなし、時に図書館で勉強する。
金曜日の夕方、一週間の疲れを感じながらも、充実感があった。
「今週もお疲れ様」
翔太が言う。
「お疲れ様。週末は何か予定ある?」
「特にないかな。ゆっくりしようと思って」
「私も。たまには家でのんびりも必要だよね」
別れ際、翔太が言う。
「でも、会いたくなったら連絡していい?」
そんな言葉に、陽菜は「可愛いな」と思いながらも笑顔で頷いた。