転生した桃色の髪のフローラは努力する。
目にとめていただきありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします。設定はフワフワです。
気がつけば、私、浅田カナ29歳は男爵令嬢フローラ・パニエ17歳になっていた。
攻撃魔法の授業中に気が付いたので、その時は黙っていたが、どこからどう見ても、ゲームか何か創作物の登場人物だった。
ハーフアップにした桃色のサラサラロングヘアに煌めく水色の瞳。そしてスラリとしながらも魅力的な身体つき。見れば他の人々は茶色や金の髪なので、この桃色には絶対に何か意味がある。
…これは、おそらく主人公…または断罪される敵役!
いずれにしても碌なものではないだろう。私は内心頭を抱えた。
思った通り、授業後は生徒会の役員だという男子の皆様が
「さすがはフローラだ!」
「あんなに繊細な攻撃を仕掛けることができるなんて」
「水の攻撃も炎の攻撃も素晴らしかったよ」
「的確に相手を消耗させるが、傷つけないなんて、心が優しいのだな」
などと声をかけてくるので
「…ええ、今日は調子が良かったので…あの、何だか具合が悪くて…今日はこれで失礼します」
そう言って学校を早退して、寮の自分の部屋に戻った。
*****
部屋でお水を飲みながら思い出した最後の記憶は、会社の親睦旅行での飛行機事故…。初めての台湾のはずだったのに。
これまではGWはコスプレをしてイベントに参加していたので、会社の旅行には参加していなかったのだ。
でも海外だし、台湾だし、と思ってエイッと参加することにしたのだった。ああ、いつも通りにイベントに参加していればこんなことには…と思ったがどうしようもない。会社は…どうなっただろう。
それにしても異世界転生か、と部屋で考えているうちにフローラとしての記憶がつながってきた。
どうも今年になってこの学校に編入してきた自分は、この1ヶ月、先程の生徒会のメンバーである王太子や宰相の息子や留学してきた隣国の王子に言い寄られていることがわかった。
「いやぁ、これはダメでしょう…」
それぞれ婚約者がいる彼らとのこれまでの交流を思い返して私は思う。一応貴族で男爵家の娘ではあるけれど、魔法がえらく得意なだけの子が、それをもって高位の令息たちと仲良くしているなんて醜聞としか言いようがない。
気が付かなかったのはフローラがその魔力の強さ故に学校というものに通うのが初めてだったことと、家で兄達に甘やかされていたせいで人との距離感がわかっていなかったからだ。だったら兄達もキチンと教えておきなよ、と思う。子どもってしょうがないな。
うちはそもそも田舎の男爵家で、父も母も、いや、家族の誰もが生活も行動もラフで人との距離も近い。細かいことは気にしない。
フローラだけ桃色の髪だけど誰も気にせず、お母様なんて
「お腹にいる時につわりが酷くて桃ばかり食べていたからかしら」
なんて呑気なことを言っていた。そんなことあるわけないでしょう…。
3人の兄達も皆魔力が豊富で、騎士や兵士として戦いに出ることもあるほどの武力もある。フローラも幼い頃から兄たちと修行をしてきた実績がある。はっきり言ってとっても強い。
だから妙に自信がもれ出ている。それは多分一緒に暮らしていたフローラも同じだ。その奔放さが都会の男の子たちには新鮮だったんだろう。でもダメだ。
「ふむ、なんとかしなくてはね」
フローラである私は、この先予想される、断罪だったり、ハーレムだったり、ハピエンだったり?を回避すべく、寮と自宅を高価な魔道具で繋いで家族会議を開いた。動力源は私。
このままでは高位貴族の令嬢たちから総スカンをくらう。そうなれば家にも迷惑がかかる。そう説明すれば、家族も『それはイカン』と理解を示し、結果、彼らからの様々な意見を元に私はイメチェンを図ることとなった。
うちの家族はラフだけど無能なわけではないんだよね。
とにかく、高位貴族令息からは相手にされないようにしなくては。私は会議の結果を元に策を練り、夜通し準備した。授業の課題もあったので大変だった。
*****
「おはようございます」
「フ…フローラ…?」
次の日、私のワイルドめなカールのかかったファサファサな桃色の髪に驚く王太子、ハワード様に挨拶をした私は、他の男子たちも私の変わり様に声をかけられずにいるうちに、さっさと教室の一番前の席に座った。
うん、高位貴族のみんなにはこのファッションは人気ないだろう。
この世界、某有名魔法学園ファンタジーと似たような設定のようなので制服も私服も古めかしさは少なく、今の私の制服の着こなしもそこまで眉をひそめられるようなものでもない。
が、昨日までの私と比べると大きく変わっているので驚かれている。
まず制服の胸元は盛って寄せたおかげでパツパツで第一ボタンは外れている。これはいくら留めてもプチッとなるから仕方がない…盛りのせいだけど。それに隙間からチラ見えよりは堂々と開けておけ、だ。他にも第一は開けてる子はいるし、そんなに品のない雰囲気ではない、が、昨日までとの差がすごい。
白いシャツブラウスから覗く健康的な素肌。ベージュのカーディガンの胸元をを押し上げる盛り上がり。カーディガンは脇を程よく詰めたのでフィット感が増しつつもストンと可愛いラインを作っている。
それから夜なべして裾を少しばかり上げたスカートの丈は他の貴族令嬢たちよりは短く、スラリとした脚が眩しい。うん自分だと思わなければいくらでも愛でられる。
…はい、本当はちょっとは照れてます。中身29歳ですから。でもコスプレだと思えば平気。
そして服装よりも大きなイメチェンはこのお化粧だ。
なんとこの世界、女性にとってはお化粧が重要で、16歳を過ぎたら男性には素顔を見せることがない。これが徹底されている。
お化粧が薄い人もガッツリの人もいるけれど、とにかく素顔はダメ。それは結婚相手にしか見せないと決まっているくらい重要だし、みんなそこに時間をかけている。
どう見せたいかよく考えて、TPOに合わせ、服に合わせ、自分のイメージを作っていく。そのために貴族の家ではメイクを担当する専属の侍女もいるのだ。
私の感覚だと『そこまで?』と思わないでもないが、前世でも美しさなんかは肌・髪・体型はもとより、首の長さ・髪型の奇天烈さ・スカートの大きさなんてものまで基準になっていた時代とかもあるから、メイクが重要なのも有りと言えばアリ。
だからこそ、昨日の家族会議では、
「『王太子や高位の貴族の令息に見初められるつもりはございません』というアピールをメイクでしよう!」ということに決定したのだ。即ち、強く、美しい、自立する女性像。
胸を盛る必要は?と言われそうだが、そこは少々セクシーさをプラスすることで高位貴族の警戒感を引き出すことができるので仕方がない。そこに目をつけそうな男子には私の高い魔力で退場いただこうと思う。
ということで、今の私のメイクだが、
あちこちにシェードとハイライトを入れ、シャープな印象に。目元が強調されるようガッツリアイラインを引き、眉も濃いめの色を使ったので大人っぽさ全開だ。リップはコーラルピンクにグロスをのせてキラツヤ。
フローラは目が大きいので横長系にするのはちょっと苦労したが、切開ラインと気怠げな表情でカバー。よくしていたゲームの男子キャラのコスに比べたらこれくらい!
これで棒付きキャンディでも咥えてたら高校生向けのファッション雑誌に載りそう。ハートのサングラス欲しい。絶対似合う。桃色の髪、バンザイな仕上がりだ。
つまり、まあ、自分で言うのも何だけど、ものすごくカッコ可愛い。これまでが芸能人で言えば美桜・環奈ちゃん系なら、今日からはゼンデイヤ、スカーレット・ヨハンソン系。
実は昨日までのフローラもああ見えてしっかりメイクをしていた。
でもそのメイクは他の子同様、自分の元の顔のパーツを活かして『清楚』『可愛らしさ』『清潔感』を基本とした、前世とあまり変わりないものだった。今の私のようなセクシー系の子は高位貴族令嬢ではほとんどいない。ほぼ変装だし。
結果、これまで交流のあった高位貴族男子は『これ、ヤバいのでは?』と明らかに警戒感を出しまくりで、家族会議での決定は正解だったようだ。
ざわつく教室の様子だったが、授業が始まると、いつも通り、攻撃魔法のグロリア先生が『優等生』の私に指示を出す。
「…フローラさん、今日の課題について、説明を」
「はい、今日の課題は魔道具の作成でした。私が作ってきたこちらは、森の木の実に魔力を込めたものです。敵が進んで来た時の振動で光と音が出ます」
私の変化に驚きつつも冷静な先生の前に、たくさんのドングリを並べ、『この風貌でドングリ…』と思いながらも説明する。
「今は発動しませんが、最後に術を外すことで使えるようになります。術は現状は私だけ外せますが、今後は誰でも簡単にできるようにしていくつもりです」
風貌は変わっても、中身は真面目なままいくつもりだし、能力もそのままだ。何も特別変なことをしてフローラや家の地位を落としたいわけではない。あくまでも外側のイメチェンだ。
「緊急時や戦時は、これを国境近くの街道などにばらまくことで、音と光で敵の襲来を知ることができます。そうだ、外でやってみますか?」
「そうね…ではみんなで外に出てみましょう。皆さん、外へ」
みんなでゾロゾロと外へ移動するが、私の近くに来る人はいない。ヨシ!
グラウンドに着いてドングリを適度に撒き、その間にボールを転がすといい具合にドングリが作動してくれた。音と発光がすごくて、みんな驚いてしゃがみ込んでいた。人に怪我をさせるほどの威力はないのだが、びっくりさせるには十分だ。
今は平和なので実際に使われることはないだろうし、きっかけとなる振動も調整しないと森の動物たちが怪我をすることになってしまうので何かしらの対策は必要だ。だが本当に争いが起きればそんなことは言っていられない。これは容れ物と込める魔力によっては簡易的な地雷にもなり得るものだ。
「素晴らしいですね、実用的ですから、すぐに軍に報告しましょう」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします。爆発力は…イザという場合にはもっと大きくすることもできますので」
先生とのやり取りの間、王太子たちは驚きの表情を浮かべていた。
彼らのイメージする、昨日までの可愛い優しいフローラならば、こんな恐ろしい物は作ってこなかったのだろう。もっと心温まる道具を作ってきたはずだ。攻撃魔法の授業であっても、防御系とか探査系とか。
こんなドッカンドッカン直接的な魔道具を、あのフローラが!そんな心の声が聞こえてきそうな顔だ。
本当はそこまで実家で大人しかったわけではないのだけれど、そこはなんだろう…編入したばかりで緊張していた?または原作と何か関わりがあった?強制力?ということもなくはないのではと思う。
でも今日からの私は違う。強く、自立に向けて、いかせていただく。NO、断罪!NO、主人公!
こうして外での実践の後、大股でサッサと歩く私に声をかける男子生徒はいなかったので、『ヨシヨシ』と思っていた。だが。
「フローラさん、今日はいつもと雰囲気が違いますのね?どんな心境の変化かしら?」
教室に戻る途中、ハワード王太子の婚約者である、公爵令嬢ステラ・アーチボルトが冷たい目で話しかけてきた。銀の髪に紫の瞳…美しすぎる。
きっと『今度はそんな格好で殿方を惑わすつもりか』と思っているのだろう…ホントごめんなさいね、そんなことを思わせてしまって。
こういうことをこの場でというのは、他の人たちであれば訊きにくいだろうけど、立場上ステラ様なら許される。公爵令嬢から男爵令嬢への指導だ。
ありがとうステラ様!と私は内心ガッツポーズをとった。
ステラ様が声をかけてくださったことで、ここでこれまでの私についての軽い断罪劇が繰り広げられ、今回の醜聞は終了となるだろう。だって私これからみんなにしっかり謝るから。
予想よりもずっと早い展開に感謝しつつ答える。
「ステラ様、おはようございます」
私はこんな服装ながらもしっかりと淑女の礼と挨拶をし、顔を上げた。
「説明させていただいてもよろしいでしょうか」
ステラ様は、おや、という顔をしたが、すぐに完璧な淑女の顔で
「どうぞ」
と答えた。さあ、頑張れ私。
私はゆっくりと話し始めた。声は低めを心がける。
「実は昨日、私どもは家族会議を開いたのです。
これまで家族は皆、私は領地を継ぐこともないのだから適齢期になったら両親がお相手を探してどこかへ嫁入りをと考えておりました。ここに送られたのは、正直、そういったことも目的の一つでした。
けれども、実は私自身はそこまで結婚に対して憧れがあったわけではございません。そしてこの学校で学んだことで、自分の魔法の可能性に気付くことができました。
つまりは、結婚相手を見つけるよりも魔法の研究に真剣に取り組みたくなったのです。
昨日そう父に伝えたところ、ではこの魔法の才と経験を活かして国防に携わり、今後国のためになるのはどうかと言ってもらえました。そして家族も皆応援してくれると。
そういう理由で、この辺りで、本来の自分の姿を皆様にわかっていただきながら、魔法と、これまで領地で取り組んできた戦いに特化した学習に邁進してまいりたいと考えを改めたところでございます」
「本来の自分…戦い…?」
ステラ様が私の言葉を捉える。
「はい、その前に、まず皆様にお詫びしたいのです」
ステラ様が、続けなさいと目で伝えている。
「私はこの魔力のせいで、長い間外の世界や家族以外の人々との接点が少なかったもので、学校の皆様との距離感が兄達へのそれと同じでした。でも、1ヶ月が経ち、遅ればせながらそれは間違っていると気付きました。
婚約者のいらっしゃる殿方への態度としてはあまりにも常識を外れたものでした…これまでの愚行を皆様にお詫びいたします」
申し訳ないと深々をお辞儀をして謝罪すると、ステラ様の
「…謝罪を受け入れます」
という言葉が降ってきた。安堵してお礼を言うと、
「顔を上げてくださる?そして、本来のあなたというものを説明していただきたいわ」
と続けられた。
私は顔をそっと上げた。ステラ様の目はもう先程の冷たさを放ってはいない。さすが高位貴族。寛容さを持ち合わせていらっしゃる。うん、所詮田舎の男爵令嬢だからね、私。真剣に相手になんてしないのが公爵令嬢だわ。
私は再び息を大きく吸い、続けた。
自分は剣や体術などを学びたいので、動きやすいように身体にフィットした服装にしたこと、また魔法や剣術等の対戦時に相手に気圧されず、逆に圧をかけられるようにお化粧を変えたこと。
そして、
「今頃は、父から学校に、クラス替えが申請されております」
「えっ、クラス替え…?」
「はい、これまでは魔力の高さゆえ、高位貴族の皆様と同じ授業に参加することが多くありましたが、今後は別クラスで実践系・戦闘系の授業に参加する予定です。そもそもこれまでが私には分不相応な場でしたので」
「まあ…そこまで…」
「フローラさんて、こういう方でしたのね…」
「変わった方だとは思ってましたけど…」
ステラ様の取り巻きの令嬢たち、すなわち生徒会の皆様の婚約者の方々だが、がヒソヒソと話している。そうですよね、これまですみませんでした、と心のなかでもう一度謝る。
「そう。ではこれからはあまりご一緒することも…」
周囲の言葉を遮るように、納得の様子でステラ様が言いかけた時だった。窓から入ってきた大きな蜂が数匹、ブーンという羽音を響かせながら私達の方へと飛んできた。
「キャアッ!」「なに?」「いやっ!」
悲鳴が上がる中、私は一匹を手ではたき落として踏み潰し、もう一匹を炎を放って焼いた。最後の一匹を、と思ったら耳元でブンと羽音がしたので咄嗟に手で掴み、そのまま握りつぶした。
刺されることもなく、毒もないものだったので良かった。田舎での経験が役立ったよ。
「ステラ様、皆様、大丈夫ですか?」
ハンカチで手を拭きながら、未だ周囲で震える女性陣に声をかけると、
「だ、大丈夫ですわ」
「フローラ様って…お強いのですね」
「本当に戦う方だなんて…」
と、何故か尊敬の念を感じる視線を浴びた。これには苦笑したが、ふと思いついて
「これくらい、なんということもありません。可愛いレディの皆様をお守りできて光栄です」
と、前世の推しでコスも頑張っていた男性キャラクターになり切ってボウ・アンド・スクレープをすると、
「っ!!」「…まあ…っ」
と息を呑むのが感じられた。顔を上げてニッコリと微笑むと
「ス…ステキ…」「フローラ様…」
と頬を染める令嬢たち。
「では、これからはお会いする機会も少なくなるかとは思いますが、お顔を合わせた際はご挨拶することをお許しください」
「はい…ぃ、いえ、よろしくてよっ!」
ステラ様の顔までピンク色で可愛くなっていた。
*****
その後。
「おい、フローラ、またお嬢様方が見学に来ているぞ」
課外活動で闘技場で魔法を使った模擬戦をしていると、対戦相手の騎士団団長の息子、伯爵家のマクシム・ラクロワが笑って言った。
彼は高位貴族の仲間ではあるが、以前の私に全く興味を持たなかった人物の一人だ。多分いろいろとゴツいし、原作では攻略対象者ではなかったのだろう。金の髪に緑の目と色合いは王子様っぽいのだけどね、いかんせん強そう。
「え?ああ、本当だ」
ステラ様たちに向かって手を振ると、キャーという歓声が上がる。
「最初の頃は婚約者を取られるんじゃないかって警戒されてたのに、今じゃあ俺等よりもモテモテだもんなぁ、羨ましいよ」
「やめてちょうだい。あれは本当にわかってなかった私が悪かったんだから。彼女たちを不安にさせてしまって、反省しているのよ」
メイクが落ちないように気を付けて汗を拭きながら水を飲んでも歓声があがる。もう一度流し目で手を振る。サービスだ。
潔い謝罪とそれに続く蜂退治の騒ぎで、『人付き合いのことがよくわかっていなかったフローラ様は本当はイイコ』『男前女子』と認定された私は、何だか人気者になった。女子からだけだけど。
ハワード王太子たちはすっかり私から遠ざかり、ステラ様が私を見てキャアキャア言っていることにため息を吐いているそうだ。
あの日、家族会議を開いて本当に良かった。ここまでくれば女性陣とのイザコザが起きる心配はないだろう。男性陣と女の子たちを取り合うってことは…ナイナイ大丈夫。
「まあ、こうして一緒に戦ったり話したりすれば、フローラがいい奴だなんてすぐにわかるのにな」
そう言ってガハハと笑うマクシムは明るく、こういう人ばかりなら私も心配なくすごせたのになと思った。
「じゃあもう一戦といこうか。今度はフローラは身体強化有りでいいぞ」
「あら〜、そんなこと言って大丈夫?遠慮なく頑丈さと速度を上げさせてもらうわよ?」
「おう!」
その後の対戦では3対2で私の勝ちとなった。悔しそうなマクシムに『まあまあ』と回復薬の試作品をあげたら喜んで飲んだけど、その酸っぱさに酷い顔をして、二人で大笑いした。
ステラ様たちは全く違う、気の置けない友人だ。大事にしたいものだと思いながらいつも通り部屋へ戻った。そんな日々がしばらく続いた。
*****
クラスが変わって高位貴族、特に男子との関わりが減ったことはありがたかった。どちらかと言うと女子がアレコレ教えてと寄って来るので、復習がてら教えつつ、新しいことを学んだ。
前世の仕事に比べれば学生の生活は楽しく、理不尽なことも少ない。
そうは言ってもどこにでも嫌な奴はいるもので、同じ男爵家のブルーノ・ラニガンは何かとケチをつけてくるのが困りものだった。
「女のくせに、あんなに勉強してどうするんだかな。嫁の貰い手がなくなるぞ」
「見ろよあの可愛げのないきっつい、エロい顔。田舎から出てきて頑張ってるんだろうけど、あれじゃあなぁ、引っかる男なんてたかが知れてる」
聞こえよがしに、皮肉や悪口を言われるので、なるべく距離を取るようにしているが、そうするとわざわざ近くに来るので鬱陶しい。
「なんなのかしらね、フローラは結婚よりも研究と就職をってクラスまで変えたのに」
「そうよねぇ。しかもこのお化粧だって、わざとこうしているのに」
「きっと以前のフローラのことを知らないのよ。ほら、前フローラは特級クラスだったから」
「気にしちゃダメよ?男性はお化粧のことなんてわからないのだから」
心配した同じクラスのマリエルら友人たちが私を励ましてくれるのがありがたい。彼女たちがジロッと睨むと、ブルーノはチッと舌打ちしつつ去ってくれるのだ。
お化粧に関しては、するのが必須なので女子はみんな相当頑張っている。それをアレコレ言うのはご法度なのだが彼には理解できないらしい。
他の子にも『お前は目が小さいな』などと言っては家に苦情を入れられているくらいなので、残念な子なのだろう。
「実践で私が連戦連勝なので気に入らないのでしょう。あ、勉強もでした!あはは。まぁ大丈夫ですよ、ありがとうございます」
にっこり笑ってお礼を言えば、みんな
「あ~その笑顔は反則よ!カッコいいわねえ、もうっ!」
と返してくれる。いい友人ができて幸せだ。
なんて、それくらいに考えていたのだが、ブルーノの私への悪感情は想像以上だったようだ。
「うわっ…p!」
「きゃあっ!!」
魔道具の授業…今回はグラウンドで私が開発した例のドングリを基本にみんなで発光させるだけの実験をしたのだが、それが終わって教室に戻る途中のことだった。
いきなり植え込みから出てきたブルーノが私の顔に水をかけたのだ。
「おっと、悪いな、躓いてしまった」
隣にいたマリエルは服が濡れて泣きそうだ。そして他の人たちは
「フローラ、お化粧が!」
とあたふたしている。
この世界では女性はメイクが落ちたら裸になるのと一緒、くらいの感覚だからだ。
いや、普段から鍛錬で汗もかくし、水には強いものを使っているので大丈夫なはずなのだが…おかしい…この水には何かが入っているようで、顔がヒリヒリするし、目も痛い。
「ああそれなあ、掃除用で強力な洗剤が入ってるんだ、早く落とさないと火傷になるぞ?ほら、これで拭けよ〜濡らしてあるからよく落ちるぞ?」
ここでブルーノがニヤニヤしながら差し出した布で拭けば私のメイクは落ち、みんなの前で素顔を晒すことになる。でもこのままでは肌が、この野郎…!
その時だった。
バサッと頭から何かかがかけられた。そして
「これで見えないから拭いても大丈夫だ…悪いが抱えるぞ」
そう声がして身体が持ち上げられるのを感じた。
「マクシム?」
「ああ。いいから早くしろ。このまま保健室に行くぞ」
なんとマクシムが頭から制服のジャケットをかけてくれたのだった。
「あ、ありがと」
「いいから早く拭け。その洗剤、ついたままだと本当に爛れるぞ」
「ええっ?うわっ」
抱えられながらも大急ぎで拭き取っているうちに保健室に着き、先生にきちんと見てもらいながらもう一度よく洗って手当を受け、借りた制服に着替えた。
その間マクシムは駆けつけたグロリア先生にパーテーションの向こうで事情を説明してくれていた。
「なんという馬鹿げたことを。そのままその場でお化粧を落としていたら、フローラさんは…許せません。これは学校からしっかりと抗議して然るべき処分を下します。マクシムさん、お手柄ですね」
「ああ、まあ丁度通りかかったので…良かったです」
「え?あなたは…次の授業は科学だから別棟の理科室じゃなかった?」
「…前の時間にグラウンドに忘れ物をしたので、取りに行くところでした」
「何を忘れたの?」
「…ジャケット?」
「ふむ…まあいいでしょう。何にせよ感謝するわ、ありがとう。後ほど家にも連絡させてもらうわね」
そんな会話の横で、私は学校の備品のセットで一生懸命メイクをしていた。いつものようにコンシーラーやらシェーディングやらがないので、簡単にしかできない。うう、普通に可愛らしくなってしまうが仕方がない。
「先生、私、制服も洗わなくてはならないので、今日はもう早退してもいいですか?」
「ええ、そうなさい…あらまあ」
カーテンを開けて出た私の顔を見て、グロリア先生と保健室の先生はどちらも呆気に取られている。
「随分とまあ、印象が変わるわね。そうね、以前はそうだったものね」
「…はい。ええと」
チラッとマクシムを見ると、
「大丈夫か?制服は事務室に頼んでクリーニングのほうがいいと思うぞ」
と言った。動じないとはさすが紳士…戦士…?
私が
「お金かかりそうだよね…」
と答えると、『それはブルーノの家に請求すればいい』と言ってくれたので、それもそうだと思い、先生たちに挨拶をするとそのまま二人で事務室に向かった。
「今日はさすがに課外も来ないだろう?この後の授業のノートは部屋に届けてやってくれって、マリエルさんに伝えとくよ」
そう言うマクシムのジャケットも洗剤がついているのではと思ったが、
「俺のはついていたとしても少しだから、風呂場で流す!」
と何故か堂々と言うものだから、じゃあまた明日、と分かれた。
次の日、掲示板にはブルーノの退学が貼り出されていた。学校の対応早っ!
これで嫌がらせもなくなるなとホッとした私だったし、実際その後は厄介事に巻き込まれることもなかった。
*****
その後、落ち着いた日々をすごせていることに感謝しているが、何故か最近ステラ様と一緒にお茶する機会が増えている私だ。
ハワード様は頻繁に開かれるお茶会に嫉妬することもあるようだ。『フローラはステラの側に置くにはちょっとカッコ良すぎ』なんだそうで。あはは…。
「変な殿方に目を奪われるより良いでしょうって言ってますのよ。ハワード様もご自分の行動に覚えがあるようで、それ以上は何も。ふふ」
今日も学内サロンで開かれるステラ様のお茶会で盛り上がる皆様は常識人なので、こんなことを言ってはいるが当然本気で私に夢中な訳ではない。だから私も安心してこんなことをしていられるのだ。
あれからしばらく経ったが、ステラ様は今でも私の能力を高く評価してくださっている。自分の置かれた状況を判断して、直ぐに謝罪して方針を変えたところも良かったのだろう。
勉強も宣言通り努力しているし。
「フローラは卒業したら国防省に入るのでしょう?」
「ええ、そのためにいろいろな道具を開発しています…大切なのは相手を倒して勝つことよりも戦いの未然防止なので、今は主に交流・交易・親睦に役立つものですけれど」
「本当にフローラはイイコねぇ」
「ありがとうございます、光栄です」
こんな具合にステラ様とお茶を飲んでいると、ドアを開けて部屋をのぞいたハワード様が
「ステラ、明日のデートだが、急用が入ったので来週にしてくれるか?すまないな。お?おう、フローラ、元気か?」
とステラ様へのついでに声をかけてくださった。私は立ち上がり、深々とお辞儀をする。
「もう、フローラったら真面目なんだから。ハワード様、予定の変更は承知しましたけれど、私達女子会中ですわよ」
「ああ、そうだな。じゃあまた」
ハワード様を見送った後、ステラ様が
「彼、フローラが変わった姿を見て『女性は怖いな?』ですって。もしフローラが悪女だったら、あの時どうなっていたことか。宰相の息子も隣国の王子も、揃ってフローラに夢中だったもの。私達も、最初の印象で人を評価してはいけないと勉強になりましたわ」
と言った。
私はニコニコとお茶を飲みながらも、『もしこれがゲームで、予想通りフローラやステラ様が主人公だったりしたら、本当にどんなことになっていたのか』と考え、ゾッとした。
ステラ様が悪役で断罪された?
それとも、私がお花畑ヒロインで断罪された?
いずれにしてもそれは回避されたようなので、あの日の家族会議の決定に従って、国のために頑張ることにする。
「それにしてもフローラ、あなたのそのお化粧、本当にステキよね」
「そうなの、強そうで色っぽい感じ、どうすればそんな風になるの?」
「前は違ったじゃない?一度最初からやって見せてほしいわ!」
「いいわね、それ。お願い!見せてちょうだい!」
ステラ様にお願いされては断るわけにはいかない。デートもキャンセルされたことだし、と仕方なく次の日サロンでメイクレッスン会を開くことになってしまった。
*****
次の日。
「お、思ったよりも人数が…」
「ごめんなさいね、みんな参加したいと言うものだから」
サロンはいつもと違って前方に私とステラ様が座るテーブルが設置され、他のお嬢さんたちはズラリと並べられた椅子に座っている。15人ほどだろうか…講演会のようだ。
「ええと、ここで、お化粧を取る、ということですよね?」
「…そうね」
「…」
流石に大勢の前なので恥ずかしさを感じたが、まあ女性ばかりだし、何よりもみんなとうまくやるためだ。それに前世の自分を考えれば本来はメイクなんて必要ない素顔だと言い聞かせ、
「では…」
とモゾモゾとメイクを落とす。
現れたクリっと大きな目の、自分でも言うのも何だが可愛らしい素顔に、みんなは
「さすがフローラ様、勇気がお有りだわ…って」
「…ウソ…え…」
「可愛い…」
「そうよ、フローラさんって、前はこうだったのよね」
とどよめく。卵型で可愛らしいと言われた顔が熱くなる。一人だけ裸でモデルしてるみたいだ!ヒャー!
「で、では始めます」
恥ずかしくなって慌ててメイクを始める私。下地を塗って、ファンデを塗って、ハイライトとシェーディングを入れる。おお、ちょっとホッとする。みんなからは、
「すごい…」
「そんなところに?」
と囁きが。そしてシェーディングをぼかしたところで
「り、立体的〜」
「キリッとしてる!」
と拍手が起きた。そんなにか。
「次は、眉です。私は戦闘があるため、強く見せたいので…」
と眉山有り平行眉を作っていく。
目の位置や鼻の位置を確かめ眉の長さを決めながら描いていると、みんなはそれを見ながら熱心にメモを取っている。可愛いなぁ。
「ハイ、これで眉ができました」
パチパチとまた拍手が起きた。アイシャドウやリップについて説明しながら全てを終えた後、そうだ、と思いついて、アイラインの後に目頭切開メイクと涙袋メイクも紹介した。
「これは目力がかなり増します。それから涙袋を…こうすると顔が間延びしないです。まあ皆さんまだ必要ありませんが。そしてこれで下の外側にラインを引くと…」
どんどんコスプレのメイクになり、最後に後ろの高い位置で髪をぎゅうううっっと縛って引っ張り上げると、
「か、かっこいい……」
乙女たちからため息がもれた。
「と、これくらいでしょうか。では皆様、今日はお越し下さりありがとうございました」
髪を下ろしてお辞儀をすると、再度拍手が起こった。こんな異世界でメイクレッスンなんて、不思議だなと苦笑していたら、見学席から「あのぅ…」と手が挙がった。
何かと訊けば、
「私は絶対にそんなキリッとしたお化粧は似合わないと思うのです。以前のフローラ様のようなお化粧の仕方を教えていただけませんか?」
とのこと。
確かに、その子は可愛らしい顔立ちで、メイク前の私の顔と共通点がある。目が丸いところとか。
「うーん…そうですね、では、どうせ帰る前に直さなければなりませんので、ここで今のお化粧を落として、やって見せますね」
そういうと、何人かが『良かった!』『私もその方ができそう』と呟いている。そう、確かにそちらのほうが需要があるわねと思った。
もう見られすぎて、メイクオフもそう気にならなくなっていたので、みんなの前でオデコを全開にし、
「落とす時はたっぷりと乳液を使って、優しくしてください。皮膚にダメージがたまりますからゴシゴシしないで。馴染んだら化粧水で拭き取りましょう」
と実況しながら素顔になった。やはりまだ恥ずかしいけどさっぱりした。みんなも『やっぱり可愛いわよね〜』と言い合っている。平気そうな顔をするが、照れる。
と、その時だ。
「すまない、フローラはいるか?今日の課外の模擬対戦のことだが、参加は…っっ?」
サロンのドアがバンと開けられ、マクシムが現れた。お嬢さんたちは突然のことに呆気にとられているが、私はオデコ丸出し、ホントのすっぴんで彼と見つめ合っている事実に
「う、ウソ…」
と呟いた。ステラ様の
「な、なんてこと!護衛、その者を叩き出しなさい!!」
厳しい言葉にマクシムも一瞬赤くなった顔を真っ青にして、
「す、すまない…いや、本当に、ご、ごっゴメン!!!」
と叫んでドアを閉め、走り去った。
その後。
「フ、フローラ…その、大丈夫?」
見せるはずだった可愛い系メイクレッスンは流れ、みんなが気の毒そうに帰った後、顔を覆ってテーブルに突っ伏した私を心配してステラ様が声をかけてくださったが、なかなかのダメージだ。
頭では『以前のメイクは薄めだったし、素顔とそう変わらなかったんだし、今だって遠目に一瞬だもの、平気よ』と思っているが、身についたここでの価値観により、恥ずかしさに悶えていた。最近はしっかりメイクだったことも拍車をかけた。
「ス…ステラ様、私、明日からどんな顔をしてマクシムに会えばいいんでしょうか…」
「そ、そうね…マクシムはああ見えて騎士団長の息子で紳士だから…きっと知らない振りをしてくれると思うわよ?元気出して…あの、本当に…ごめんなさいね?私がこんなことをお願いしたばかりに…」
申し訳無さそうなステラ様の言葉にハッとして顔を上げる。
「いえ、大丈夫です!申し訳有りません、ステラ様にそのような心配をおかけしてしまい!」
慌てて謝罪する私に、ステラ様は
「いいえ、私がもう少し気をつけていれば良かったのよ。これまでもあの部屋にはハワードが入ってきたりしたのだもの」
とシュンとしている。何と言う!
「だ、大丈夫です!考えてみればマクシムとの模擬対戦では汗だくでお化粧もドロッドロに剥げていた気がしますし。大丈夫ですとも!あはははっ。
あー、では私は今日はこれで失礼いたします。あ、お化粧直して帰りますね」
私は大急ぎで軽くメイクをすると寮の部屋へ戻った。焦りと恥ずかしさのあまりよく眠れなかった。
*****
悩んでも朝はやってくる。
次の日。私はドキドキしながら教室に入り、席に着いた。昨日のメイクレッスンに参加していた数名の女生徒たちは一瞬心配そうな顔をしたが、私が気にしていない様子を見せるとそのうちいつも通りになった。
最近武闘派だったので、『お強いフローラ様はあれくらいのことでは動じない』と思ってくれたのだろう。そう、気にするから余計恥ずかしいのだ。平常心だ!くぅ〜…。
マクシムは同じ授業がなかったこともあり、顔を合わせずに済んだのでそこはホッとした。彼だって困るだろうから避けてくれているのかも。
いや、避けられているとしたらそれはそれで何だかちょっとモヤるけど…いや、いいけど。そんな具合に、1日複雑な心境ですごしたのだった。
そして迎えた放課後。
『どうしよう、課外…でも行かなかったらマクシムはきっと自分のせいだって思うよね…』
いや、事実マクシムのせいなのだが、それを突きつけるのも気の毒だ。たかが素顔を見たくらいで…いや、でも前世の感覚ならマッパを見られたくらいだよ…。
悩みながら武道場への道を行ったり来たりしていると、
「フローラ、ここにいたのね!ほら、一緒に来て!」
「え?え?ステラ様?」
慌てた様子のステラ様が友人たちといらして私の手をグイグイと引く。
「ちょ、あ、あの?」
「いいから、一緒にいらっしゃい!!」
手を引かれ背中を押されしながら着いたのは生徒会室。え、どういうことだろうか。
「ハワード様、連れて来ましたわ!!」
「よし!」
え、ハワード様?そして向かいに座っているのは…
「マ、マクシム…?」
私の到着に、弾かれたように立ち上がったマクシムは、その手に花束を持っていた。
「フローラ…」
昨日のことを思い出すと恥ずかしさがこみあげたけど、マクシムの赤い顔と花束を見たら、この先おきることがなんとなく分かってしまった。
だって、花束だよ?バラの。そんなのもうアレしかないでしょう。前世29歳ですから、この先の展開くらいわかりますよ!責任取って申し込まれちゃうヤツですよね?でも、イヤじゃない。むしろ嬉しい…?そこでハッと気が付く。
そうか、昨日、怒りよりも恥ずかしさが勝っていたのは。
避けられているのかもと思った時に寂しかったのは。
…そんな風に私が自分の気持ちを確かめていたら。
「フローラ、昨日はすまなかった。その…きちんと手順を踏んで、プロポーズして、それから、でなくてはならなかったのに。先にその…君の…」
ゴニョゴニョ言っているが、要は結婚前に私の素顔を見てしまったことを謝ってくれたのだ。それに、プロポーズをする気持ちもあったと。私はホッとした。
「…びっくりはしたけど、まあその…」
私もうまく言えなかったけれど、マクシムにはちゃんと伝わったみたいだった。彼はさっと私の前に跪き花束を差し出して言った。
「これまで言えなかったが、フローラと一緒に模擬戦をするのは、俺にとってかけがえのない時間だ。毎日が幸せなんだ!
朝のうちに俺の親には話を通してきた。君の気持ちを聞いたら、俺の気持ちを受け入れてもらえたら、すぐに君のご両親のところへ行く!
私マクシム・ラクロワは、君、フローラ・パニエに結婚を申し込みます。どうか、どうか俺の伴侶となってください!」
いかついマクシムが顔を強張らせているので、人によっては怖いと感じるかもしれないけれど、私にはとっても可愛らしく見えた。
「…私は国防省に入って、仕事をするつもりなんだけど?」
「ああ、わかっている。俺も一緒に国を守る任に就くし、仕事をする君のことも支えたい。ブルーノみたいな奴がいたら、また俺が駆けつける!」
ブルーノ…?あ、あの時…。通りかかったっていうのは。
真っ直ぐに私を見つめるマクシムに、私は笑顔で頷くしかなかった。いや、本当に自分でもびっくりするくらい嬉しかった。見守ってくださっていたステラ様もハワード様も大喜びだった。
その後私達の婚約の話は瞬く間に学校中に広がった。みんながおめでとうと祝福の言葉をくれたし、ステラ様とハワード様が後ろ盾になってくださったおかげで家族への説明もスムーズだった。
婚約も整い、卒業してから2年後に結婚することも決まった。その頃になって、私はようやく自分の人生が自分自身のものであると感じられるようになった。
ここから先が長いのだから、頑張らなくてはね!
*****
ところで…ちょっと驚いたことがある。
卒業間近に、ステラ様に招待されたパーティーでのことだ。
「今回は可愛いお化粧でいらっしゃい!」
そうリクエスト(命令とも言う)された私は、金に緑色をあしらったマクシム色のドレスに合わせて久しぶりに清楚で可愛らしいメイクで支度をした。このメイクでマクシムに会うのはちょっと恥ずかしいかも、なんて思っていたのに。
会場で会ったマクシムは、いつもと全然違う私を見て
「ああ、今日も可愛いな」
と普通に言ったのだ。驚くこともなく、頬を染めることもなく、普通に!
これにはステラ様もハワード様も周囲のみんなもギョッとした。顔には
『え、今日もって、いつもと全然違うだろう?』
『あの彼女が、今日はこんなスミレのような可愛らしさなのに?』
『こいつの目は節穴か?』
と書いてある。私もびっくりしたけれど、すぐにクスッと笑ってしまった。
つまり、マクシムにとって私の見た目は重要ではなく、どちらも単に『フローラ』で、すごく愛されているってことがわかったから。
「ありがとう、マクシム、あなたも今日もステキよ」
彼の左腕に手をのせると、顔を赤くしたマクシムが
「お、おう…」
と返事をして会場へとエスコートしてくれた。
『うん、今だけは主人公気分を味わってもいいかな』
と、転生して初めて思った私だった。
お読みくださりどうもありがとうございました。これまでの作品を修正している最中ですが、Xで見かけたピンク色の髪の子のカッコ良さに思わず書きました。
マクシムがジャケットを持ち帰ったのはフローラを包んだジャケットを洗うのがもったいなかったため。そしてその後フローラが厄介事に巻き込まれなかったのもマクシムが目を光らせていたためです。