(下)
「君達の『気付き』には上限がある」
灰色の天井、灰色の壁、灰色の床。
それらを、天井からの白い光が照らし出す。
無機質な、灰色の広間。
そこにずらりと並ぶのは、両腕を背に回し、電子板に映し出されたテンス様の笑顔を背にして立つ、制服の人間たち。
その前に立ち尽くすのは、ただ一人。僕だけだ。
「君達が知ってはならぬ『モノゴト』がある」
今まで一度も目にしたことのない、紺色の揃いの制服。
その胸には、テンス様が考案された紋章が大きく縫い付けられていた。
それらを呆然と、まだ事情を理解できていない頭で、それでも理解しようと努める。
「君は送信機がゴイラミナミだ。だから今まで彼らが捕捉出来なかった部分もあるだろう」
「だが、我々は決して見逃さない」
制服の人間の、誰が口を開いているのか、分からない。言っている内容も、分からない。
ただそれは、僕にとって、とても良くない、致命的なことなのだろう。
それだけは、何故か分かる。
制服たちが漂わせている、空気で。
彼らの背後に映しだされたテンス様の、温度のない表情で。
「珍しいことではない。ゴイラミナミ型の作用レベルが低いとしても、例外はある。無論、ゴイラブント型が最も処置されてはいるが」
「そして、ゴイラミナミ型が最も我々となる可能性が高いことも」
「君は、見える世界を疑問に思った」
「規定を越えた疑問を抱えたのだ」
男女、年齢問わない声が、方々から飛んでくる。
「この日々に疑問を持ってしまった」
「自身の認識に疑問を持ってしまった」
「無意識であれ、その量は上限を超えたのだ」
「さて、君を、どうする」
その言葉が放たれた瞬間、全ての人間が一斉に口を閉ざしてしまった。
それぞれの表情は、よく分からない。でも、それぞれの視線は、全て同じものだった。
僕を観察し、何かしらを吟味する、冷たい視線。
全てが沈黙する。
電子板の、低い稼動音が響く。あまりにも静かで、耳鳴りがしてくる。
沈黙。全員が動かず、何かを待つように、ただ、時だけが刻まれていく。
『…りだ。私の、代わりだ』
それを破ったのは、電子音だった。
全員が、僕を含めて全員が、音の発生源へと目を向ける。
「お前はまだ使える状態にある」
『使えるが、そう長くはない。長く続けていたからな』
「そうではある」
僕は、二つのことで驚いていた。
テンス様がいつもの姿で、けれど老人のようなしわがれた声だったことに。
そして、制服たちがテンス様を敬う気が全くない、という事実に。
『いつもたらされるか分からん予備がある。ならば、交換は早い方が良い』
いつものテンス様の顔で、なのに、声は老人のような。
違う。
「空白が出来る可能性か」
テンス様の顔は、どんな顔だった。どんな声だった。
「処置ではなく、代えにするのか」
僕が毎日、当たり前のように見ているテンス様の顔。
僕が毎日、当たり前のように聞いているテンス様の声。
「ゴイラミナミでここに来た。ならば、無理だろう。それは我々が経験したことだ」
知ってて当然の、すぐに思い描けて当然の顔。
「我々、か」
どうして、思い出せない。目の前に、あるのに。あるのに、分からない。
どうして。どうして。どうして。
『良い機会だ。私にとっても』
ああ、全てが分からない。
僕は、今までテンス様を見ていたはずだ。疑問の一つも持たず、毎日見て、毎日声を聞いていた。
なのに分からない。分からないのだ。
テンス様の『本当』の顔が。テンス様の『本当』の声が。
「丁度良い、とな」
「お前が言うならば、構わんだろう」
「では、それで」
僕が混乱している間に、全ては決まったようだ。
制服の一人が手をあげ、他全員が口を閉ざす。
「君をテンスとする。作業用意。機器の再調整も忘れるな」
指示を受け、制服たちは無言で広場の奥にあった扉から出て行く。
残されたのは、僕と、三人の制服。
『新たな部品、代替品』
「ぶ、ひん?」
『そうよ。この無様な運命を受け入れ、最期まで恨みぬけ』
テンス様は、僕が見たこともない顔で嘲弄し、僕が聞いたことのない声で嘲笑う。
不気味な笑声の途中、唐突、電子板の電源が、落ちた。
耳の奥で、頭の中で、生々しい感情が詰められた声が、響き続ける。
訳も分からず背筋がぞっとした瞬間、首に冷たい何かが押しあてら