(中)
『皆さん、おはようございます』
テンス様の声で、目が覚めた。
身体を起こせば、今日もまた電子板で天気に始まり『内』と『外』の情報が流れていく。
いつもの光景。いつもの、光景。
供給マシンから朝食を受け取り、いつも通り口に運ぶ。
死亡者と出生者のお知らせを確認する。感じることは、特にない。
ただ、何故だろう。
『それでは皆さん、今日も良い一日を』
今日は、テンス様の調子が少し悪いように思えた。
顔が少し青ざめ、やつれているような気がする。
それでもテンス様は笑顔で僕らを見送っていた。
成程。僕は気づいた。昨日は雨で気温が下がったからだ。
僕らの代わりにテンス様が体調を崩したのだろう。
朝食は食べ切れなかった。
食器に残った朝食ごと供給マシンへ乗せ、身支度を済ませ、外へ出た。
無人バスで、まだ見慣れない女性が隣にいる状態で、窓からの景色を見る。
そういえば、僕は窓側の席にいるというのに、あまり外を見ることがない。何故だろう。
ああ、そうか。
今日はテンス様の調子が悪いように見えたから、天気が気になったのだ。
僕は窓から外を、空を見る。
窓ガラスは元々少し茶色いはずだったので、外はどこか薄暗く感じる。
それでも今日は昨日と違い、晴れている、としてよさそうだった。
これなら、テンス様の体調も良くなるだろう。
僕は少し安心して、また視線を前に戻す。
ふと、先頭席に座る補助者と目が合った気がした。
とはいえ、補助者は何か問題が起きていないか監視するのが役目なので、それは普通のことだろう。
思い返せば、前にも何回か目が合っていた。僕が気にしすぎなのだろう。
少し面白かったので、少し笑ったら、隣の女性が見ていた。
なんでもない、と首を振って返し、僕はまた正面に顔を向けた。
仕事場で、今日もトンプライゴ型の受信機を完全な形にする。
僕の周りでも皆、分解や組み立てのための器具を手にし、黙々と作業を続けている。
作業音だけが、だだっ広い空間に響く。
ネジを回し、外し、外枠を外し、中に異常があるかを確認し、部品を交換し、外枠を戻し、ネジを回し、電源を入れ、声が聞こえてくることを確認する。
修理を終えた受信機を台へ置き、手元のボタンを押し、置かれた受信機を手に取り、ネジを回し、外し。
延々、延々、続く。
チャイムが鳴る。
『皆さん、こんにちは。お昼の時間となりました』
電子板から聞こえる声に、全員が一斉に手を止め、テンス様へ目を向ける。
やはり、今日のテンス様はあまり調子が良く無さそうだ。
『本日は温かい日ですね。明日もこのような天気であるといいですね』
全員が電子板に見入る中、テンス様はやつれてはいるものの、笑顔で続ける。
『それでは皆さん、よいお昼休みを』
画面が切り替わり、いつもの音楽番組が始まる。
昼休憩に入る列に混じりつつ、僕はテンス様がまだ調子が悪そうなのは、何故だろう、と考えていた。
僕らは疲れたり、病気なるとすぐに治療されるのに。
テンス様は違うのだろうか。違うのだろうか。
『皆さん、今日も一日ご苦労様でした』
終業のチャイムが鳴り、僕らの仕事が終わる。
仕事場から出て、いつもの灰色のバスへ体を向けた時、ようやく、いつもとは空気が違うことに気付いた。
「6532、五番。54077、二番。93729、四番」
僕らと同じ服装をしている人たちが、一人ひとりの『名前』を呼び、並べられたバスへと振り分けていく。
僕の記憶にない、光景だ。でも、どこかで見たことがある『いつもの』光景。
「11760、一番」
僕が呼ばれた。一番、一番の無人バスに向かえばいい。
乗り込んで、気づいた。
誰も、いない。
僕以外に、誰もいない。補助者さえもいない。
なのに。
バスの扉が、閉まって。
エンジンがかかった。
外では、まだ振り分けが続いているのに。
僕だけを乗せたバスは、動き始めてしまった。