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(上)

 ぷつ、と電子板の電源が入る音が聞こえ、自然に目が覚めた。


『皆さん、おはようございます。今日も一日が始まりますね』


 目を向けなくとも、テンス様が笑顔で朝の挨拶をしていることを、知っている。

 一日はテンス様の朝の挨拶に始まり、テンス様の夜の挨拶で終わる。


『本日は午前11時20分より雨が降ります。皆様、雨具の用意をして下さい』


 天気に始まり、大小様々な内情、外の様子がテンス様の声で語られていく。

 その間に、供給マシンから朝食を受け取り、口に運ぶ。


『最後に本日の死亡者、出生者のお知らせです』


 ちら、と電子板を、そこに並ぶ『名前』を何となしに眺める。

 そこで知り合いの『名前』があることに気付き、数秒、食事を摂る手が止まる。


「………」


 手を止めたものの、特に思うことはない。すぐに食事を再開する。


『それでは皆さん、今日も良い一日を』


 数分して『名前』の一覧が消え、テンス様の笑顔に戻る。空になった食器を供給マシンへ戻す。

 電子板の電源が落ちていることを確認し、着替え、部屋から出る。


 第二十三区画。

 一目でどこまで続いているのか分からないほど、上にも横にも広がる巨大な建物。

 それは窓が一つついた灰色の四角い居住区と、各種施設、設備が積み重なったもので出来ている。


 部屋から出てエレベータを使い、出入り口へ向かう。

 持ち物や服装に違いはあれど、皆が皆エレベータに乗り、建物の外へ出ていく。

 ある者は徒歩で、またある者は停車している無人バスに乗り込み、学び場や仕事場へ向かう。


 いつもの灰色のバスに乗り込み、いつもの窓側の座席に腰を下ろし、出発を待つ。

 無人バスだが、何かあった時のために先頭の席に一人、待機している。見慣れた顔で、補助者と言われている。


 補助者から目を離す。窓から外を見ると、雲が空を覆っていた。

 反対側、隣の座席を見ると、見慣れぬ女性が腰を下ろしていた。


「おはようございます」

「おはようございます」


 普段なら、昨日までは、一回り年が離れた男性が座っていた。

 今日からは、この女性が隣に座るようだ。若く、色が白く髪が長い女性。

 お互い挨拶を交わし、再度、窓に目を向ける。


 ビル群の壁には等間隔にテンス様の写真が並び、その間間に様々な電子広告が並ぶ。

 今日の気温や天気、新しく発行される雑誌の宣伝、今日行われる音楽祭の宣伝、新作の洋服や乗り物の宣伝など。


 それら広告の前を、人々が行き交う。


 年齢にばらつきはあるが、その顔のほとんどは見慣れたものであり、普段であり日常である。

 やがて乗っていたバスのエンジンがかかる。大きな振動に、身体が揺れる。

 すぐさま振動は細かいものとなり、定刻になると電子音が行き先を告げ、無人バスは発車した。


 仕事場では、受信機の作製や修理、調整を行っている。

 受信機はトンプライゴ型、コロトライゴ型、ミナミライゴ型があり、僕はトンプライゴ型の専門である。


『皆さん、こんにちは。お昼の時間となりました』


 聞きなれたチャイムが鳴ると、ぷつ、と作業場にある電子板の電源が入り、テンス様の笑顔が現れた。

 仕事場で働く全員が手を止め、一斉に体をテンス様の笑顔へ向けた。


『とても強い雨が今も降り続いています。気温も3度ほど下がりました。皆さん風邪を引かないよう、温かくして体調に気をつけて下さい』


 テンス様は僕らの体調を案じるように少し悲しそうな顔をして、次には普段の笑顔に戻る。


『それでは皆さん、よいお昼休みを』


 テンス様の言葉が終わると同時、いつもの音楽番組に切り替わる。

 作業道具を簡単に片付けて、昼休憩に入る。


 休憩が終わると、また作業に戻る。

 道具と受信機が触れる音。最終調整のため、電源が入れられた受信機から発せられる、小さなテンス様の声。

 僕らは一切口を利かず、黙々と作業を続ける。


 修理、調整が終わる。手元のボタンを押す。数分もしない内に新たに修理、調整のための受信機が運ばれてくる。

 運んで来るのは、見慣れた作業着の人間。


 互いに何も言わない。

 何も言うこともないし、何も聞くことがないからだ。


 無言のまま台に受信機が置かれ、無言のまま作業に移る。

 ただ、それだけ。それを、続ける。


『皆さん、今日も一日ご苦労様でした』


 テンス様の声と前後するように、終業のチャイムが鳴る。

 僕らは道具を片付け、仕事場を後にする。

 道路に待ち構えている、何台もの灰色のバスに、慣れた様子で皆が乗り込んでいく。

 僕もいつものバスに乗車する。見慣れた顔が並ぶ。

 

 見慣れないのは今、僕の隣に腰を下ろした女性だけ。


「お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」


 それでも口に出た言葉は、昨日までと同じ。何も変わらない。

 そう、何も変わらない。


 見慣れた無人バスは十数分で満員となり、住居へ向けて出発した。

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