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無愛想で、空気が読めない発達障害の彼女と私が、くっつくまでの物語  作者: null
五章 あの夜、途絶えた言葉を

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20/24

あの夜、途絶えた言葉を.1

五章が始まりました。

物語も終盤ですので、ここまでご覧になって頂いている方は、最後までお付き合い頂けると幸いです。

 何も分からないまま、年が明けた。


 毎年恒例で家族と見ている初日の出。その輝きも心に染み渡らぬまま、聖名は短い冬休みを過ごした。


 両親は沈鬱な表情を絶やさない彼女を心配した。


『クリスマスに何があったんだ?』と父は尋ねたが、聖名が答えに窮しているうちに、母が『無粋なことを聞くのはおよしなさい』とそれを諌めた。からかい好きな母ではあるが、こういうときは父より頼りになった。


 話したいときが来たら話すことを改めて約束し、久しぶりの通学路を歩く。


 バスに乗り、いつもの乗車駅にたどり着くも、そこに静海の姿はなかった。


『いつもの行動』を好む彼女ですらこうして距離を置くほどの事態だったのだ、と聖名は事の大きさを痛感しながら電車に揺られた。


 学校に着けば、すでに静海はいた。だが、いつものことながら人が入ってきたことなど気にもしていない。彼女の視線はずっと冬空へと向けられたままだ。


 周りの生徒たちが、数週間ぶりの邂逅に盛り上がっているなか、聖名は会話もそこそこに切り上げ、自分の席で俯いたままじっとしていた。


 すると、そんな彼女に声がかけられた。


「おはよ、聖名」

「あ、おはよう、まつり――」


 茉莉花の声だ、と振り返りつつ返事をしようとした聖名だったが、彼女のあまりの変わり具合に動きが止まってしまった。


 派手な金髪が漆黒に染められていた。それ以外の部分、例えば、外は酷く寒いのに開放的な胸元とか、スカート丈とかは相変わらずであるが、受ける印象は大きく変わった。


「な、なに、何があったの?」

「あー…?まあ、色々よ」

「色々…?」


 怪訝な顔で見つめるも、茉莉花のほうは話す気がないらしく、すぐさま話題を変えた。


「今日はあいつと一緒じゃないのね」


 それが誰を指すのか、考えるまでもない。


「…うん、色々あって」

「色々ぉ?なに、痴話喧嘩なの?」


 ずぶり、とその一言で胸が沈む。


「あはは…それなら、良かったんだろうけど…」


「聖名、本当に大丈夫?」聖名の様子がおかしいことに気づいた茉莉花が、姿勢を傾けながらそう言った。「何かあったなら、相談に乗るわよ。聖名が望むなら、あいつの胸ぐら掴んで引っ張ってきてやってもいいわ」


「それはやめて、絶対…」


 苦笑を浮かべた聖名は、真剣な顔で自分を見つめる茉莉花からそっと目を逸らすと、「もう少しだけ、自分で考えてみる。それで答えが出なかったら…話、聞いてもらってもいい?」と小首を傾げた。


 茉莉花はほんの一瞬だけ複雑そうな顔をしたが、すぐに承諾し、時間を見て自分の席へと戻っていった。


 そうだ。もう少しくらい、自分で考えなければならない。


 静海と想いが通じ合っていることは、もはや疑いようもない。彼女が冗談やその場しのぎのためにあんなことを口にするなど、ありえないからだ。


 しかし、だとしたらますます意味が分からない。


 女同士だから?でも、この多様性のご時世に、我が道を行く大月静海が、腐りかけの『常識』のために動けなくなるなんて想像できない。


 勉学に影響が出るから、学生だから、部活に支障をきたすから…。


 色々と考えてみたが、納得のいく理由なんて見つからない。


 それでも、探し続けるしかないのだ。


 そうでなければ、静海に声をかける権利すら無いような気がするから…。



 学校が再開されて、一ヶ月以上が経っていた。


 二月に入り、日々寒さが研ぎ澄まされていくのに比例するみたいに、静海との関係は冷え切っていくばかりだ。とてもではないが、彼女の真意をなぞることなどできていない。


 あの日、静海が言った言葉の意味を考えれば考えるほど、私は間違ったのだろうか、という袋小路に行き着いてしまい、ため息の量ばかりが増えていった。


 聖名は、当然ながら部活にだって集中はできず、放課後には実質部室となる視聴覚室で、上の空で課題の本を読みふけっているところだった。


 同級生の部員からは、その呆け具合をよく心配されていたが、こうも続くと、もはや普通のこととして扱われていた。


 聖名のことをよく知る人間であれば、その状態が普通とはかけ離れていることぐらい分かるのだが、幸か不幸か、それが理解できる人間はほんのわずかだ。


 茉莉花は聖名の言葉を待った。ひたすらに待っていた。己の内側にある気持ちは口にせず、ただ、待っていた。


 そして、静海は閉ざしていた。聖名の懊悩が誰の手で生み出されものなのかを知る彼女は、ただ閉ざすことで自分の心を良心の呵責から守ろうとしていた。


 一人で考えても、答えは出ない。


 薄々勘づいていた聖名だったが、だからといって、どうしたらいいかも分からない日を今日も過ごしていた。


 ぼうっと課題図書を読み進めていると、下校前のチャイムが鳴った。部活が終わる調べだ。


「はぁ…」と静かにため息を吐き、立ち上がる。


 今日も今日で、何も得られない一日が終わる。


 少しずつ日が長くなってきたのに、自分の道の先は暗いままだ。


 諦めることも、踏み出すこともできずにいる自分を情けなく思い、俯いたまま荷物を背負ったとき、不意に、先輩部員の一人がこちらの名前を呼んできた。


「聖名、お客さん」

「え?あ、はーい!」

「荷物持って行きなよー。部室、閉めちゃうから」

「分かりました!」


 挨拶もそこそこに部室から出る。すると、目の前に金門優奈が現れた。


「優奈!」

「やあやあ、蛍川さん。少しいいかね?」


 芝居がかった口調と共に、優奈は手をひらひらと振る。


「もちろん、どうしたの?」と応じながら表に出ようとしたが、優奈はそれを引き止め、人気のない階段へと聖名を誘導した。


 しん、と静まり返る、二階の踊り場。視聴覚室があるのは旧館だから、このあたりは本当に誰も来ない。ほとんど踏まれることのない階段の一段、一段には、うっすらと埃が積もっているほどだ。


 優奈は埃がスカートに付くのを気にすることなく、腰を下ろした。聖名にはそんな真似できない。彼女はじっと優奈の隣に立ったままで、その言葉を待つ。


 ややあって、優奈が口を開いた。


「二人の問題やし、口出しせんで放っとこうと思ったんやけどさぁ」


 二人の問題、という導入で何の話が始まるのか即座に理解した。静海の話である。


「ちょっとねぇ、大月さんの様子が目に余るとよ」

「…そう」

「学校のホームページに乗せる写真も全然撮ろうとせんし、部活動は無断で休むし、話しかけてもぼうっとしとるし。おかげで、『大月に無視されたぁ』って先輩たちがぶつぶつ文句ば言うのを黙って聞いとかやん。面倒とよ、ほんと」


「まるで、私のせいって言っているみたいだね」と冗談交じりで苦笑すれば、優奈は真剣な顔つきになって、「そうやろ」と珍しく取り付く島もない口調で返した。


「正確には、聖名と大月さんのせい」

「…そんなこと言われても」


「はぁ」と優奈が肩を竦めてため息を吐く。呆れているような様子に、少しだけ苛立ちを覚える。「なんがあったとよ?――仲直り、協力するけん」


 それを聞いて、聖名はぎゅっと拳を握った。


 彼女のなかでは、ありがたい申し出だ、という気持ちと、やっぱり人を頼らないと、自分ではどうしようもできないのか、という気持ちがぶつかり合っていた。


 本当のことなら、自分の力だけで静海を理解してあげたかった。なぜなら、自分が一番彼女のそばにいて、彼女を見ている自負があるからだ。


 それなのに、それができない。静海のことを深く知らない他人の力を借りなければならない状況だ。


 こんなに悔しいことがあるだろうか。


「…ありがとう、優奈。でも、これは私たち二人の問題だから、私たちでなんとかするよ」

「ねぇ、聖名。話聞いとった?」


 ぴりっ、とした一言。明らかに憤りの感じる語調だった。


「もうね、二人の問題じゃなかと。私のほうも迷惑かかっとる」

「それは…」


 言葉を手繰るのに時間がかかっていると、待ちきれなくなった優奈が早口にぶっきらぼうな感じで続ける。


「それに…加賀さんもずっと気にしとる」

「茉莉花が?」


 思わぬところから茉莉花の名前が出て、目を丸くしていると、優奈は少しだけむくれた顔で下から聖名を睨んだ。


「そうと。聖名のことが大事でたまらん加賀さんが、私と二人でおるときも、ずぅっと落ち込んだ聖名の話ばっかすると!どげん思う!?」


 ヒートアップした優奈の態度に、一体彼女が何に対して怒っているのかが段々と分からなくなってきて、言葉を失う。


 やがて、優奈は熱された鉄があっという間に冷えていくみたいに冷静さを取り戻していくと、バツが悪そうに目を逸らしながら、「ごめん、今、それは関係なかね」とお茶を濁した。


「…なんか、大変なのは、分かった。ごめんね、優奈」

「うっ…こんな形で気遣われると、複雑や…」


 頬が真っ赤に染まっていく優奈を見ていると、あぁ、やっぱりな、という気持ちが湧いた。


 優奈は優奈で、茉莉花に特別な感情を抱いている。


 茉莉花に接点がなかった優奈が、どうしてそんな気持ちになったのかは想像もできないが、それを言えば、自分が静海に興味を抱いたのだって同じ程度の接点ではあった。


 それに申し訳ないが、長年茉莉花と付き合ってきた自分からすれば、彼女が恋愛というものに興味があるとは到底思えなかった。それくらい、茉莉花の口から恋愛ごとの話が出たことはないのだ。


「…うん、分かった。ちょっとだけ、聞いてくれる?」


 最終下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響いたが、二人は構わずその場に留まった。先生に見つかれば注意を受けるだろうが、静海との問題に比べれば、そんなものは些事にすぎない。


 一通りを赤裸々に語れば、途中から優奈は顔を両手で覆って話を聞いていた。気分でも悪くなったのかと覗き込めば、耳が真っ赤になっていたのが見えたので、そういうわけではないようだ。


「あー…聞きよるほうが恥ずかしいやん」


 話が終わって、開口一番それだった。


「もう、茶化さないでよ」と頬を膨らませた聖名がそう言えば、優奈は依然として顔を赤くしたまま軽く謝罪する。


「ごめん、ごめん。まさか、聖名のほうから大胆にアタックするとは思っとらんやったけん」

「あぁ、もぉ…。それは私だってびっくりしてるの」

「あはは…でも、話を聞けば聞くほど、大月さんが何ば考えとるのかさっぱり分からんね」


「そうなの」と聖名は静海の崖底から見上げるような顔つきを思い出し、肩を落とした。「両想いなんだから、それだけで幸せになれるんじゃないの…?」


「残念ながら、私も同じ考えの人間でして、力になれるような助言はできんとですよ」


 聖名と優奈は、そうして長いこと言葉を交わしていたが、結局、「大月さんに聞いてから話し合いするしかないとやなか?」という結論に行き着いた。


 それができれば苦労はしない、と内心、ため息が出そうだったが、洗いざらいを口にしたことで、心は軽くなっていた。


「ありがとね、優奈。ちょっとだけ、楽になった」

「いえいえ、お安い御用です。…やっぱり、聖名が笑っとるほうが、安心するけん」

「ふふ、誰が?」


 聖名はちょっとだけ意地悪をしたつもりだったが、優奈は驚くほど淀みなく、「加賀さんに決まっとるやんね」と答えた。


 真っ直ぐで、純然たる意志が感じられた。


 自分の気持ちを嘘偽りなく信じ、それを貫くためなら、どれだけ傷つこうと構わない…とでも言ってしまえそうだった。


(これだけのものが私にもあればなぁ…)


 羨ましいとは想うが、とにもかくにも、勇気の問題だ。


 あのクリスマスの夜に湧いた、自分でも信じられないほどに強い気持ち。


 まあ、あれは勇気ではなかった。とても衝動的なもので、色々と抑えられなかったにすぎない。


 とはいえ、また同じくらいの気持ちが湧けば、その勢いでいけそうなものなのだが、なにぶん、静海との接触もなくなったせいで、それも望めない状況にあった。

本日も18時に続きを更新致します!

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