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無愛想で、空気が読めない発達障害の彼女と私が、くっつくまでの物語  作者: null
三章 特別な人

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特別な人.4

ブックマーク等、頂戴している方々、本当にありがとうございます。


これにて三章は終わりになりますが、夕方にすぐ四章を更新しますので、よろしければ御覧くださいね。

 朝のバス車内は、たとえ、たいして都会ではなくても、やはり少し混み合う。


 窮屈な思いをこらえること十分。駅に一番近いバス停に到着する。


 スマホに内蔵されたカードで支払いを済ませ、リズミカルに外へと出れば、身震いするように冷たい空気が肺の中へと飛び込んでくる。


 思わず、両手で体をかき抱く。制服のスカートを忌々しく思わないでもないが、ズボンは可愛くないのでこちらのほうがいい…と選んだのは自分であった。


「今日も寒いね」バス停では、すでに静海が待っていた。聖名とは違い、ズボンの制服を着用している。「本当だよねー。あ、おはよう、静海」


「おはよう、聖名」


 順番が逆だよ、と心のなかで囁きつつも、こんなところまで細かく言うこともないか、と静海の隣に並んで駅へと歩き出す。


 駅までの道のりはそう遠くはないが、数少ない、二人きりになれる時間だ。壊れ物を扱うように大事に使わなければならなかった。


 とはいえ、中心になるのは他愛もない話題である。


「金門さん、意味が分からなくて…」と写真部での困惑場面を、穏やかな顔つきで語る静海。それだけで、彼女にとって部活動の時間が悪くないものであることが十分に聖名は理解できた。


 適当な相槌を交えながら、聖名は、自分が投げた問いに何も返さなかった、あの日の静海を思い出していた。


 赤面して言葉を失い、その場を走り去った大月静海。


 普段、理路整然と物事を語る彼女だったからこそ、その行動の意味することには重みがあったと言えるだろう。


 余計な期待をしてはいけないことぐらい、重々承知だ。


(だけど…)


 聖名は部活動の話を延々と語る静海の横顔を一瞥しながら、周囲の様子を窺った。


 バスから駅への道に、同じような制服をまとう人間の姿はない。学校からはだいぶ離れているし、随分と早い時間に出ているから、当然ではある。


 それだけのことをする価値がこの時間にはある。静海と仲良くなる前から、確かなことだった。


 聖名は生徒の姿がないことを改めて確認すると、緊張し、高鳴る胸を抑えつつ、何気なさを装って、そっと静海の手を握った。


「え、な、なに?」

「ふふ、こっちのほうが暖かいよね」


 一気に赤面する静海に聖名は笑いかける。


「う、あ、うん…いや、ちょっと、恥ずかしい…」


 静海はそう言うと、やんわりと指を解いてこようとした。しかし、それを予測していた聖名は素早く指に力を込め、逃すまいと彼女を自分たちの内側へと閉じ込めた。


「えー、いいじゃん。誰もいないよ?」

「そ、そういう問題じゃない…」

「じゃあ、どういう問題なの?」

「…」

「ちゃんと答えてよぉ。そういう約束したと思うんだけどなぁ」


 意地の悪いことだと分かっていながらそう尋ねれば、静海は珍しく恨めしそうな目つきで聖名を睨んだ。


 何も気づかないふりをして小首を傾げれば、彼女はますます顔を赤らめ、目を逸らして呟く。


「…駄目、言えない。とにかく、困ってるんだから、離して」

「あ、ごめん」やりすぎただろうか、と上目遣いで静海に問う。「…嫌だった?」

「そういうんじゃない」


 あの日以降、普段からポニーテールの髪型にしている静海が前髪をかきあげて答える。


「…さっきも言ったけど、恥ずかしいの。せめて…暗くなってからとかにして」


 聖名は満面の笑みで指を離すと、思ってもいないくせに、「ごめんねぇ」と謝る。


『暗くなってからとかにして』。


(この反応はどう考えても…そういうことだよね…?)


 他者の意図理解が苦手だからか、あるいは、共感能力に乏しいからか、自分がどれだけ分かりやすい反応をしているか、静海には理解できないようだった。


 もちろん、だからといって気持ちを伝える勇気は出ない。だが…それでも十分、聖名は幸せだった。


 なぜなら、自分が彼女の『特別』であると信じることができたからだ。



 12月も半ば、田舎町であってもクリスマスの洗礼を受け始める時期。


 この頃にもなれば、気まずさのあった聖名と茉莉花の関係はほとんど修復していた。


 はっきりと仲直りの言葉を交わしたわけではない。それはただゆっくりと、傷にかさぶたができて、痕が残らないくらい癒えることに似ていた。


 しかしながら、全てが以前のようにとはいかなかった。


 静海と過ごす時間が日に日に増えていく聖名と、孤独な時間が、あるいは、呼んでもいないのにやってくる同級生との時間が増えた茉莉花。


 ずっと昔からあった、幼馴染二人の時間が減ったのは言うまでもない。


 互いに何か思うところがなかったと言えば、それは嘘になる。感傷の深さに差異はあったが、二人とも寂しさは覚えていた。そして、それを埋めるように他の時間を貪った。



「聖名」


 部活動終わりに、靴箱で静海を待っていた聖名を呼んだのは、茉莉花の声だった。


 振り返れば、どれだけ叱られても染めようとしない金髪を翻した茉莉花が、こちらに向けて片手を挙げていた。


「あれ、茉莉花。珍しいね、こんな時間にまで学校にいるなんて」


 茉莉花は、俗に言う苦学生だ。


 学校が終われば、シングルマザーの母を助けるためコンビニのバイトに勤しむ彼女は、基本的にこの時間には学校にはいない。仮にシフトが入っていない日であっても、早く家に帰って、夕食の準備をしているような人間である。


 派手な容姿と言動のせいで勘違いされがちだが、喧嘩っ早さと学校での素行不良さえ除けば、彼女の生活は美談として語られて然るべきものなのだ。


 しかし、茉莉花が多くの人間に抱かれている印象は、『迷惑千万な不良生徒』。彼女の本質とは程遠い。


 それだけ、自分たち人間にとって、表面上の行いというのは大きな意味を持つのだろうが…静海のことといい、誤解とは本当に恐ろしいものである。


「まあ、ね」

「どうかしたの?呼び出し?」


 問いを受けた茉莉花は、しばし逡巡する様子を見せたが、ややあって、肩を竦めると、「呼び出しといえば呼び出しだけど…今回はいつものじゃない」と苦笑して言った。


 含みのある言い方にどう返そうかと迷っていると、その迷いを察したのか、茉莉花が続ける。


「どこにいても、聖名みたいにお節介な人間はいるってこと。とにかく、悪いことじゃないよ」

「そっか…良かった、でいいのかな?」


 どこか肩の荷が降りて安心しているような茉莉花の表情に、聖名のほうも安堵を覚えていると、不意に、廊下のほうから大きな声が響いた。


「あ!加賀さん!」


 声のしたほうを見やると、目を丸く見開いて茉莉花を指差す優奈と、無表情のまま立ち止まっている静海の姿があった。


「げ…」

「げ?」


 茉莉花の苦虫でも噛み潰したみたいな声を繰り返せば、彼女は、「あいつに見つかったのは『悪いこと』なのよ」と吐き捨て、さっさと靴を履き替えてしまった。


「あ、ねぇ、どげんしたと?こんな時間に。今から帰ると?」


 優奈は茉莉花に背を向けられたことを気にもかけず、彼女を追った。その最中でも静海と聖名に軽く挨拶するのは忘れなかったのは優奈らしいとも言える。


「ねえ、一緒に帰ろうよ!」

「嫌」

「え、なんでぇ、いいやん、別に!」

「うるさい、どうせ私は原付きなの。あんたとは帰れない」

「じゃあ、駐輪場まででいいけん」

「なんでそうなるの…!あんた、徒歩でしょうが!」

「いいやぁん」

「ちっ…もう、勝手にして」


 仲が良いのか悪いのか、判断がつかないやり取りをした二人は、唖然としている聖名と、依然として無表情なままの静海を一度振り返った。


「じゃあ、また明日!」と爽やかに手を振る優奈とは対象的に、茉莉花はぶすっとした顔である。


 彼女は、一度だけ静海のほうを見つめると、様々な感情が内包された瞳を鈍く煌めかせてから、無言のまま立ち去ってしまった。


「私には分からない」


 すぐに、脈絡なく静海がそう言った。


「どうして金門さんは、あんなに邪険にされているのに加賀さんと一緒にいようとするんだろう」

「それは多分、茉莉花が本気で嫌がってるわけじゃないことが分かってるからな」

「い、嫌がってない?あんなに文句言ってるのに?」


 静海らしい驚きだな、と聖名は苦笑する。


 自分にはやはり、これが障害特性だなんて考えられなかった。こんなもの、個性にすぎないじゃないか…と。


「考えても見て、茉莉花だよ?本気で迷惑だって思ってるなら、もっとはっきり拒絶するよ。それこそ、茉莉花なら胸ぐら掴んだって不思議じゃないからね」

「そういうものか…」


 とはいえ、どうして優奈が茉莉花にご執心なのかは聖名にも分からなかった。


 もしかして、自分と一緒で…と考えてみたこともあったが、どうせ相手の気持ちを図る術がない以上、無駄な詮索だった。実際に聞いてみようという気にもなれなかった。



 二人は、いつもどおり共に帰路についた。


 いつもと同じ電車に乗り、いつもと同じ位置に収まる。それからは、だいたい他愛もない話に花を咲かせるのだが、今日は少しだけ違った。


「ねぇ、静海」


 ガタン、ガタン、と電車に揺られながら、聖名が何気なさを装って口を開く。


「クリスマスは、何か予定あるの?」


 やっと聞けた、と勇気を出せた自分を誇らしく思いつつ、ついつい、意味もなく髪を触ってしまう。

 人間、緊張したときは顔の周りをいじるというが、本当らしい。


「うん、あるよ」

「えっ!?」


 失礼ながら、『YES』の返答を一切予測していなかった聖名は、電車のなかであることを一瞬忘れて、大きな声を上げてしまった。


 周囲の視線が自分に集まっていることに気づき、慌てて頭を下げる。それから、声を落として吃りながら尋ねる。


「な、な、何の予定があるの?誰かと出かけるとか?」

「いや、出かけないけど」

「じ、じゃあ、おうちデートってこと…?」

「は?聖名、何を言ってるの」


 久しぶりに、本当に意味の分からないという顔をされて、聖名は頭のなかがぐるぐる回っているような感覚を覚えた。


(うぅ、やばい…どうしよう、なんて言おう…!?)


 静海は怪訝そうに顔をしかめていたが、聖名がいつもみたいにぐるぐるしていることを察すると、口元を綻ばせてから、「ゆっくり考えていいよ」と窓の外へと視線を投げた。


 昔は、茉莉花だけがしてくれていた気遣い。じんわりと胸が暖かくなると同時に、少しずつ冷静さを取り戻していく。


 軽く深呼吸した聖名は、窓の外の宵闇を見つめる静海に一歩踏み込んで聞いた。


「ごめん、取り乱しちゃった。――で、予定って、なに?」


 すぅっと、静海の美しい瞳がこちらを向く。


 この黒曜石に捉えられてしまっては、逃げられない…と聖名は真っ直ぐ相手と向き合った。


「お父さんがクリスマスコンサートで、24、25日と家に帰らないから、私は家で留守番しなくちゃいけないんだ」

「あ、そういう…」


 なぁんだ、という言葉は飲み込みつつ、ほっと胸を撫で下ろす。


 それはここでいうところの『クリスマスの予定』じゃないよ、と苦言を呈したい気持ちにもなったが、曖昧に伝えた自分が悪いし、何を『予定』と考えるかは静海の自由だと思い直し、気になったところを質問する。


「コンサートって…静海のお父さん、歌手かなにかなの?」

「まさか、ただの工場勤めだよ」


 そうして静海が口にした企業は、『ただの』企業ではなく、誰もが知っているような大企業ではあった。


「職場の楽団に所属しているの。それでクリスマスは帰らない。…最近、結構遅くまで練習してきているから、相当気合が入っているみたい」

「へぇ、すごい人だね…」


 コンサートと呼ばれるものに行ったことがなかったから、そういう世界が身近にあると聞いただけで、なんだか胸が踊った。きらびやかなものを想像したのだ。


「聖名、興味あるの?」

「え?…うん、ないことはないけど…」

「じゃあ、観に行ってみる?」


 突然の提案に、聖名は目を丸くした。


「一緒に…ってこと?」

「うん。イブのコンサートは夕方までだから。まあ、お父さんはその後、次の日のコンサート会場への移動で帰らないだろうけど」


 平然と言ってのける静海。


 彼女は大事なことを忘れているようだ。


「…その日、クリスマスだけど…私と一緒でいいの?」


 そう、静海の提案は聖なる夜を共に過ごすという重大なことを意味するのだ。


「クリスマスだと、何か問題があるの?」

「え…!?い、いやぁ、そのぉ、ほら…世間一般では、恋人同士で過ごすことの多い日ですし…」


 ちらり、と静海の顔を見上げる。


 鈍感というか、言外の意図を察することに苦手がある静海とはいえ、さすがにこれは分かったらしく、気まずそうに、あるいは、恥ずかしそうに顔を逸らした。


「…聖名は、恋人とかいないの」

「…うん」

「…じゃあ、いいんじゃない」

「う、うん。ありがとう、静海…楽しみにしてる、よ?」

「…私も」


 二人は、互いに赤面し合った。


 正直、コンサートなんてどうでもよくなっていた。


 静海と一緒にクリスマスを過ごす事実に比べたら、この世界の滅亡だって、きっと些細なことになっただろうから。

18時より、四章を更新します。

ゆっくりとお楽しみ頂けると幸いです。

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