レアケースを基準にしては社会は崩壊するって話
先日の漫画家が自殺した件はまだ世間を揺るがせている。
一部の漫画家は便乗して出版社への不満を述べたり、
出版社に頼らないやり方を考えよう、と盛り上がっているが、
まず考えるべきは、『自殺した漫画家のメンタルは平均レベルだったのか?』だ。
事件をきっかけに業界の風潮が変わることが悪い事ではない。
ただ、今まで漫画家だったり小説家だったりはいくらでもいるが、
活動している途中に自殺、なんてケースはそんなに聞かない。
私が覚えているのはねこぢるとおじゃる丸と無敵看板娘の作者だ。
『常に売れる作品を作らないといけない』
『そのためには自分の理想を捨てなければいけない』
『評価がダイレクトに伝わって来る』
普通のサラリーマンに比べればこういう悩みも多いかもしれないが、
一方で出版社に世話されながら自分の好きなことができるのはプラスの面だ。
日本は大体500人に1人は自殺しているが、この業界がそれと比べて特別多いようには見えない。
(もっとも月刊誌に連載してすぐに打ち切りになった人を漫画家としてカウントしていいのか、
とか漫画家や小説家の定義が難しいのだが……)
例えば会社なら、異常にうつで休職する人が多い会社だとか、自殺者が多い会社だとか、
普通に比べて明らかに異常な職場は指導が入ったりするが、
うつが出るのも自殺者が出るのも規模が大きければある意味当たり前の話で、
それが平均レベルなら特に何も言われることはない。
だからこういう時に考えないといけないのは、
それが周りと比べて多いか、とか、自殺した人がレアケースだったのか、とかだ。
例えば私が例に出したねこぢるは作風からして明らかに病んでいたし、
人気になって自分の描きたいものが書けないことに対しても強い拒否反応を示すような、
非常に拘りの強いメンヘラと言うべきか、言い方は悪いが自殺したからと驚くような作者では無かった。
漫画家とか小説家とかはこういう人も多い。
昔の文豪もやたらと自殺しているし。
自分があまり商業デビューを安易に目指すなと主張しているのはこれが理由だ。
今回の作者も見た感じかなりナイーブというか繊細というか、
あまり基準にするような人間には思えない。
こういった基準にするべきか? を考えず、
ショッキングな事件があったからと社会を変えようとすれば、後々苦しむのは普通の人だ。
例えば3.11の時は、集団で避難しようとした結果全滅したという悲しい出来事があった。
しかしだからと言って、『避難する時はバラバラに避難しよう!』
なんて主張が馬鹿げていることは皆さんも理解できるはずだ。
集団で避難しようとすれば時間がかかり、分散もしないので全滅するリスクがあれど、
バラバラで避難しようとすればパニックになり結局助かる率は低くなるなんてのは、
今までの色んな災害で統計として既に出ているのだ。
京アニの事件の時も、建物の構造に問題があったんじゃないかとか、
火災設備を見直すべきなんじゃないか、なんて声があがっていたが、
ガソリンぶちまけて放火するなんてレアケース中のレアケースだ。
そんなものの対策を全ての建物にさせたらコストが跳ね上がってしまう。
今回の件も、仮に漫画家達が便乗して声をあげ、
『出版社は漫画家を守れ、待遇をあげろ、メンタル面のサポートをしろ』
なんて風潮になったとして、
それは漫画家が出版社の社員に近づくことを意味する。
漫画家は基本的に個人事業主だ。
自分の描いた漫画を出版社に代わりに出版して貰い、印税とかを貰う。
その過程で編集とかのチェックが入ったり、売り上げを伸ばすために内容を変えたりする。
1つの出版社としか契約できない、なんてことも無い。
フリーランスの人ならば理解できると思うが、
基本的に立場は弱い。会社と一時的に契約はしても社員では無い。
仕事のためのパソコンだって自前で用意する必要があったりするし、
身体や精神を病んだとしても、会社員ならば代えがきくが個人事業主ならそうはいかず、
仕事が出来ませんでしたということで信用は一気に無くなってしまう。
だからこそ、お金は稼げるし、仕事をする時間だとか、内容だとかをある程度自由に決められるのだ。
守って欲しいなら会社に属する度合いを強めるしかない。
例えば会社員時代、イラストを描くのが趣味だからと社内報のイラストを担当している同僚がいた。
彼は会社員としてイラストを描いている。会社のお金で、私がシステムを設計している間にだ。
その代わりテーマは会社が決めており、自分好みの作品を作ることは出来ない。
社外向けの営業資料に軽い漫画を描いたり、文章を書いたりする人もいるだろう。
その人達はいわば会社に属する漫画家だったり作家だ。
仕事時間も決まっているし、有給だってあるし、身体や心を壊してもある程度ケアをしてもらえる。
漫画家や小説家も、出版社の社員になれば今より守ってもらえるし、
売れてない頃からある程度給料が貰えるが、
今より更に自分の好きなことはできなくなるだろうし、成功してもそこまでお金も貰えない。
他の売れていない人を養う必要があるからだ。
同業他社(別の出版社)に転職、なんてのも難しくなるだろう。
漫画家や小説家は一般的な個人事業主と比べると、ファンが多い。
多くの個人事業主は社会人を経て入るが、漫画家や小説家は社会人経験が無い人も多い。
だから少し傲慢になっているというか、勘違いしているような気もする。
私は発達障害である関係上存在自体がレアケースだし、
元会社員の個人事業主でもある。
だからこそ、レアケースを基準にしたり個人事業主が待遇を求めることの危険性を理解しているのだ。