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告白をうやむやにしていたらなんか幸せになっていた

作者: 雲川ちら

 最近はメッセージアプリなどがあるのに、下駄箱に手紙を入れるなんて随分古典的だと思った。手紙の内容は用事があるから今日の放課後屋上に来てくれ、的な旨だったと記憶している。重い腰を上げて屋上へと向かったのだが、誰もいない。今日の放課後としか記載されていなかったため何時に来るのか分からない。


 のんびりとイヤホンでボーカロイド曲を聴いていた時、スマホが電話を受信した。イヤホンから電話の掛け主の名前を読み上げた合成音声が聞こえる。どうやら母さんだったみたい。イヤホンのボタンを押して着信に応じた。


「もしもし、何?」


 電話に出て用事を訊いたのだが言葉が返ってこなくて首をかしげた。まあよくあることだから屋上の柵にもたれかかってグラウンドを見下ろす。運動部の人たちが大きな掛け声を上げて走っていた。大変そうだ。


『もしもし、優太? 今、帰り? だったらスーパーで卵と油と……』

「嫌だ。面倒くさい」


 普通に面倒くさいというのもあったが母さんの用事を訊くのがなんだか癪だった。


『小遣いやるから』

「あーおっけー」


 もう呼び出しの事なんてどうでもよくなってきた、金にくらんで用事をすっぽかすのもどうかと思うが来るかも分からない奴を待つほど俺も暇じゃない。


「スーパーっていつもの所でいいの?」


 踵を返そうと後ろを向くと誰かがいた。結構、小柄な女の子だ。


『あ、それなんだけど油は商店街のスーパーで』

「あ分かった。うん」

『じゃあ切るわね』

「好きですっ! 付き合ってください」


 何か言われたような気がする。好きだとかなんだとか。イヤホンのせいでうまく聞き取れない。


「うん」


 電話が切れた瞬間さっきまで聴いていた曲が再生され始める。前の少女が何か言っているようだったためイヤホンを耳から外すと


「これからよろしくお願いしますね!」


 と大きくて歓喜に満ち溢れた声が耳を貫いた。一体何がよろしくお願いしますなんだ。いやそもそも誰だかも分からないし。

 しかしきらきらした目で手を差し出されたため勢いで掴んでしまった。

「よろしく?」


 多分だけど俺、告白されたんだよね。じゃあこの女子は俺の電話の会話を返事だと勘違いしたってこと?

 そうだとしたら最悪だ。こんな喜んでいる少女を前にあれは電話していただけだ、と言うのも心が痛む。


「じゃあ俺、買い物頼まれてるから帰るね。また明日」

「ちょ、ちょっと待ってください。私も一緒に行きます」


 そそくさと去ろうとする俺のカバンを掴みそう言ったのだった。正直言って嫌だった。誰かも分からない女子と一緒にどこかへ行くなんて。まさかこいつ、美人局なのでは? と疑ってみたが常に純粋そうな微笑みを浮かべていたため疑ったことが申し訳なくなってきた。結局断りきれず、分かった。じゃあ一緒に行こう、と答えてしまった俺はどこかおかしかったのだと思う。いつもなら嫌な事はすぐに断るはずなのに。屋上から校舎の中に入り階段を降るとそこは昇降口だ。上履きから靴に履き替えて校門の前まで歩いた。


「本当にいいのか? スーパーに行くからすぐには帰れないぞ」

「はい! 余裕です」


 階段を下っている時に、送られてきた買い物リストにはちゃっかりと米とか色々、追加されていた。この子は荷物持ちをしてくれるだろうか。申し訳ないが今は猫の手も借りたい気分なのだ。

 校門を出てすぐに俺は少女に訊いた。


「君の名前はなんていうの? あと中学生?」

「なんで高校の屋上に中学生が来るんですか。れっきとした高校生です。ていうか私、あなたと同じ学年ですよ。名前は南方紗奈です」

「中学生って言ったのは冗談だが、同じ学年とは思わなかった」


 失礼だが、小学生と言われても納得するだろう。それほど小柄なため後輩かと思っていた。あと敬語だし。


「チビで悪かったですね」


 すねたようにそっぽ向いてしまった。そこまで直接的に言っていなかったがそう。捉えられても仕方ないだろう。俺はごめん、と短く謝った。


「別に怒ってませんよ。今は嬉しさでいっぱいですから」

 眩しい笑顔で笑った姿に思わず心奪われた。

 

 

「悪いな。荷物、持たせてしまって」


 隣で荷物を持った南方がいる。嫌な顔一つもせずに、なんなら自分から持ちます、と言ってくれた彼女には感謝しかない。学校帰りなので当然、エコバッグなんてものを持っているわけもなくビニル袋だ。


 残酷な母は帰りだというのに米を頼んできた。おかしいだろ、と頭を疑ったが小遣いが欲しいならそのくらいしろ、と言う強い意志を感じられたため今俺は、米を抱きかかえている。


「一人だったら絶対に無理だった。本当に助かるよ。ありがとう」

「いいですよ。誰かの力になれるって幸せなことですから」


 いい子だ。にやけてしまう。

「お礼はするよ」


 商店街を抜けて歩き続け家に着いた。南方に扉を開いてもらって家の中へと入る。リビングからテレビの音が聞こえている。


 俺達がリビングに入るとソファに座ってテレビを見ていた母さんと目が合った。正確には俺を見ているというよりは隣の南方を見ている。


「女の子? 小学生? あんたロリコンなの?」

「お、おい。それは失礼」


 俺の声を南方の声が遮った。


「あの! 私、西条くんのクラスメイトです!」

「そうだ。母さんの無理難題を手伝ってくれたんだ」

「あら、そうなの。ありがとうね。優太の手伝いをしてくれて。この間、貰ったメロンあるのだけど食べる?」

「いいんですか?」

「お礼だ」

「そうそう」

 俺は米を置いて大きく息を吐いた。腕がもげそうなほど痛くてしばらく手が動かなかった。母さんは台所でメロンを切っており、南方は椅子に座って鼻歌を口ずさんでいる。


 どうしてこんなことになっているのだろう。あまり関わりのない女子がうちにいる。母との電話をしていたせいですべてがうやむやに感じられる。本当に告白だったのかも分からないしそれとなく南方に訊いてみるか。


「なあ、好きだ」


 言うか躊躇ったこの言葉にどう返してくれるだろうか。


「私も大好きですよ」


 少し照れながら返事をしてくれた。うん、これは恋人だ。こんな甘いやり取りするなんて恋人以外ありえないだろ。

 母さんが持ってきた切り分けられたメロンを平らげたころには外は暗くなっていた。


「私、もう帰りますね」

「あら、もう帰っちゃうの」

「はい。外暗いですし、遅くなっちゃうと親を心配させてしまうので」

「優太、送ってあげなさい。女の子一人だと心配だから」

「ああ。当然だ」

「別に大丈夫ですよ。近いので」

 そう意気込んで家を出たものはいいものの

「え? ここ?」

「はい。そうですよ」


 恐らくまだ一分も歩いていないだろう。マンションの前で呆然と立ち止まっていると、「では、さようなら」と言って中に入ってしまった。

「近いな」

 そんな感想を呟いて俺は家へと帰った。

 

 

 結局、自分たちがどうなったのかも分からないまま半年が過ぎた。南方とは学校で話したりたまに家に遊びに来てゲームをしたり外に出かけることもあったが、特に関係が進展することはなかった。なんならそんな悩みすら忘れていたくらいだ。


 課題を家に忘れてしまったため学校に居残りでやっていた。そのせいで学校を出るのも遅くなってしまった。

 玄関土間に普段はないけど見慣れた靴がある。リビングで母と話しているのかと思えばどちらもいなかった。


 俺の部屋にいるのだろうか。

 廊下を奥に進んで行き、部屋のドアノブを掴んで扉を押した。部屋の電気は付いておらずカーテンも閉め切られており真っ暗だった。


 --いないのか?


 いや微かに人の気配を感じる。


「おい、南方、いるのか?」

「……はい。います」

「暗いだろ。電気付けるぞ」

「待ってください! 今はダメです!」


 今までに聞いたことのない芯がある大きな声で言われたためスイッチに伸ばしかけの手が止まる。


「なんでだ」

「今は本当にダメなんです」

「やましいことをしているわけじゃ」

「そんなこと……していないと思います」


 最初は高く大きい声だったのだが次第に小さくなっていく。いつもは何を言うにもきっぱりしているため違和感があった。


「お願いがあります。十秒間だけ後ろを向いていてください」


 有無を言わせぬ圧があったためすぐに後ろに振り返った。するとリモコン側で電気が付いた。後ろからは布同士の擦れる音が聞こえてき、なんだか顔が熱くなる。


「もう大丈夫です」

「ああ」

 後ろを振り返ると、いつもより若干頬が赤く汗がにじんでいる制服姿の南方がいた。着替えていたのだろうか。だとしたらいきなり入ったのは申し訳ない。でもここ俺の部屋だぞ。せめて鍵をするなりなんなりしておいて欲しかった。


「その、なんだゲームでもするか?」

「はい。そうですね」


 気まずい雰囲気になることを阻止したかったのだがずっと目をそらされている。正方形のテーブルの端に寄せられているコントローラーを取ろうと前かがみになると


「ちょっ⁉」


 南方に手のひらで胸を押されたのだった。そんなに強い力ではなかったが予測をしていなかったためかるく俺は床に手を付く形になる。


「何するんだ。南方おかしいぞ」


 南方は這いずりながら近づいて来て、まるで俺が襲われているみたいな構図になっている。


「どうしていつまでたっても手すら繋いでくれないんですか? 私たち恋人なんですよ」


 寂しそうな声でそう言った南方の姿は泣いているようにも見える。


「知らなかった。そんなに手を繋ぎたかったとは」

「そうですけど、違います! 何一つ恋人らしいことをしてませんじゃないですか!」

「恋人らしいことってなんだ?」


 恋人がいないから分からない、とでも答えたら満足してくれるだろうか。


「それは手を繋いだり、キスをしたり、えっ……なことも」


 自分で言ったくせに恥ずかしくなっている。なるほど、恋人らしいことは分かった。


「悪い。お前にそういう欲望がないと思っていた」


 正直に謝る。この純粋な少女が邪なことを考えるなんてありえないと思っていたし俺としては付き合っているという認識も忘れかけていた。


「あります。だからこうやって押し倒しているじゃないですか。我慢できなかったんです。さっきだって……」


 一人で何かごにょごにょと言っているが聞こえない。とりあえず


「段階、踏もっか。いきなりは早い気がする。お前の気持ちは分かったからこれからは手もつなぐしキスもする」

「えっちは?」


 もう恥ずかしがることすらしないよ。この子。


「もっと関係が深まったらな」

「はいっ! じゃあ今度の日曜日……」


 告白すらまともに了承できていないのになぜか恋人になってしまった俺達だったがなぜかうまくいっている。

 南方も幸せそうだしこのままでいいか。

 この数日後、キスまでは行った二人だったがえっちはまだ道のりが長いようだった。

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