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とあるアイドルグループのお話

雨の日、檸檬の君と

作者: 西埜水彩

 しとしと雨が降っている。


 家を出る前にいきなり降り始めたはずなのに、地面はかなり濡れている。


 傘をさしながら、アルバイト先へと向かう。このままだと遅刻するかもしれない、そう考えると焦りから早足になってしまう。


 アルバイト先は家から徒歩数分の雑貨店で、つい油断してしまった。今度からはこうならないように気をつけよう。


「って今日定休日じゃん」


 私は雑貨店の前で固まる。


 アルバイトの日を私は間違えてしまったみたい。今日は定休日、となれば当然のことながらアルバイトする日ではない。


「帰ろう」


 そう決めた私は家へ帰ることに決めた。幸いにも大学の課題も無いし、家でゆっくりしよう。


 その時雑貨店の前に、今まで会ったことが無い人がいることに気づいた。


 ぶかぶかの明るい黄色のパーカーに白色のチノパン、顔はパーカーのフードで隠しているからよく分からないけど整っているよう。


 大きめの黄色のエナメルバックを肩からかけていて、身長が低いから女の子みたい。


 そんな美少女がずぶ濡れで、思いっきり雨に濡れつつ雑貨店をじっと見ている。


 このままほっておくのが一番。そう考えた、知らない人と関わるのはリスクでしかないから。


「今日は雑貨店、お休みですか?」


 美少女が私に話しかけてきた。


「そうです。定休日です」


「そうですか。ところでここはどこですか? 適当に歩いていたらここについてしまったので、どこなのか分からないんです」


 美少女は困ったように周りを見ている。雨に濡れたまま知らない街を歩く、絶対この人訳ありじゃん。できることならなるべく関わらない方が良い。


「この雑貨店開けますんで、そこで着替えたらどうでしょうか? 服や傘貸します」


 気がついたらこんなことを言ってしまっていた。


 鍵を持っているから中に入ることはできるし、忘れ物を取りに行くなどの理由があればアルバイトがなくても入ることができる。


 それに確か置き傘や何かあったときの服があるから、貸すことにも問題無いはず。


 いやできたとしても、そんなこと本当は絶対しない方が良いって、分かっている。


 こんな訳ありの美少女と、関わるのがよくない。


「大丈夫です。この近くの駅さえ教えてもらえば、そこから家に帰りますんで」


 その美少女は即座に断った。


 このまま別れた方が良い、これ以上関わらない方が良い。そう考える。


 いやそうじゃない。このずぶ濡れのまま駅まで移動させるのは可哀想だ。ここから駅まで徒歩数分以上はかかったはずだし、その間に傘を買うことができるような店は私のアルバイト先以外はない。


 そこでここで着替えた方が絶対良いはず。


「でもこのままだと風邪引きませんか? 冬じゃないからましですが、雨降ってますから」


「着替えは持ってますんで。駅のお手洗いで着替えるんで、問題無いです」


「着替えを持っているなら、ここで着替えてから傘を差して駅へ行ったらどうでしょうか? 駅まで遠いですし、そこまで傘を買うことができる店はないです」


 それに駅前には人が多いから、これだけずぶ濡れの人がいたら目立つはず。


「迷惑をかけませんか?」


「大丈夫です。私は今することもなくて暇ですし、店内には誰もいないです」


「それならお世話になります」


 そこで私は美少女を連れて、雑貨店へと入ることとなった。


 更衣室で服を着替えてもらっている間、私は冷蔵庫の中を覗く。あれま、オレンジジュースしかないや。仕方ないので、オレンジジュースのペットボトルとコップを外に出す。


「雑貨店に入れていただきありがとうございます。ぼくは生駒檸檬(いこま れもん)です。無名ですが、一応男性アイドルです」


 更衣室から出てきた人はお辞儀をした。


 男性アイドルってことは少女じゃないじゃん。じっくりと見てみると、可愛らしいけど女の子よりも男の子っぽく見える。


 顔が分からないのと身長が低いのもあって、今まで男の子とは気づいていなかったから、かなり驚いた。


「私は生駒かぼすです」


「名字が同じですね。もしかして親戚かもしれません」


「そうですね」


 とはいえ生駒は奈良県内にある市と同じだから稀少な名字じゃなさそうで、無関係な他人って可能性もある。


 男性アイドルで同じ名字、といえばメンバーがCDデビュー前に脱退しようとして話題になっているグループに所属しているはずだ。そういう話を夕方のニュースで見た気がする。


「あっもしかしてグループに所属していますか?」


 少し気になったことなので、質問をしてみる。


「そうです。今そのグループでごたごたがあって、脱退しようとしているメンバーと連絡が取れなくなってしまったのです。さっきそのメンバーの家へ行ってきたのですが、同居人の女性に追い返されてしまいました」


「そうだったんですか」


 連絡が取れなくなった上に、会うことができない。


 それは傘をさしていないことに気づかないほどの悲しみだったんだろう。


「その脱退しようとしているメンバーとは仲良かったのですか?」


「そうです。とはいえぼくはこのグループに所属してから1年くらいしか立っていないので、他のメンバーほどでは無いです」


「その他のメンバーも連絡を取ったり会ったりすることはできないのですか?」


「そうです。ぼくよりも仲がいい人やつきあいが深い人はいるのですが、その人達もできていないです。もしかしてぼく達は嫌われてしまったのでしょうか?」


 しょんぼりとする檸檬さん。


 グループから脱退すると決め、連絡を取ったり会ったりすることができなくなったメンバー。これで嫌われていないと思う方がおかしいかもしれない。


 私は何も言うことができず、とりあえずコップにオレンジジュースを注いで檸檬さんに渡した。


 そのうえで雰囲気を変えるため、どうでもいい質問をする。


「このオレンジジュース、果汁何%だと思いますか?」


 檸檬さんはオレンジジュースを少しだけ飲む。私もオレンジジュースを飲んだ、いつものような甘酸っぱさが美味しい。


「うーん分からないです。60%ですか?」


「実はこれ10%なんです」


「そうだったんですか。分からなかったです」


「分からないように作ってあるからかもしれません。私もこのジュースを飲んだだけでは何%か分かりません」


 このジュースもそうだけど、世の中分からないことは多い。むしろ簡単に分かることの方が少ないくらい、難しいことでいっぱいなはずだ。


「人も同じかもしれません。見た目や雰囲気、少し関わった程度では分かることは少ないです。でも色々と努力をして関わっていくことで、その人が本当は何を考えているのか分かるかもしれません」


「でも関わっていくことが難しいときだってあるじゃないですか。その時はどうするんですか?」


 確かに他人のことを考えると、関わるのを避けたくなる。関わりたくなさそうにしている人に話しかけること自体が、嫌がらせと考えてしまうこともある。


「うーん、その時は自分のやりたいようにやってみることです。他人のことを思いやることは大事ですが、自分をないがしろにすると後々大変です。上手く聞きたいことを聞くことができないなら、別の話題でも良いんです。さっきのオレンジジュースみたいな話です。慎重に少しずつ関わっていくことで、きっと上手くいきます」


 他人の考えを変えることはできない、それはどうしようもないこと。


 だからこそ自分の気持ちのために行動することは大事だ。自分の気持ちを整理するためにも、後悔しないように行動して欲しい。


「そうですね。もうちょっと頑張ってみます。例え必要とされていなくても、ぼく達には必要なんです。簡単に諦めることはできません」


 檸檬さんは覚悟が決まったみたいで、オレンジジュースをごくごくと飲んだ。


「ジュースありがとうございました。じゃあまたこれからまた行ってみます。今度は会えるまで粘ってみます」


「頑張ってください。あっこれ傘です」


 コップを机の上に置いて出入り口に向かった檸檬さんを追いかける。


 私の置き傘である、安いビニール傘を檸檬さんに渡す。これなら別に返してもらわなくて大丈夫だし、あちこちで買うことができるから他の人にも怪しまれないはず。


「傘もありがとうございます。またいつか返しに行きます」


 私が渡した傘をさして、檸檬さんは笑顔で出かけていく。


 この先上手くいくようにと、祈りながら私は見送った。

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