とりあえず一話目
オレは大草原のど真ん中で目覚めた――。
記憶は鮮明に残ってる。
宮地嶽神社で同級生に告白した後、階段から落ちる彼女を庇って一緒に落ちたとき、光の道に吸い込まれるように異世界に引っ張り込まれたんだ。
「序章を百文字で済ませるか」
あの声だ。
「神か。さっさと話せよ、オレは何をすれば帰れるんだ」
「そう急くな、舞台は整った。あとは踊るのみよ……」
神を名乗る声は言った――どうやら異世界を舞台に主人公が無双する作品を書いとけば人気が出るらしい。
だからこの作品で読者を掴み、本命のマイナー作品におこぼれを取り込もうと……。
「つまり抱き合わせ戦略だと? だが異世界ものはすでに末期だという話を聞いたことがあるぞ」
「いやいやまだイケるって、たぶん……なんとか盛り上げてさぁ」
何という甘い考えだ。そもそもそんな気持ちで書いた作品が読者ウケするはずがない。
こんな作品に費やす時間があるなら本命をしっかり作り込めと言いたくなる。
「……が、こちらにも都合がある。さっさと帰ってオレは告白の返事を聞きたいんだ」
「あ、助かります。取り敢えずチート出来るように能力は特盛りにしてるんで、あとは適当にパパーっと盛り上げて、魔王とか居るんで、まずは王様に会って物語進めてもらえます?」
魔王を倒してハッピーエンド、オレは現実世界に戻ってハッピースタート。
単純明快。能力がチートなら向かうところ敵なし。話は簡単だな。
丘の向こうに城が見える。あそこに王様がいるんだろう。
足元の街道は城まで続いている。オレはさっそく城に向かって歩き出した。
しばらく歩くと不思議な感覚を覚えた。
「……疲れないぞ」
結構歩いているが、一向に疲れてこない。
能力特盛りの効果か……これなら走って行けばすぐにでも着きそうだ。
だが物語が動き出す前に、イベントがオレの行く手を遮った。
「うわぁーっ!」
街道脇の森から男が躍り出てきた。
当然のようにその後ろからゴブリンが数体追いかけて来ている。
知識は持っていても実際に見るのは初めてだ。
ゴブリンという魔物の存在に、幻想世界に来たと言う感覚が現実味を帯びオレを包み込んでいく。
だが、不思議と恐怖心は無く、オレの心は便所で用を足した後のように落ち着いている。
逃げてきた男はオレの存在に気付くと助けを求めながら駆け寄って来た。
正直な話、オレはこの男を助けなくても、魔王さえ倒せば良いような気もしているが、能力特盛りの内容を確認しておこうと思い、救世主らしげな言葉を投げかけることにした。
「もう大丈夫です。後はこのオレに……」
「あんた何してんだ! ゴブリンだ、早く逃げろ!」
男は助けを求めオレの方に逃げて来たのではなく、城の方に逃げていたのだった。
なんだか恥ずかしい気持ちになったが、同時に分かったこともある。
まず感情の制御は特盛りどころか並以下かも知れない。今の恥ずかしい出来事でオレの顔は火竜に焼かれたかの如く赤く火照っている。
――そして思考能力だ。
あの男に投げかける言葉を想起したとき、以前からのオレの常識の範囲で思いつくような言葉しか浮かんで来なかった。これはかなりの痛手だ。
東京に行きたい思いだけで三流大学にしか合格出来なかったオレの思考回路で、この世界の魔王とやらまでたどり着けるのだろうか。
ある程度は運動能力で対応は出来るだろうが、相手も馬鹿ではないだろう……。
だが今は、まずその運動能力を確認しておく必要がある。
オレは目前に迫りくるゴブリンに向かって剣を抜いて……剣を…………丸腰だった。
「やばい、武器が何も無いぞ! そういえば防具も上下ユ○クロだ。身近な男を演出するために敢えて選んだコーディネイトが裏目に……せめてアディ○スにしとけば……」
初戦でいきなり危機に陥ってしまったが、並盛りの脳裏に覚えのない感覚が過ぎった。
だがそれは、忘れていた何かを思い出すように、自然と受け入れることが出来た――。