とりあえず九話目
オレは魔王の懐まで一気に飛び込んだ。
魔王は再び精神攻撃魔法の詠唱を始めている。
「久しぶりに会った人の名前が思い出せな……」
一瞬を五等分したほどの差でオレのエクスカリバーが先に魔王の体を突き抜けた。
魔王は断末魔の叫び声を轟かせその身を昇華させ消滅していく。
完全に消え去る前に負け惜しみの捨て台詞を残して逝きやがった。
「こ、これでは……人気作には……な……れん……ぞ」
この言葉はオレの心の奥深くに突き刺さった。
「なんだ? 今のは魔法なのか!?」
オレはしばらくの間その言葉に縛られ見動きが取れずにいたが、幸いにして時間と共に心は落ち着きを取り戻していった。
魔王城からの帰り道……道じゃなくて河だけど、魔王が最後に言い残した言葉が徐々にオレの思考を侵食していき、城下町まで来たときには心まで完全に支配されていた。
これで終わっていいのか?
異世界に来た。チート能力で苦もなく魔物を退治し魔王まで倒した。
この世界的にはハッピーエンドだろうが、これって読者は面白いと思うか?
オレは大切なことから目を背け続けていたんじゃないのか?
元の世界に戻ることばかり考えて、魔王を倒せばそれで良いと思い込み……ボロ剣を宝剣だと偽り、ブックマークや評価の数で強さが変わると読者を惑わし、最も大切な……伝えたいことを作品に込めるという、物語の根幹に関わる部分に気付かないふりをして、自分自身でさえ欺いて来てたんじゃないのか。
町に戻ってもオレはそのまま王城まで行く気にはならなかった。
ひとまず飲み物でも飲んで落ち着こうと入った酒場で、オレは以外な顔見知りと再会した。
「あ、勇者様……」
そいつは灰褐色のローブを目深に被り、頭からは角が生え、耳は尖り後ろ腰からは尻尾が……。
「――って魔王じゃねぇか! お前さっき死んだよな!? 昇天して消えてったよなぁ!?」
「す、すいません予は肉体が消滅しても精神的には不死でして、一度昇華したんですけど、魂は飛ばされたあと対岸でまた復活したんですよね」
「ですよね……じゃねぇよ! そんでなんでテメェが人間の町の酒場で酒飲んでんだよ!」
「いやぁ私勇者様に倒されちゃったでしょ? 魔王失格かなぁと、これからどうしようかなぁと考えてまして」
何なんだこいつは、豆腐並の弱キャラのクセにメンタルだけはコンクリですってか。その強さを実践にもってこいよ。おかげでこっちは物語が薄っぺらすぎて悩んでんだよ。
そうだよそもそもこいつがもっと強ければ物語にも深みが……ん?
なんか思いついたぞ――。
そうさ。魔王が強ければ物語にも深みが出るんじゃないのか?
魔王が強ければ勇者は経験を積む旅の中で様々な苦労や挫折、出会いと別れを繰り返し、やっとのことで辿り着く魔王城……。
試行錯誤して手に入れる勝利と栄光……。
打たれても折れず、倒れてもくじけない。
そんな昭和な雰囲気で中年層を取り込みつつ、テンポ良い展開で若年層を惹き込む。
そして亀でなんとか女性層……は諦めるとして。
とにかくこれだ……この物語に必要なのは強い魔王だ。
そしてオレなら可能だ……強い魔王になることが!
オレは魔王が飲んでいた酒を奪い取り一気に飲み干すと、グラスをテーブルに叩きつけ叫んだ。
「ミルクじゃねぇかっ!!」




