体育倉庫のあの匂ひ
大地君と渚ちゃんの匂ひ物語。
体育倉庫に閉じ込められてみた。
秋の晴天。
体育祭前日、雲一つない真っ青な空がどこまでも続く。
高校2年となった加野大地はすらりと身長も伸び、ちょっぴり大人びていた。
隣を歩く井村渚は胸がふくらみ、少女から女性への過渡期を迎えている。
奇しくも同高校同クラス同体育員となった2人は、体育倉庫にリレーのバトンを取りに中に入る。
古びた木製の扉を開け倉庫の中に入る2人。
「えっとバトンは・・・」
「その奥の二段棚の上だよ。大地君」
「そっか」
2人は倉庫の奥へと入ってく。
ギィ・・・ガチャガチャ、倉庫の扉の方で音がする。
「えっ、何?」
「へっ、閉められた」
2人は急いで扉へと向かうが、案の定、閉まっていた。
慌てて扉を叩く2人だが、施錠した人は立ち去っていた。
(これって・・・)大地。
(ふたりっきり)渚。
胸に早鐘が鳴り続ける。
「あ・・・あのさっ」
「なっ何?」
「困ったよな」
「うん、困ったね・・・」
2人は何気ない会話をこなす。すると、大地がモゾモゾしだした。
「あのさっ!」
「何?」
「俺たち、昨日から付き合いはじめたじゃん・・・こうなったら、キスでもしようか」
暗闇で見えないが、大地はええ顔をしている。
(・・・ありがちシチュエーションのキスなんてありえない。なにっ、大地君・・・体育倉庫押し倒し、胸さわっちゃう事件まで発展させる的な発想?)
「駄目っ!」
妄想の後、ぴしゃり拒否る渚。
「・・・そうだよな・・・俺って、つい・・・どっか出られないかな」
大地は、扉を引っ張ったり、小窓から出られないか探ってみる。
ぴたり動きが止まる。
「やっぱりキスしたいな」
ぼそり。
(そりゃ、ようやく長い友だちから付き合うってなって・・・私もキスはやぶさかではないけど。でも、いかにもいかにもシチュに流されてキスなんて・・・もっと、ナウロマンティックなところで、キッスはしたいもの)
「やっぱり駄目」
「だよなー」
渚に近づこうとした大地は自嘲する。
「でもよ。でも、もし、ここで地震や災害が起きたとしたら・・・今の世の中って、何が起こるか分からないじゃない・・・青春は今しかない・・・今ここでチューを・・・」
(確かに一理ある・・・待て待て渚よ落ち着け。一時の感情に流され、美しき青春の一ページであるファーストキスを簡単にしていいものだろうか・・・いやない。だけど高2になっての初キスなんて、遅きにしてカビくさいもの・・・さっさと捨ててしまえば・・・待ちなさい渚、欲望に身を委ねるなんて、勤勉実直17年の人生は許さないわよ)
「あーやっぱ駄目っ!」
「ですよね~」
大地は渚の肩に触れかかろうとする右手を懸命に止めた。
「だけど、自分の気持ちに素直になった方がいいと思うんだ。俺は渚が好きだから、キスをする。チューをします」
彼は堂々宣言した。
(彼もそう言ってることだし、彼女が受け入れるのは当然しょ・・・待ちなさい渚、あなたは文学少女(BL系)なのよ。メガネっ子はメガネっ子らしい。文学系ちゅーがあるでしょう・・・・・・・あはー、もう、自分に素直になるっ・・・おい、まてや、嫌っ、ちょっ、ちょっ待てよ)
「ギリ駄目っ!」
「やっぱり~」
「あっ、スマホ持ってる?外に連絡して・・・」
「持ってる訳ないじゃん・・・没収されるよ」
「ですよね~」
渚は溜息をつく。
大地はキリリと再びええ顔をする。
「なあ、分るでしょ。若い2人・・・走り出した列車は止まらない、止められない。どんなキスでもキスはキス。僕らの新たな一ページはここからはじまるんだ。とにかく、チューしよ!ねっ!拒否ってもキスします!いやする!絶対に!バーサク大地なのです」
(あ~何言ってんの大地君・・・ものすごく積極的・・・あなたは真の草食系だと思っていたのに・・・なんか嬉しい・・・けど、せめて、せめて、それなりのキスに思い出添えて。そっか、目を閉じてお花畑をイメージする!花びら舞う中でチューね。これ、これで良しっ!)
「うん、いいよ」
渚は心のままに従うことにした。
「やった!」
大地は渚の華奢な肩に両手を置き、そっと顔を近づける。
彼は唇を寄せ、彼女はそっと目を閉じた。
ガラガラガラ。
ふいにさしこむ光。
体育倉庫の扉は開いたのだった。
「ごめ~ん、いないと思って閉めちゃった」
「えっ」
ぱっと互いにそっぽをむく真っ赤な顔をして。
2人の初キスはお・あ・ず・けとなった。
のち黴臭い体育倉庫の匂いひが、大地と渚の思い出となった。
高2に入ってまだキスもしてないなんて・・・あっ人の事言えない(笑)。