過去にある未来
「あれで女王候補の巫女とその補佐役の「白彦」のふたりともが生き残れば女王誕生。どちらか片方でも死ねば通例通り男王が即位。私たちはふたりとも生き延びちゃったことになってるから、ここに奇跡の具現者による神権政治の女王が誕生するってわけよ」
「待て待て待て待て」
補佐役? 誰が?
「あなたが白彦でしょ」
――俺が?!
「これから私たちがこの国のすべてを取り仕切るのよ」
「待て待て待て待て!!」
話がいきなりとんでもない方向にぶっ飛んで付いて行けなくなった。神権政治? この時代の人間でもない俺と倭代とで?
「待ってる時間なんてないのよ、もう外には大勢集まってるんだから」
「いや、そうじゃなくて!」
いや、確かに倭代、と言うか卑弥呼は女王なんだからこの国の政治を預かるのは当然の話なわけだが、正直自分達のことだけで精一杯で政治がどうのなんて話までは考えもしなかった。もっと身近な――例えば正体がバレないようにするにはどうすればいいのかとか、便利な世の中で生まれ育った俺達には色々と馴染めない部分なんかも当然あるだろうからそう言うのをどうするのかとかそう言う日常生活的な話だけの世界だと勝手に思い込んでたのに、即位? 政治?
完全に専門外だ。政治なんて、選挙にだって仕事の方が圧倒的に優先で行ったり行かなかったりするくらいの興味しかない俺に一体何をしろと?
今更だがこの期に及んで突然この女と交わした契約が実は予想とはかけ離れたレベルのとんでもない代物だったことに気付かされた。
政治なんて――それでなくてもこんな時代だ、一体どんな陰謀に巻き込まれて身の危険が迫るかもわからない。人権も法律もないこんな世界でパワーゲームなんて、それこそ一番危険な世界じゃないか。それでなくてもそれどころじゃないのに、そんなの俺は絶対御免だ。
大体にして俺は権力にも金にも興味はない。そんな自分にとっておもしろくもなんともないモノのために何で命を張らなきゃらないんだ。
だが、倭代は俺なんかよりよっぽど現実を理解していた。
「言っとくけど私たちには選択肢なんかないのよ」
「冗談じゃない! 俺は巻き込まれた被害者だ、お前だってそれは同じだろう!」
お前はそれで納得できるのか?! 自分の意思も関係なく突然こんなところに飛ばされて来て、目指していた将来、漠然とでも抱いていた未来を一方的に奪われて望みもしない世界でやりたくもないことを強要されて…挙句に他人の一方的な気まぐれひとつで簡単に殺されるかもしれないんだぞ?!
「だからどうだって言うの? 納得できるできないの話じゃないのよ。嫌だ、やりたくないって駄々こねれば元の生活に戻れるとでも?」
「それは…」
戻る手段はない。だからこそこんな事態にもなってるわけで。
「それに、私たちはまだラッキーな方でしょ」
「ラッキー? どこが?!」
冗談! アンラッキーの間違いだろ。それどころかアンラッキーで済むレベルを確実に超えてる。
「運いいじゃない。少なくとも、超上流階級で衣食住には困らない」
「政変さえ起こらなきゃな!」
そうだ。下手に上流階級なんて肩書が付いてるせいでいつ寝首を掻かれるかもわからない。夜も満足に眠れない生活の一体何が恵まれてるって言うんだ!
なのに、
「起こさせなければいい」
「はァ?」
起こさせないで起こらなきゃこれまでの人類史上、クーデターなんて起こってないんだよ!
為政者がどんな善政を敷いても人間の欲や利害なんて人の数だけあるんだ、いつどこで欲に目が眩んで暴挙に出る奴が現れないとなぜ言い切れる? 裏切りは人類史そのものだ、どんなに信じてたってこっちに爪の先ほどの落ち度もなかったとしたって、人間ってのは突然思わぬ行動に出たりするもんなんだよ、そんなこともわからないのか。
倭代のあまりにも楽天的な考え方に呆れ果てた。どれだけ自分に自信があるのか知らないが、こいつは世の中って奴を知らなさすぎる。
だが。
「起こらないのよ、政変なんて」
「だから何でそう言い切れるんだ!」
そんな根拠が一体どこにある!?
「歴史上起こってないからよ」
「。」
…。
「――…え…?」
それは思わぬ角度からの指摘だった。
「卑弥呼は一般に242~248年の間に死んでるってことになってる。生年の記録はないし、今が西暦何年かわからないから確かなことは言えないけど、それでも卑弥呼が死ぬまで政変が起こった記録はないし、卑弥呼が長生きした記述もある以上、この身体の外見年齢から考えてもこの先20年や30年の間に政変なんて起こりえないのよ」
「…」
まさか、未来のことに対して数字まで出して論証されるとは思ってもいなかったからとっさに言葉が出て来なかった。
だが、冷静に考えてみても確かにそれなら理論として筋は通っている。卑弥呼が暗殺されたなんて話は聞いたこともないし、卑弥呼の死後国が乱れたとは言われていても彼女の存命中日本は平和だった、と言うのが教科書でも習うレベルの通説だ。死後ものすごい規模の墓が建てられたとも言われてるし、卑弥呼は死ぬまで失脚しなかったと考える方が自然だ。
しかし。
「倭代、お前は一番肝心な点を見落としてる」
その説は成り立たない。
「何を?」
「史実には俺達と言うイレギュラーが存在してない」
史実通り、本当に卑弥呼が卑弥呼として生きていたなら確かに歴史はその通りだっただろう。
だが、本来卑弥呼であるべき姫巫女は既にこの世に存在しない。と言うことは、倭代が卑弥呼に成り代わってしまった時点で歴史は改変されたと考えるべきだろう。倭代が卑弥呼であるこの世界において「卑弥呼」が政変に巻き込まれず長生きすると言う歴史が繰り返される保証はどこにもない。むしろ、中身が入れ替わってしまったことで歴史はより不安定になった可能性だってある。
だが、倭代の考え方は俺とはまったく違っていた。
「じゃあ聞くけど私たちが史実上のこの時代に存在してなかったと考える根拠はどこにあるの?」
「。」
…え?
「私たちが歴史上のイレギュラーだって、一体誰が決めたの?」
「それは…」
考えもしなかった発想だった。
「私たちがここに飛ばされて来ることの方が既に起こっていた史実かもしれないじゃない」
「それこそありえない!」
それが正しければ俺達が過去に戻ることが俺たちが生まれる前に既に起こっていたことになるんだぞ? そんなタイムパラドックスこそ成立しえない。だからこそタイムスリップなんてのはあり得ないとされてるわけで…
「逆よ」
それでも倭代は退かなかった。
「私たちが過去に来ることが1800年も前に既に起こっていたから未来の世界でタイムパラドックスが起こらずに済んでるのよ」
「生まれてないのにどうやって!」
その説自体が既にタイムパラドックスだ。過去が先になければ未来も成立しない。親が生まれる前に子供なんて絶対に生まれないし、歴史は純粋な時間の積み重ねだ。過去と言う土台があって初めて現在、そして未来が成立する。未来に置かれた石を過去の土台にむりやり組み込むことは歴史そのものを根底から崩しかねない行為に他ならない。
だが。
「時間が過去から未来へと一方向だけに流れてるなんてこと、誰が決めたの?」
「それは…」
四次元理論だ。三次元で生きている人間には干渉できない世界の話。時間の流れを捻じ曲げることは三次元ではできない。
だが、理論上は――…
「実際に人がタイムスリップしていたとしても、タイムパラドックスは決して起きない」
いや、現実に過去を見ることくらいなら、実は日常的に誰もがやっている。
「それは、タイムスリップした先の未来そのものが既に過去で起こっているから」
例えば太陽。俺達が当たり前に見ている太陽は実は常に光速分だけ、8分19秒前の姿でしかない。現在に存在する人間が過去の太陽の姿を現在の太陽の姿として遅れて見ているのが現実だ。
「時間は別に、常に順番通りに並べられてるわけじゃない」
つまり、地球上の「現在」の中で、太陽は常に8分19秒前の「過去」の世界を生きていることになる。
「私たちが生まれるずっと前に既に私たちの未来はこの時代にあったのかもしれない」
それはすなわち、現在の中に同時に過去が存在していると言うことを意味していることにもなるんじゃないのか?
「もちろんそれを証明することは私にはできないけど」
だとすれば俺の未来は。
「それを否定することだってあなたにはできないわよね?」
俺の将来は、最初から――1800年も前のこの時代に既にあったのかもしれないと言うこと。