Autoritätsdusel - 権威主義 - ?!
「――さて」
とりあえず腹ごなしは済んだ。そろそろ本題に入るべきだろう。
「蘭引の件、どうなってる?」
「ああ、あのけったいな奴な。試作品はできてる」
「…さすが赤金…」
試作品とは言えもうできてるのか。あの簡易的な図解と理論的な構造説明だけで作り上げてしまうこの理解力とそれを実際に作り上げてしまう再現能力は本当に信じがたいものがある。この外見と性格さえもう少しマトモだったなら今頃は確実にもてはやされていただろうに…結局人間見た目が第一ってことなのか。
「ただ、あの水の出口になってる筒の部分が壊れやすくてな…」
そう言いながら奥から出して来た蘭引は、さすがは天才・赤金。三段構造の胴体部分は期待以上に注文通りの仕上がりになってはいたものの、気になるのは何やら間抜けな穴が開けられていたことだ。場所からしてどうやら蒸留後のアルコールと水を分岐して流す管が取り付けられているべき辺りみたいだが――…
「今対策を考えてはいるが、どうせ壊れるなら最初から穴だけにして竹筒か何かを挿して使う形にしたらどうかと思ってな」
「…ああ。なるほど」
確かにこの時代、雪平鍋の縁みたいに容器の縁を一部摘まんだような注ぎ口は存在していてもまだ急須みたいに口の狭い筒状開口部を持つ土器は存在していないからな。そもそも21世紀だって急須の注ぎ口は輸送時には緩衝材にゴムキャップが付けられているくらい筒状の細い部分は壊れやすいんだ、何も考えずにうっすらとした記憶を頼りにただそのまま描き込んでしまったが、この時代の土器の技術であんなものを薄く細く作ろうとしても限度があるんだろう。
どちらにしてもまずは何を措いても蒸留ができることが最優先だ。隙間のない三層構造の本体の方さえできていれば今は御の字。最優先事項さえクリアされているなら残りの問題点はひとつずつ後から潰して行けばいいだけの話。
「機能するのか?」
「さあな。これで何やりてーのかわかんねー以上俺には確かめる方法ねーし」
「そりゃそうだ」
確かめるにしてもそもそも蒸留ってのが一体何のためにする行為なのかを理解していなければ話にならない。こう言う構造の物体をこうすればこうなる、と言う説明だけは理解していても、それが一体何をしているのかまでは説明していない以上、赤金にその機能を確認する術はない。ただ単に熱して冷やす、と説明しただけでは化学知識のない赤金にはそれが液体の中身を分解している行為だなんてことは想像も付いていないだろう。
まあ、そのくらいは俺だってわかっていたからこそコレを持って来ているんだけどな、倭代に頼んでまでして。
と言うわけで竹の水筒に入れて持って来た浄酒の出番だ。濁酒の上澄みを濾しただけのものだから21世紀の清酒とは比較にならない透明度でしかないが、それでも固形の不純物は極めて少ない。これなら釉薬の塗られていない蒸留器でも焦げを出すほどこびりつく心配もないだろう。
「なんだそりゃ?」
「浄酒」
この蘭引は直火焚き用だ。最下層の加熱槽を焚火の上で固定できるよう石で簡易的な竈を組み上げ、慎重にその上に回収槽を載せてみる。更にもう一段載せなければならない以上、安定性の確認は欠かせないわけだが、
「それが浄酒なのか?! ひと口飲ませろ!」
「ちょ…っ、成功したら飲ませてやるから今は穴に差し込むのにちょうどいいサイズの竹でも探して来てくれ!」
赤金が酒好きなのはこの外見から予想はしていたが、それにしたってこの喰い付きよう…苦労して作ったばかりの自分の作品を壊す気か、こいつは?!
壊れないよう慎重に作業していた自分がバカバカしくなって来る。
仕方なくウドに頼んで赤金を引きずらせて行かせ、俺は俺で慎重に蘭引を組み立ててはみたものの――やっぱり専用の台も必要だな。もしくは長い足を付けて貰うか…高さもあるし、こんなにグラグラしてたんじゃいつ倒れるかと冷や冷やして蒸留している間中目が離せない。倒れそうになっても支えようとして直接触ったらこっちが火傷するし。
だが、それでも確かにさすがは赤金、少なくとも見た目は完璧だ。これだけの技術を持っているのに正当に評価されていないことに他人事ながらつくづく苛立ちを隠せない。世の中何かが間違っている。あいつにはこの時代に既にここまでできる技術があるってのに。
ともあれ、とりあえず組み立てまでは終わった。後は焼酎を受ける器と、何より冷却槽に入れる冷水が必要だ。こう言うものがあることは知ってはいても実際に使ったことがあるわけじゃないからどの程度の量の冷却水が必要になるのか見当も付かないし、結局知識や理論だけじゃ何の意味もないんだよな…最後は試行錯誤ってことか。
なんて奥に並んでいる赤金の土器コレクションの中から適当なモノを勝手に拝借しようと物色していてふと気が付いた。
そう言えば――蒸留するのに欠かせないからこっちは何も考えずに描いた設計図だったが、この時代蒸し器なんて存在していないよな?
蘭引の真ん中、回収槽は蒸気だけを通すために底に複数の穴を開けた形状になっている。だが、ここにある土器にはどれひとつとしてそんな不自然な形状の土器は存在しない。
何も言わずに当たり前のように設計図通りに赤金が作ってくれたからこっちは気付きもしなかったが、こんな小さな部分でも赤金にとっては初めての試みで意味不明な構造だったはずだ。なのにアイツは何の疑問も呈することなく俺の説明だけであれが「蒸気を通すための穴」であることを理解して土器の底に穴を開ける方法を自力で考え出していた。
原理を知っている俺にとっては単純に棒か何かで突けば土器に穴を開けられることは簡単に思い付くが、土器はそもそも何も漏れ出さないように穴を作らないのが大前提になっている容器だ。その土器にわざわざ穴を開けるなんて発想を受け入れるだけでもこの時代の人間にとっては大変なことだったはずなのに――…今思えば「底に穴を開ける」と言う俺の意味不明な設計図から管の部分にも穴を開ければいいのだと言う発想にたどり着いたんだろう。
あの一見不細工な構造も、そう言う大前提のない時代の人間にとっては一大発見だったはずなんだ。もしかしたら急須の注ぎ口でさえ赤金のこの「穴を開ける」と言う発見があって初めて可能な技術なのかもしれない。
こう言う小さなひとつひとつの創意工夫の積み重ねが後の世界で「常識」として定着して行く――未来人にとっては何も疑問にも思わないような些細なことでも、この時代の人間にとっては世紀の大発見だったりする。
――赤金もそう言う意味では実はウドと変わらない。未知のモノに対する柔軟性、許容力が非常識レベルに高いからこそ何でも受け入れて次に繋げて行ける。
俺は――未来の知識をホイホイと安易に教えてしまう倭代にずっと危惧を抱いていたが、現実には教えたって教えられる側にその価値を理解できなければ実は何の意味もないんだ。その知識を使いこなせない相手にいくら教えたところでそんな知識はないのと同じ。
つまり、赤金達が使いこなせてしまうからこそ問題だと感じていただけであって――だとすればそれは逆なんじゃないのか? 使いこなせるのならそれはこの時代の人間の能力であって、俺達が与えた知識はこの時代の人間の知識ってことになるんじゃないのか?
Autoritätsdusel ist der größte Feind der Wahrheit.
( 何も考えずに権威を敬うことは真理最大の敵である )
確かに俺達が与えた知識はこの時代の人間にとっては世紀の一大発明のきっかけにはなったかもしれない。だが、その知識をきっちり形にしたのはあくまでもこの時代の人間達だ。現に俺達には何の技術もなく、実際にモノとして作り上げているのはあくまでもこの時代の人間達だ。
だとすれば、それは未来人である俺達ではなく、あくまでもこの時代の人間達が成し遂げた事実に他ならないんじゃないのか?
俺は――自分が未来から来たと言う権威に奢り、自分達の方が優れているなんて傲慢な考え方に支配されていただけなんじゃないのか?




