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Iam estis  作者: Muffin
タイムスリップ
8/85

倭代

「…まずはあなたに聞きいことがあるんだけど」

「何を?」

 突然改まった顔をされて戸惑った。

 何だ? さっきまでめちゃくちゃ寛いでた癖に…

「あなた、もしかしてあの時(・・・)の男の人?」

「。」


   …あの時?


『平気か?! 今助ける!!』

『あなたは…?』

『自己紹介は後だ!』


 反射的に思い出したのはなぜかあの瞬間だった。俺が白沢伊槻だった頃の最後の記憶。あの時傍にいたのはあの女だけ。なら俺同様に、同一人物であったとしてもあの時の女と姿かたちが変わっていても何の不思議もない。何しろ人格だけが完全に入れ替わってる状態なんだ、極端な話、姿かたちどころか性別だって違っている可能性だって十二分にある。

 まあ、彼女の場合は女だってことだけは名前からわかっちゃいるが…年齢的にも大差ないし、見た目も年齢も著しく変わってる俺があの時の男だと認識するよりは彼女のケースの方がよほど抵抗感なく受け入れやすい予測だろう。


   ――…て…。


「お前あの時の女か!!」

「何か言い方カチンと来るんですけど」

「あ、ああ、悪い」

 しまった。この異常事態のせいで初対面も同然なのに、何となく勢いに流されてタメ語になって――…

「って、あんたが先にブロークン始めたんだろうが!!」

「ブロークンと初対面の人間をお前呼ばわりするのとどっちが失礼なのよ」

「…。」

 そ、それは男言葉と女言葉の違いと言うかだな…っ

「はいはいはい、男にだけ都合のいい性差別主義者理論~」

「…。」

「汚い言葉、暴力的な言葉で相手を圧倒してマウンティングとか、自分から人間としてのレベルの低ささらけ出してるだけってことにも気付かないなんて、ほんっとバカ丸出しよね」

 反論できないところが余計腹立つ。

「ま、それはとりあえず措いておくとして」

「措いとくのかよ!」

 だったらそもそも始めるなよ!

「やっぱりあの人だったのね。状況から考えて可能性があるとすればそこだけだなって、一縷の望みではあったけど」

「一縷の望み?」


   ――って、何の?


「今後どうするにしても正直、こんな状況でひとりきりじゃお手上げだもの。ひとりでも仲間は多い方がいいでしょ」

「そりゃまあな」

 実際俺自身同じ境遇の奴がいるとは考えもしなかったからパニックしてたわけだし、だからこそ何の解決にもならないとわかってはいても「同じ生贄にされた者同士」なんて共通項に縋り付こうとしたわけで―― しかし、相手が同じように吹っ飛ばされて来た現代人なんて境遇まで一致するならまた話は違って来る。戻る手段を探せるかどうかはともかくとしても、この女なら少なくとも、何か困った事態になった時腹を割って相談できる相手にくらいはなるだろう。

 ストレス環境下では安心して話ができる相手がいるだけでも精神的安定度が全然違うものだ。人間は社会的生物だから完全な孤独環境が精神的には一番堪える。

「っつか、なんで俺が現代人だとわかったんだ?」

 とりあえずまずわからないのはそこだ。あれでも一応言葉には気を付けていたし、以前俺が誰だったかなんて詳細はともかくとして、いくら自分と同じ状況とは言え、あんな日常会話レベルの話から俺の中身が入れ替わってるなんて非常識な事態がバレる根拠はどこにもないと思うんだが。

 ところが、返って来たのは意外な言葉だった。

「白眼視って故事」

「…白眼視?」

 って、ああ、そう言えば「白い目で見られて」どうのこうのって…いやいや、何でそんな言葉くらいで俺が白彦でないとわかるんだ? そりゃまあ故事なんてそれなりの教養がなきゃ知らない可能性も高いかもしれないが、この白彦ってのはそれなりの身分らしいし、充分な教育を受けてる可能性だってゼロとは言い切れないだろう。

 なのに、倭代は疑う余地などそれこそありえないとでも言いたげにきっぱりした口調で言い切った。

「ありえないのよ」

「だから何で」

「白眼視ってのはね、三国時代末期、魏の阮籍が語源になった故事で卑弥呼とはほぼ同時代の人物なの。仮に白彦が魏で教育を受けたスーパーエリートだったとしても、そもそもまだこの時代にはどう考えても教養として存在してたはずがない故事成語なのよ」

「…。」


  理系の俺が知るワケないだろ、故事の成立時代までなんて!


 まさかそんなところでバレるとは…文系、侮りがたし。

 でも、そんなわざわざ既知の知識になってるかもしれない故事成語使うなんてリスク犯さなくても、もっと楽な方法が他にあったんじゃないのか?

「現代人かどうかを探るだけならもっと現代の流行語使うとか…」

「それは既に試してみたんだけどね」

「…早っ」

 さすが異常に適応能力高いな、こいつ。まあ、こいつがいつ目覚めたのかは知らないが、この適応力がなきゃこの異常事態に既にここまでの対応はできていないだろう。俺みたいにただパニックになってた人間とは環境に対する柔軟性がまるで違う。

「考えてもみてよ。あなた普通に現代語話してるでしょ」

「。」

 言われてみれば確かに…この時代なら教科書で習った古文よりも更に古い言語でなければ通じないはずだ。でも俺もスズも普通に会話が成立していた。古文なんて間違っても得意分野でなかった俺の能力から考えてみても無意識に古語を話してたなんてそれこそありえない話だ。

「つまりね、どうやらどんな言葉を使っても時代の違いだけなら相手には都合よく勝手に翻訳されて伝わるみたいなのよ、このファンタジー環境では」

「…なるほど」

 だとすれば、何か現代語特有の表現を使ったとしても相手にはその人物の使う言葉の中で最も適当な単語に自動的に翻訳されて伝わってしまう可能性が高い。流行語じゃ意味がないってことか。

「そもそも卑弥呼だってこの時代はハ行音が存在しなかったから正確にはピミコのはずなのよ。あなただって私がピメミコと呼ばれてるようには聞こえてないでしょ」

「ぴめみこ…」

 え…この時代の日本語って、ハ行じゃなくてパ行だったのか?

 知らなかった。っつか、考古学ってのは現物の残ってない音声まで解明できるもんなのか。

「この学説唱えた学者が不敬罪で掴まったなんて話もあるんだから」

「何で?」

 ハ行とパ行が入れ替わってたくらいで何で不敬罪になるんだ。

「初代の神武天皇の(いみな)彦火火出見(ひこほほでみ)って名前だったから」

「ヒコ、…何だって?」

 出たよ。なんか日本神話に出て来る登場人物って、無駄に長くて意味不明な名前が多いんだよな。で、それが不敬罪と一体何の関係が…

「ピコポポデミよ、ピコポポデミ。当時の天皇現人神(あらひとがみ)時代に不敬罪適応するのには充分な音の響きだったんでしょ」

「ピコポポデミ…」

 何と言うか…いや、確かにポケモンの一種か何かにしか聞こえない名前ではあるが、不敬と言われてもそれが当時の常識だったんなら仕方がないだろうに。むしろ現代の常識を2000年も前の常識に強要する方が常識的に考えて無理がある。常識なんてのは集団ごとに全然違っていて当然のものだし、それどころか同一集団の中でも世代ごとどころかモノによっては数年でも簡単にひっくり返る程度のものだ。常識に絶対不変の基準なんか存在しない。

「不敬罪なんてパワハラ人間の知的レベルなんて所詮その程度ってことでしょ」

「パワハラ…」

 いや、まあ確かにその通りなんだが。

「ま、それはともかく」

「。」

 グタグダになりかけたその場の雰囲気を、しかし倭代は突然目の表情ひとつで改めて見せた。きっと、こうやってこの女はこの異常事態を収拾して見せたんだろう。

「協力して欲しいの」

「…協力?」


   って、何を?


「私は立場上、あんまり自由には動けない。だからあなたには実際の情報収集とか実務的なことを頼みたいんだけど」

「…情報収集?」

 そりゃまあ、こんな何もかもわけが分からない状況下では、何は措いてもまずは情報が必要なのは俺も同じだから構わないが…

「もちろん、それに必要な準備や手筈なんかは私の権力で手配するから」

 いや、もちろん仮にも一国の女王なんだから財力も権力も保障はされているだろうが、まだ状況的には何もわかってないだろうに、そんな断言なんかして大丈夫なもんなのか?


   ところがだった。


「女王じゃないわよ、まだまだ( ・・)

「。」


   …。


「へ…?」

 と、その時。

「――姫巫女様、そろそろよろしいでしょうか?」

 突然壁の向こう側からさっきの上級侍女らしき女の声が聞こえて来て。

「わかりました」

 わかった、って、一体何が…

「即位式。今日、今から私がこの邪馬台国の女王になるらしいから」

「今から?!」

「神籬の儀ってのは、そう言う儀式らしいのよ」

 ひもろぎって、確かあの、非人道的殺人儀式のことだったよな?

「あれで女王候補の巫女とその補佐役の「白彦」のふたりともが生き残れば女王誕生。どちらか片方でも死ねば通例通り男王が即位。私たちはふたりとも生き延びちゃったことになってるから、ここに奇跡の具現者による神権政治の女王が誕生するってわけよ」


 な、なんだって?!?!?!






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