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Iam estis  作者: Muffin
薬局
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薬局?!

 とは言ったものの――俺だって所詮はただのサラリードクターだからな…ウドの職探しなんて営業的なのは丸っきり専門外っつか…正直そう言うの俺の方こそ苦手なんだよ、ぶっちゃけて。

 勢いで来てはしまったものの、今更後悔だ。俺が何とかしてやらなきゃ、と言う現実はわかってはいるが、これこそ人間出来ることとできないことがあるってなもんで――正直一番苦手な分野を自分から引き受けてしまった現実に、オイオイオイオイ白沢伊槻、お前が他人のこと言えた立場なのかよ、なんてツッコミが止まらない。


   しかも。


「――あの…白彦様。ホントにウチなんかに来るんすか…?」

「何か問題でもあるのか?」

 遠い…想像よりずっと遠いぞ、ウドの家! そりゃまあ王宮からの直線距離ではないにしても、それにしたってコイツ、この距離を毎日歩いて日参してたってのか?

 ホントどうなってるんだ、この時代の人間の体力事情は…車とは言わない。だがせめて自転車でもあればの距離だぞ、これは。


   オマケに。


「問題っつか…白彦様みたいな方に来てもらうようなとこじゃねーっつか…」

「…お前がそうやって言葉を濁す時は大抵問題がある時だろ」

「…。」

 黙り込むウドに、これは――何か相当な事情があるなと、俺でも何となくそのくらいの想像は付く。つまり、非常に嫌な予感はしていた。

 嫌な予感はそれなりにしていたが、だがしかし。

「…。」

 辿り着いたウドの家は、すごいことになっていた。そりゃまあ鍵なんてそもそもない時代だし、竪穴式住居だってのもわかってはいたが、

「――何がどうしてこうなった…」

「…はあ」

 荒らされたい放題じゃないか! 空き巣にでも入られたのか?!

 棚には薬草を入れていたんだろう壺の破片や壊れた木製の箱なんかの形跡こそあったが、どう見てもあちこち無理やり引っぺがしたり取り外したりした感じで荒らされまくり、囲炉裏には鍋どころかくべる薪もない。必要最低限のモノしか置かない生活なのはわかってはいたが、それにしたって家だって力任せに何かを外したのか結構マズいことになっている部分もあるし、これじゃいわゆる「必要最低限」さえ揃っていないのは明白だった。

「婆ちゃんの形見に持ってくって小父さん小母さんたちが…」

「で、生活必需品まで気前良くくれてやったのか?!」

 (むしろ)はどうした?! これじゃ土の上に直に寝るしかないだろうが! 掛け布団になるようなものだって見当たらないし!

「いや、でも婆ちゃんの形見に欲しいんだって言ってて…」

「お婆さんのじゃなくてお前の私物までやってどうするんだ!!!」

 バカだバカだと自称してはいたが、正真正銘本物の大バカだな、本気の本気で! それでなくてもギリギリの生活しかしてないのに、なんでそんな何もかも持ってかれて何の抵抗もしないんだよ?! 自分を守るためくらいにはちょっとくらい強欲にもなれよ! バカすぎだろ、お前!!

 だ、ダメだ…これは放っておいたら間違いなく食い潰されるパターンだ。本気で俺が何とかしてやらないと…。


   なのに。


「それはそうっすけど、でも俺にはこれがありますし」

 そう言ってウドが見せてくれたのは、使い込まれてボロボロの背負子だった。そう言えば毎日毎日必要もないのにこの背負子だけは背負って来るんだよな。王宮に来るついでに何か運んでいるのかとも思っていたが特に何か運んでいる様子はないし、赤金のところに行った時は俺を背負うためとか言っていたが、

「婆ちゃんに頼まれた薬草運んだり、婆ちゃん背負ったり…これだけあれば婆ちゃんの形見なんて俺には充分っすから」

 そんな、作ろうと思えば不器用な俺にだって一日もかからずに作れそうな貧相な背負子ひとつで満足できてしまう、なんて欲のない男なんだ。

 だけど、そのくらい――ウドにとってはそのくらい老婆との思い出は大切なモノだったんだろう。それ以外何もいらないと言い切ってしまえるくらい、大切な思い出がいっぱい詰まっているんだろう。

「…決めたぞ、ウド」

「?」

 だとしたら、これしかないじゃないか。そもそもウドにできるのはそれしかないんだから。

「ここに薬局を開く」

「…やっきょく?」

 ウドは老婆の代わりにずっと薬草を集めて来る仕事をしていた。薬草そのものにどんな薬効があるのかは知らなくても、少なくともここにあった薬草をすべて自力で採集して来る能力とそのための知識と技術は既にある。それは他の誰にも真似のできないとんでもない専門技能だ。老婆がウドに残した、唯一にしてこれ以上はない最高の遺産だ。

「――全部思い出せ」

「…は?」

 両手でその両耳をひっつかんで俺の方に向け、真正面から睨み付けるかの如く真剣な眼差しで見詰められたウドは完全にたじろいでいた。が、そんなことに構ってやれる余裕は俺にはない。

「ここにあった薬草と、それをお婆さんがどんな患者に何と言って渡していたか、なんでもいい、どんなに些細な記憶でもいいから思い出せることはすべてその脳みそから今すぐ片っ端から絞り出せ!」

「あ、あの…白彦様…?」

 ダラダラと冷や汗を流しながら、ヒョロヒョロと目の泳ぐウドが相当動揺しているのはわかってる。


   だが。


「俺が処方箋を書いてやる。お前はその薬を患者に売るだけでいい」

「しょ、しょほう…何すか、それ?」

「いいから思い出せ! これはなんだ!? この壺には何が入っていた?!」

「え? えーと…そっちは確か(がま)の…」

 薬はどっちにしても俺にも必要なものだし、せっかくこの村の誇る知恵袋の残した偉大なる薬学知識だ、薄れてしまう前にきちんと後世に残すのが急務ってもんだろう。それに、ウドの記憶だけでなくそれまで老婆に世話になった(かんじゃ)達からも情報をかき集めれば、今ならまだかなりの薬草知識を再現することは可能なはずだ。

 その知識をきっちりとウドに体形的にまとめさせ、ゆくゆくはそのまた次の世代にと完璧に伝承させられるようになれば俺がいなくなってもこの国の土着民間療法がたくさんの人達を救っていけるようになる。

「――それって――もしかして俺が婆ちゃんみたいに薬草に詳しければ白彦様のお役に立てるってことっすか…?」

「役に立つどころじゃない、お前がいなきゃ俺の仕事は成り立たないんだ」

「やります、俺! 俺バカだけど、婆ちゃんの一言一句全部思い出してみせます!!」


 こうして俺は、ウド薬局開業に手を付けることになった。






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