空腹の理由
ついガラにもなく興奮してしまったが、刃金達の仕事を邪魔するのは問題だし、状況から改めてこっちも「作って貰いたい物リスト」を作るなど説明をきっちり整理する必要があることにも思い当ってまた出直すとの結論に落ち着き、再び黒金達の待つ家に戻ってみると、
「ともかく、食事にしましょう」
「いや、俺は別に腹は――…」
王宮で既に食べて来たし、と思ったが、
「白彦様のお口に合うかどうかはわかりませんが、…ウド。あなたお腹空いてるでしょう?」
「え? でもそんな、俺なんかがもらうわけには…」
「遠慮しないの。子供は食べるのも仕事よ」
できたばかりの質素だが具だくさんの雑穀粥を器にたっぷりと盛ってウドに手渡すその仕草に、俺はその時初めてウドが腹を空かせていたことを知った。何でこんな時間に料理なんかしているのかと訝しんではいたが、まさかウドに食べさせるために作っていたとは――さすがは乳幼児死亡率の極端に高かったはずのこの時代に五人もの子供を立派に育て上げた母親だ。他人でも腹を空かせているかどうかくらいは見ただけで分かるのか。これだから女の観察力ってのは侮れない。実際病院でも主治医より看護師の方がよっぽど患者の状態わかってたりするんだよな。
っつか、子供って…いや、確かにウドは20歳にはちょっとばかり届かないかもしれないが、こんな図体のデカい男でも親世代の女性から見れば所詮子供にしか見えないのか。なんて、ちょっと笑ってしまう。いや、今の俺だって充分子供か、この人から見れば。
そんなウドはしばらく食べていいものかどうか躊躇っていたが、
「ちゃんと噛んで食べるのよ」
と大きめの何かの肉の塊らしきものを手の中の器にポチョンと追加されると、さすがに空腹には勝てなかったらしい、
「いただきます!」
ガツガツとすごい勢いでかっ込み始めた。――って言うか、そんなに腹空かせてたのか…全然気付かなかった。こんなことなら王宮からおにぎりのひとつでも持って来てやれば良かった。あんまりいつも通りに王宮の外でニコニコ笑って待ってたから、まさか朝食を抜いて待ってただなんて考えもしなかった。
「。」
と、ふとそんな自分の考えに我に返った。
――朝食を抜いて…?
別にウドとは時間を決めて待ち合わせてるわけじゃない。いつでも城門の外に出るとそこにはウドがいて、だから当たり前のように外出する時はウドに道案内とボディガードを頼んでいたが――考えてみたらそもそもこの時代に時計の概念なんてないし、いつ行ってもそこにいるなんて、じゃあウドは普段自分の仕事を一体どうしているんだ?
たらり、と冷や汗が流れて来た。
普通に考えれば考えるまでもない話だったんだ。それでなくても食糧危機のこの時代、何もせずに毎日毎日その日来るかどうかもわからない人間をただ待ってるだけで食糧なんか手に入るわけがない。ウドがこれまで一体どんな仕事で食べ物を手に入れて来たのかは知らないが、今はそれさえもすべて投げ打って、気まぐれに外出する俺を毎日毎日渋谷駅前のハチ公のようにただただひたすら待っている――それで一体どうやって食糧を手に入れているんだ…?!
「ウドお前…っ、一体いつから食べていないんだ!?」
「いや、でもたまに婆ちゃんの残した薬もらいに来た近所の人が野菜とかくれたりするし…」
「たまにって…」
そう言えば前にあの老婆が村の人気者だったとかとは言ってはいたが、あの老婆、薬剤師的な存在だったのか…道理で薬草に詳しいはずだ。
だが、その老婆が亡くなった今、老婆の介護や手伝いしかしていなかったウドにそうそう都合良く稼ぎ口なんかあるはずもない。ましてやこの性格だ、要領良く立ち回って食糧を手に入れるなんてできるはずがないじゃないか!
挙句の果てに俺なんかを最優先にして仕事もせず…ロクに自己アピールさえできそうにないウドが喰い詰めるなんてことは、冷静に考えればそんなことくらいすぐに思い付いたはずだったんだ。
なのに、何も考えずにただウドの親切心を俺は勝手に期待して――…我ながらあまりの考えのなささ加減に自分でも眩暈がして来る。
『 運いいじゃない。少なくとも、超上流階級で衣食住には困らない 』
自分が衣食住に困らない生活を約束されているからって、他人もそれが同じとは限らない。むしろ現実は倭代の言う通り俺の方が特殊なんであって、ここは一日働かないだけでもその日食べるものにも困るような生活をしているのが当たり前な時代なんだ。
「悪かった、ウド! 全然気付いてやれなくて…っ」
「白彦様…?」
ただでさえ食糧の足りないこの時代、他人の善意の寄付だけで生きて行けるほど甘くはない。自分が生きて行くのに精いっぱいの量しかなければ他人には分け与えられない、善意の寄付なんて所詮はそんなものだ。そしてそれは仕方のないことだ。
「もう王宮になんか来なくていいから…っ、ウドはウドの仕事を頑張ってくれ!」
何が『独りで活きる』だ。ただでさえ騙されやすくて搾取されても自分からは何の権利も主張できないような性格のウドのことだ、必死に働いたって自分の食い扶持を稼ぐのだって大変だろうに、俺なんかのことに構っていられる余裕なんかあるはずがないじゃないか。
とは言え幸いウドには体力も筋力もある。その辺で畑仕事の手伝いをするだけでも今まで通りとは言わずともそれなりの収入は確保できるはずだ。王宮に来るなんて無駄な時間さえなければウドだってきっと――…
だが。
「いやっす!」
「…ウド?」
「俺、白彦様のために働くって決めたっすから! 毎日絶対王宮まで行くっす!!」
「いや、でもそれじゃお前の食べるものが…」
俺だって別に毎日外出してるわけじゃない。せめて王宮でウドを雇ってやれるならまだ話は別だが、残念ながら王宮は男子禁制――赤金ほどではないにしても、それでもそこそこタッパのあるウドが宮女に化けるのは無理がある。
かと言って、ただ王宮の外で座って待っているだけのウドに毎食食事を運ばせるなんてことを勝手にすれば、また強欲な権力者達に因縁を付けられるに決まっている。
「そんなの何とでもなるっす! 俺、白彦様のために働くって決めたっすから!!」
「実際何とでもなってないだろう!!」
既にそんなに腹を空かせていて何を言ってるんだ! たった二ヶ月やそこらでそのザマだぞっ、そんなんで持つわけがないだろう!
だが、ウドは自称通りの正真正銘のバカだった。
「でも俺決めたんす! 白彦様のために働くんだって決めたんす!!」
「そんなこと言われても俺にはお前を雇ってやれる権利はないんだ!」
「白彦様から食べ物をいただこうなんて考えてもいないっす!」
「じゃあどこから食糧手に入れるつもりなんだよ?! 人間霞だけ食べて生きられるわけじゃないんだぞ?!」
「そんなのどうとでもなるっす!」
「だから実際どうとでもなってないだろうって言っているんだよ!!」
堂々巡りだ。バカだバカだと自称してはいるものの、正真正銘の本物の大バカだ…世渡り能力ってもんが完全に欠如している。人間やりたいこととできることは別なんだ、現実を良く見てみろよ!
頭が痛い。これは俺が何とかしてやらない限り早晩本気でウドが餓死してしまう。
「――予定変更だ。ウド、それだけ食べたらお前の家に行くぞ」
訪問の約束をしていた赤金には悪いが、ウドの問題の方が緊急事態だ。こっちの問題を片付けない限り先には進めそうにない。
…何でこう問題ばかり起こるんだ…はあっ




