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Iam estis  作者: Muffin
医師
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医者の第一条件

「経過は順調みたいだな」

 一応清潔にしてしばらくは無理して動かさないように、と念を押してはおいたが、主治医として様子を見に行ってみると黒金の脚は驚くほど順調に回復していた。子供だから言ったところで大人しくはしていないだろうし後遺症の不安もあったが、成長途中の子供ならではの回復能力だったのかもしれない。心配していた感染症や壊死の兆候も見当たらないし、むくんでいたりと言った不安要素もない。これなら切り落とさずに済みそうだ。

 我ながらあの極限の状況でと言う意味では上出来だったと言っていいだろう。自分のモノとは思えない不細工な縫い目があまりにも痛々しくはあるが…自己弁護にしか聞こえないがあの設備状況ではこれが精いっぱいだった。

「黒金のためにわざわざこのような場所まで申し訳ありません、白彦様」

「いえ、こちらも赤金のところに行くついでもあったので」

 それに、執刀医としては予後の確認もこの目でしないと落ち着かないし、むしろ本来であれば翌日にでも来たかったんだ。

「しばらくは痛みを訴えることもあると思うので…」

奈伎良(ナギラ) ( = 柳 ) の枝ですね、あれからずっと忘れずに持たせています」

 さすがは天才児達の実母、話の通りが早い。この時代じゃ満足な教育なんか受けてもいないだろうに、母親の賢さが子供の賢さに直接繋がると言う倭代の話の説得力としては充分なレベルだ。普段反抗していても母親は子供にとっては結局のところ唯一無二の避難地帯だ、母親の言うことであれば素直に聞く傾向もあるしな。

「万が一発熱するようなことがあれば緊急事態の可能性もあります、躊躇わずすぐ王宮まで連絡を下さい」

 ったって、抗生物質どころか解熱剤もないから連絡貰ったところで何ができるわけでもないんだが…正直なところ。いざとなったら壊死が進む前に脚を切断するくらいしかできることはない、なんてまさかそんなことを教えてしまったら母親がそれを知っていてわざわざ連絡して来ることはないだろうし。

 なんて内心笑ってしまったところへ刃金が現れた。

「白彦様。こちらなんですが…」

「?」

 一瞬何を言われたのかわからなかったが、手に何か小さなものを大切そうに持っているのが目に入って思い出した。そうだ、刃金にはメス作りを依頼していたんだったっけか…黒金(クランケ)の方ばかり気になっていてすっかり忘れていた。

 だが、

「教えた方法で作れましたか?」

 と改めて聞こうとしたその時だった。

「――あなた方は一体何者なのですか…?」

「?」

 先手を打たれて刃金の不審感さえ孕む視線に晒され言葉に詰まるしかなかった。

「作ってみて初めて分かりましたが、こんな刃物は見たことも聞いたこともない。なぜあなた方はこのような鉄の作り方を知っているのです?」

 そう言って見せられたメスはあの適当な図解説明を基に作られたとは思えない、想像以上に見事な出来だった。磨き上げられた刃先は薄く鋭く、実際に切ってみなければ切れ味はわからないが、少なくとも見た目だけなら充分手術に耐えられそうなシロモノだ。もし黒金の手術の時にこれがあったならもっと小さな傷口だけで済んだのに――つくづく悔やまれてならない。

 なんてことを考えている状況じゃなかった。どうする? いつもの倭代のハッタリをそのまま使わせて貰うしかないのか?

 医療の基本は患者との信頼関係だ。そのためにも嘘を吐くことは極力避けたい。だが、本当のことを話したところでそれはそもそもそう簡単に信じて貰えるような話ではないし、むしろ相手に事実以上の不信感を抱かれるリスクの方がよほど高い。

「――詳しい事情は話せませんが、わけあって技術を学ぶ機会に恵まれただけです」

 嘘は吐いてはいない。正真正銘本で読んだりして得た知識だから嘘こそ吐いてはいないが、果たしてそれで納得して貰えるのかどうかとなればかなり怪しいのは自分で言っていてもよくわかっている。だが、それでも今は信頼して貰うしかない。

 そんな苦しい言い逃れしかできなかったが、刃金の疑問は実はそんなところにはなかったらしい、

「――ひとつだけ聞かせて下さい」

「俺で答えられることなら」

 頼む。回答できる内容の質問であってくれ。

 そんな内心の祈りに真っ向から立ち向かうかのような真っ直ぐな眼差しで、

「――これで――あなたは人を傷付けようとしているのですか…?」

「。」

 思いもよらなかった質問だった。この時代鉄器は貴重品だ。そして大乱のこの時代、何よりも重要なのは武器でもある。鉄は基本的に武器に使われるもの、それが大前提の時代だ。

 そこへこんな切れ味の鋭いナイフを作らされて、他人を攻撃するのに使うにはあまりにも小さなものだとは言え武器だと考えない方がおかしい。鍛冶師とはこの時代、イコール武器職人と言ってもいい時代なのに。


   でも。


「いや、それは人を助けるためだけの物です」

 メスに治療以外の用途はない。

「だが、昨日誤ってその刃に触れた職人がひとり怪我を負いました。軽く触れただけであれだけの出血量…それは非常に攻撃力のある武器だ」

「…。」

 ああ、なるほど。切れ味も既に確認済みってことか。確かにメスは使い方次第で充分強力な武器にもなる。だが、そこには根本的な大前提が含まれていない。

 医者に人を傷付けると言う選択肢はない、そんな何物にも譲れない大前提が。

「一体何のためにそんな武器をあなたは必要としているのですか?」

 そして――多分、刃金は武器を作っている自分の境遇に疑問を抱いている。きっと戦争には反対しているんだろう、そうその真っ直ぐで、こんな危険なモノを欲しがっている俺に対する警戒心、敵意と言ってもいいモノさえ孕んだ瞳は物語っていた。

 だが、ここで嘘を吐くわけには行かない。疑われている今こそ逆に確かな信頼を勝ち取る千載一遇のチャンスなんだ。

「それは、医療のためのモノです」

「…医療?」

 俺は倭代とは違う。ハッタリやその場しのぎの口先の技術なんて何もない。ゆっくりと、じっくり言葉を選んで話すことしか俺にはできない。

「ケガや病気をした時、身体の内側に悪いものがある時は取り出さなければならないこともある。その時患者の身体に付けなければならない(くち)をできるだけ小さく済ませるためにその切れ味が必要なんです」

 黒金の時のように、ただ単に切るだけならこの時代のナマクラでもできないことはない。だが、回復した後のQOL ( 生活の質 ) を考えた時の傷口は小さければ小さいほど身体に残す負担を軽くする。結果的には人の身体を傷付ける道具でしかないのは確かに事実だが、回復後の影響だけを考えればその切れ味の差は天と地ほども価値が違う。

 しばらく睨み付けるかのように俺の目をじっと見詰めて沈黙を守った刃金の視線から目が逸らせなかった。ここで目を逸らしたら医者としての俺は終わる、そんな直感がその時の俺には確かにあった。


   そして。


「――あなたの医療行為は見たことも聞いたこともない」

 そりゃまあ、この時代には恐らく世界中どこを探したってまだ存在しない技術だからな。

「だが、それでも黒金を助けてくれたのは事実だ」

 そう。予期せぬ成り行きのせいとは言え、俺は事実を先に作ってしまっている。

「あなたがこれをどんな風に使うのかはわからないが、それはあくまでも人を助けるためなんですね?」

「それを人を傷付けることには一生涯絶対に使わないと約束する」

 誰に言われなくたって、医者がメスで人を傷付けるなんてやるわけがない。命を賭けたっていい。

 そして、俺は――勝ったんだ。

「――わかりました。倭代殿にお伝え下さい、犂鏵が完成次第お届けに上がりますと」

 相手の信頼を勝ち取ること、それは医者がまず獲得すべき第一の勝利だ。患者やその家族との信頼関係無くして治療なんてものはあり得ないんだから。






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