サラリーチルドレン?!
「だから、子供には勉強の対価として給料を支払うのよ」
「。」
…。
「―――――――――――――――――― は?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「勉強は仕事なのよ。仕事してるんだから報酬を受け取るのは当たり前じゃない」
「待て待て待て待て」
授業料を徴収するどころか、学校に通って給料を貰う? 聞いたこともない。防衛大学じゃないんだぞ?
なのに、相変わらずこの女の発想はぶっ飛んでいた。
「子供の教育費は親が支払うとか、その時点で間違ってるのよ」
「とは言っても世界中どこの国でも大抵そうなってるだろう?!」
子供を学校に通わせるだけで給料が貰える国が一体どこにある?!
あまりにもありえない発想をぶちかまして来たトンデモ女王に、さすがに根底からの否定も出て来たが、
「それは家の外で働いてお金と言う唯一無二の物体を運んで来ることにしか労働価値を見出すことを許さない男が男尊女卑構造を正当化するために考え出した発想だからでしょ。年端も行かない子供に学校に通うだけで稼いで来られたらそれこそ男は立場ないもんね」
「…辛辣だな」
まあ、確かに男が「一家の主」とか言っていられるのはそう言う社会的大前提があるからであって、赤の他人の家事代行には賃金を支払うのに、家族の家事労働には一切の賃金を支払わないのは考えてみりゃふざけ切った話ではあるんだよな。実際、父親が倒れるより母親が倒れる方が即日性の問題と言う点では圧倒的に母親の方が家庭に与える影響が大きい。それだけ母親の労働力に依存している証拠だ。
なのにそれを無償で当然と考え、せいぜい小遣い程度でマトモな賃金を支払わないことが世界中で当然のこととしてまかり通っている。家事労働は生活に必須の労働ではあるが基本的には経年劣化でマイナスになるものをゼロに戻すのが主の家庭内での労働でしかないから現金は生まない。だが、現金を生まないのはそのサービスを享受している男や子供がそれに対して正当な報酬を支払わないからであって、そう言う男に都合の悪い部分だけは完全に黙殺する社会が既に出来上がってしまっているからと言うだけの話だ。
だから、子供の「労働」である通学に「対価を支払う」と言う発想には決してならない。家事や勉学に賃金が発生したら、男の家庭内での優位性の後ろ盾になる「収入源」と言う唯一の武器の価値が激減するのがわかっているからだ。実際、家事労働を法定最低賃金に換算してそれだけの給料をキッチリ妻に支払える男なんてそうはいない。それどころか今や妻のパート収入を当てにしなければ家族の生活費すら満足に賄えない程度なのが「一家の主」の現実だ。
そんな現実をうやむやにしてでも男の優位性を保つためには、あくまでも家族は全員男の収入だけを頼りに生きているものなのだと信じ込ませるしかない。そのためには子供ごときが満足に稼げてはならない。
保身に走った、あまりにも愚かすぎる小物の発想だ。
そして。
「それが間違ってるとわかったからこそ21世紀はどんどん授業料無償化の方向に流れてるんでしょ」
「それは…」
痛いところを突かれた。
「大体よく考えてもみてよ。子供の教育水準が上がって一番得をするのは一体誰?」
「そりゃ子供本人と――親の後顧の憂い対策?」
子供の収入が保証されていれば親は安心して老後を迎えられるからな。保険制度のないこの時代なら親の安心は猶更だろう。
だが、倭代の視線はやっぱりもっと遠くを見ていた。
「ハズレ。一番得をするのはこの国そのものよ」
「。」
『 教育は時間もお金もかかるけど、国にとっては最も確実でかつ超ハイリターンな先行投資なのよ 』
確かに、国民の知的水準が上がれば後は国民が自ら最も効率的な仕事方法を編み出してくれるようになる。一部の知識階級が知識を独占して「やれ」と命令されたことだけを意味も分からずやらせるより、自らモノを考え出す底辺の数が大きくなればそれだけアイデアの数もバリエーションも増えるし推敲もされやすい。例え命令されたことをやるだけにしても、基礎的な知識があるだけでも話の通りはずっと速くなるだろうし、理屈をわかってやっている方が間違いも少なくなる。
つまり、より効率的に仕事がこなせるようになるってことだ。
だから国民の知的水準が上がって一番得をするのは、結局そこから税を徴収する国そのものだ。何しろ仕事の効率が上がることで国民ひとりひとりの収入も上がるんだから…ひとりひとりの納税額が多ければ多いほど結果的に税収額は跳ね上がることになる。
分母の大きい税金の場合、ひとりから大金を巻き上げるより多くの人間から少額ずつ確実に集める方が圧倒的に金額は高くなる。だからこそ消費税なんてふざけた発想が出て来るんだ。何でモノを消費するのに税金がかかるんだよ。しかも納税義務のない子供からまで…どう考えても理不尽この上ない。
「少子化対策然り、労働水準の向上然り。一番それを望んでるのは国の方なのに、子育てをただの夫婦の趣味行為くらいにしか考えられない男の発想だから解決策が本末転倒になるのよ」
「…。」
と、俺に言われてもな…俺は医者であって政治家じゃないんだが。
とは言え。
「結果的に一番得をする者が必要経費を負担する。当たり前のことでしょ」
「当たり前と言えば当たり前なんだろうが…」
発想があまりにも非常識すぎて当たり前に聞こえないのは俺だけじゃないはずだ。21世紀感覚のこの頭には「学費無料ってだけでも国は精一杯頑張ってる」が常識として凝り固まってるからな。
「ま、お給料って言ってもこっちも在庫には限度があるから『大した労働力にならないなら家で手伝わせるよりはちょっとだけお得かな』程度しか出せないけど」
だから、10歳未満の子供に限ったのか。
将来的な労働力となる成人まで成長する可能性が高く、かつ一応ひとりで何でもできる程度のしつけは既に終わっていて余計な手間のかからない6歳以上で、即戦力になる10歳以前の子供だけなら、もちろんそれも不可能なほど子供の労働力に頼っている家庭も少なくはないのかもしれないが、少なくともある程度の余裕のある家なら
「日中王宮に預けるだけで小遣いくらいにはなる」
とむしろ喜んで子供を差し出すかもしれない。
少なくとも、何だかわからないことのために日中大切な子供を一方的に奪われると言う形を取るよりはずっと心的抵抗も少ないはずだ。学校が一体何なのかを理解できなくても。
そして、そんな基礎教育を受けた子供達が成人し、母親になればその親から子供へ教育は受け継がれ――この国の20年後の労働品質とその数は一気に跳ね上がる。
『 教育は国にとって最も確実でかつ超ハイリターンな投資物件なのよ 』
確かにその通りなのかもしれない ―― 恒久的に続くのが大前提の『国』と言う単位で考えれば。
例え最初の内は赤字であっても、後々のリターンを考えれば先に給料を支払うだけの価値はある。
だからこそ防衛大学は在学中学生の生活にかかる費用のすべてを保証しているんじゃないか。




