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Iam estis  作者: Muffin
胡蝶の夢
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最期の呪い

 考えてみればそれでなくても優秀な白金と黄金のことだ、2ヵ月もの間四六時中べったり一緒に暮らしていて俺達の知識や言動なんかの違和感に気付かないわけはない。神籬の儀と言う何が起こっても何の不思議もないようなかなり特殊な前提条件があるにしても、それでも俺達は恐らく彼女達にとっては常識でしかないことを知らないことも多いだろうし、きっと俺達が無意識に行っている言動が彼女達にとって異質なモノにしか映らないことも少なくはないだろう。

 そう言う意味でも、また今後彼女達の協力が必須である現状を考えても彼女達を騙してまで隠し通すメリットは低いし、むしろリスクの方が高い。騙し通せると考えるには一生はあまりにも長すぎるし、仮にバレなくても不信感を抱かれながら続けて行けるほど俺達がやろうとしているのは簡単なことでもない。

 協力者は、多いに越したことはないんだ。

 そんなわけでどこまで信じて貰えるのかは姉妹次第としか言えないこの状況下でふたりには俺達の話せることはすべて話すことになった。とは言え何でこんな状況になったのかが俺達自身にもわからない以上、話の信憑性を証明することもできないわけだが、

「――つまり、おふたりは未来(のちのよ)の知識をお持ちである、と言うことになるのですか?」

「結論だけ言えばそう言うことになるな」

「実際、あなたたちも気付いているとは思うけど私には神籬の儀以前の日女巫女としての記憶はないし、代わりにこの頭の中には1800年後の世界で同じくらいの期間蓄えた知識と記憶があるのは嘘偽りのない事実よ」

 …その点に付いては俺は同じじゃないけどな。白彦が一体何歳なのはか知らないが、俺の場合は21世紀で暮らした期間の記憶の方が間違いなく圧倒的に長い。大体一介のティーンエイジャーが本職並みの医療知識と技術を持ってて堪るか。その程度のプライドを持つに足りる程度にはこっちはそれなりの数の危機的状況も乗り越えて来てるんだ。

 だが、所詮言うは易し、それを証明する物証が今の俺達にはない。肉体がこの時代の人間のものである以上、どんなに言葉を尽くしても狂人の妄言と言われてしまえばそれまでのこと。この肉体も脳も物理的には間違いようもなく白彦のモノなんだ、いくら別の人間の記憶があるなんて主張したところで魂の存在が21世紀になっても証明できないくらい曖昧なモノであるのが現実な以上、それを真実だと認定できるのは結局相手が信じてくれるか否かなんて他力本願な方法だけとは。


   だが。


 白金と黄金と言う赤の他人にそれまでの自分の人生の価値を委ねなければならない屈辱的な判断を預けた俺の耳に飛び込んで来たのは、予想外の言葉だった。

「――なんて素晴らしい…」

「。」


 …。


「――――――え…?」

 感嘆ここに極まれり、とばかりに瞳を輝かせる反応を示した姉妹にさすがの倭代も少々面喰ったらしい。

「…あの…わかってる? 私たちは本当は日女巫女でも白彦でもない、そう言ってるのよ?」

 ただ単に誤解を招く言い方をしてしまったのか、本当に自分の言ったことを理解できているのかと不安しか誘わないその反応に何を間違ったのかと心配にさえなって来たが、姉妹の発想が俺達とは違うのか、この時代の人間の感覚が未来人には理解不能なのか、それは俺達の想像の斜め上を行った解釈方法だった。

「一体どちらにどのような問題があるとおっしゃるのでしょう?」

 って普通に考えて問題ありまくりだろう! 自分の国の女王が実はどこの誰とも知れない赤の他人と入れ替わってたって話なんだぞ?! どう考えたって大問題だ。


   なのに。


「私共の女王様はこの世のどの者も持たない叡智をお持ちである、それだけのお話ではありませんか」

 いや、それは確かにある意味事実で「それだけの話」でもあるが、いいのか、それで?! それじゃ無駄に死んで逝ったであろう本来の日女巫女や白彦自身の存在意義は一体どうなる?!

 正直状況的には何を措いてもまずは自分達の話であって、同じ肉体を共有しているだけの見ず知らずの白彦や日女巫女の話をしている状況ではないのは百も承知だが、それでもこの時代の、それも当人直属の侍女である姉妹からさえ見捨てられたも同然の言われ方をする白彦達があまりにも哀れだった。


   だが。


「まず、先ほど日女巫女様は私共も気付いているだろうとおっしゃられましたが、それはありえません」

「。」


   …ありえない?


「どうして?」

「だって神籬の儀以前の日女巫女様と白彦を知る人物は、既にこの世のどちらにもおりませんもの」

「…。」


   ―― は?


 黄金の言葉の意味が分からなかった。この国の規模がどれほどのモノかは知らないが、それでも子供の白彦だって10年以上、日女巫女に至っては20年以上の歳月をこの限られた小さな集落の中で暮らして来たはずだろう? そんな人間ふたりの過去を誰ひとり知らないなんて、それこそありえないじゃないか。それじゃ一体ふたりはこの国の中でどうやって暮らして来たって言うんだ。

 なんて、この国の3世紀はそんなマトモな発想の通用する時代じゃなかったらしい。

「日女巫女様も白彦もその身は神聖にして不可侵なるものです。生まれながらにして俗世間とは隔絶された、聖なる神殿の内にて精進潔斎の日々をお送りになられた方々ですからその日常を知る者などそもそも数えるほどしかおりません」

 そう表現すればいかにも響きはいいが、要は幽閉状態だったって話じゃないか。しかも生まれた時からだって? 児童虐待も甚だしい。白彦の身体がもやしな理由がようやくわかった。


   だが、そんなことより。


 だから誰も知らない。日女巫女が、白彦が一体どんな人物だったのかを。世間から完全に隔離された孤独環境の中、ただ神籬の儀なんて言う餓死するのが大前提の生贄の儀式の日まで神殿の中に閉じ込められ、一生外の空気を吸うことも太陽を見ることもないような監獄の中で何の楽しみもなく誰に名前を呼ばれることもなくただただ無為に生かされ続けて来た命。

 例え表面上はどんなに崇められ、最上質の衣服や居住環境、食べ物を与えられて来たのだとしてもなんて救いのない人生なんだ。ただ、たまたまアルビノに生まれ付いたと言うだけのことなのに。本人は何ひとつ悪いことなんかしちゃいないのに。

「私共も含め、誰ひとり儀式以前の日女巫女様のことを存じ上げる者はおりません」

「ですから儀式後の日女巫女様が私共にとっては唯一無二の日女巫女様なのですわ」

 誰にも知られず、ひっそりと生かされてひっそりと死んで逝った日女巫女と白彦。中身が入れ替わっても誰に気付かれることもなく、いなくなったと伝えられてもそのことを惜しんだり嘆き悲しんでくれる人物さえない人生を、ただほんのわずかな遺伝子上の違いがあっただけ、ただ王族の家系に女として生まれたと言うだけの理由で強いられたふたりは一体何のために生まれて来たのか。


『 運命は変えられない。だったら最期に「いい人生だった」と自分が納得できる一生を送れたひとが勝ちなんじゃないの? 』


 久しぶりに以前倭代に言われたあの言葉が脳裏によみがえって来た。

 ふたりは―― 日女巫女と白彦はあの洞穴の暗闇の中、飢えと渇きで意識の途切れたその瞬間、いい人生だったと自分を納得させて逝くことができたんだろうか。

 それとも不運な身の上をただただ呪い恨みながら死んで逝ったんだろうか――俺達をこの時代に引き寄せるなんて時空を歪めるほどの怨嗟と共に。


 俺達は、運命を呪うふたりからその命と引き換えにこの世界に対する復讐を託されただけなんだろうか。





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