工業地区計画?!
「ああ、それから」
俺が刃金にメスの概要をひととおり説明し終えると、思い出したかのように倭代が声を上げた。
「これは現状急いではいないんだけど、今赤金にこれまでにない特別な土器を作る挑戦してもらってて、それに鉄製のこのくらいの長さの筒がどうしても必要なんだけど――それも頼めるかしら?」
「ずいぶんと長いですね…それを赤金が、ですか?」
そう言えばすっかり忘れていたが、ガラス作りには吹き竿が必要になる。赤金にはその前にやって貰わなきゃならないことが山ほどあるから今はまだそこまで手のまわる状況じゃないが、どちらにしてもいずれ必要になる道具ではある。
が ―― 確かに木製で充分な鏝なんかと違って、直接炉に突っ込むことになる吹き竿ばかりは土器職人の赤金ではどう逆立ちしても自前で調達できるはずもないアイテムだ。
現実問題として赤金と刃金の親子関係が果たしてどう言う状況なのかは見当も付かないが、黒金の言を信用する限り、少なくとも刃金の方には赤金を疎ましく思う気持ちはなさそうだ。が、あのプライドだけは無駄に高そうな性格からして赤金の方から刃金に頼ろうなんて発想はサラサラ出ては来ないだろう。下手をすれば「刃金に頼むくらいなら」などとごね出す可能性さえある。
となると、こちらが気を利かせて前以って準備しておかなければならない。
とは言えそんなことを勝手にやれば逆に赤金の機嫌を損ねかねないのも面倒な話だが実にありありと想像は付く。今日が初対面の俺がこんな決め付け方をするのもなんだが、むしろ大人気もなく「勝手な事をしやがって」と逆ギレする赤金の方が自然な気さえして来るくらいだ。
だが、そんな決め付け的な想定をしていたのは俺だけじゃなかったらしい。
「もちろんその対価として赤金からは、製鉄炉を作るのに必要な焼き煉瓦を提供させるわ」
って倭代お前、またそんな話を勝手に進めて…いくら名前を預け合った間柄とは言えホントにお前、当人の承諾完全に後まわしだな。それで当の赤金に強硬拒否されたら一体どうするつもりなんだ。
なんてことはきっとコイツは考えてもいないんだろう。その自信は何を根拠に一体どこから来るんだか…まったく倭代の実に楽観的な神経は正直羨ましい限りだ。
っつか、正直な話なんだかんだ言っても単純で転がしやすい赤金がどうのなんて話は俺としても何となくどうとでもなるような気がするなんてことは措いておくにしても倭代お前、なんか今サラッととんでもない爆弾発言しなかったか? 確か製鉄炉がどうとか…
と、そこの単語に引っかかったのは刃金も同じだった。
「製鉄炉…?」
「そうよ」
って製鉄炉だと!? 待て待て待て待て。鉄はまだこの時代大陸からの輸入に頼ってるんじゃなかったのか?! そんな高等技術、さすがにいち考古学者の知識だけで導入できるもんじゃないだろう!
ところが倭代の頭の中では既にとんでもない計画が組み立てられていたらしい。
「煉瓦さえあれば燃焼効率の高い地下式炉が作れるわ。この工房は山裾にあるから木炭の調達には事欠かないし、このあたりには砂鉄を含む鉄穴山もある。技術さえあれば条件的には鉄も充分国内生産できるのよ」
「…マジかよ…」
「…本気ですか…」
鍛冶師と言っても製鉄までは経験がないんだろう、さすがの刃金も言葉がない。
が。
「(実際、このあたりには弥生時代の製鉄関連工房跡がちゃんと出土してるのよ)」
「(マジかよ?!)」
こそっと耳元で俺だけに囁かれた倭代の爆弾発言以上の説得力はなかった。――ってお前、最初からそれ知ってたのかよ!?
道理でこんなところまで強引に付いて来たはずだ。既に製鉄業が存在してるはずなのに現実にはまだ輸入に頼っている、なんてことを知ったなら、それは緊急に技術の導入を進めたくなるのも当然だろう。何しろ今後絶対に必要になる設備で、しかもそれが「できる」ことが既に証明されているんだから。むしろ、なぜ今この場に存在しないのか、その方が不思議な話だ。
「。」
ふと、気が付いた。
歴史上では既にあるのに、現実にはまだ存在していない。その矛盾は俺達がこれから作ることで解決する。
それはつまり、俺達の存在自体が、これからやろうとしていること自体が俺達が過去のものとして学んで来た歴史の中に既に織り込み済みになっていたことの証明なんじゃないのか? 倭代の言うとおり、俺達は最初からこの時代に来ることを前提に20世紀に生を受けたことの否定のしようのない証拠なんじゃないのか?
やっぱり俺達の未来は、俺達が生まれた時点で既にこの3世紀の世界で終わっていたのか。
いや、俺達がやらなくても他の誰かがこれからやったのかもしれない。そもそも俺達だけが歴史を作り上げているなんて、そんな発想自体が奢りだ。確かに俺達には歴史に干渉しやすいだけの条件が整っているのは事実だが、実際赤金みたいな本人の意図しないところで歴史を先回りするようなことをしでかしている人間だってこの時代には現実に存在している。もしかしたら俺達なんかいなくても刃金が遅かれ早かれ製鉄所をここに作っていたのかもしれない。
過去だろうが未来だろうが、歴史に if は存在しない。後世の人間にとって都合のいいように勝手に解釈が変わるだけのことだ。
どちらにしても。
「鉄は今後どんどん必要になるんだから、そのための設備投資を今ケチれるわけないでしょ」
「そりゃまあそうだが」
石器の時代はもう終わる。そしてこれからは鉄器の時代なんだ。それがわかっていてこの時代の流れに乗らないなんて選択をするには、俺達はあまりにも鉄のありがたみを享受しすぎた人生を歩んで来た。
「まずはここに木炭職人を呼んで来て工房街を作るべきかしらね…」
確かに窯の火を維持するにはどちらにしても大量の木炭が必要だ。同じ火を使う仕事でかつ製鉄に欠かせないアイテムである以上、近い場所で作る方が作業効率はいい。木炭工房を大規模化すれば製鉄にまわす量だけじゃなく、赤金の土器やガラス作り用にも調達できるようになるし、本業でもなんでもない木炭を作る作業から解放されれば赤金だって格段に仕事も楽になるはずだ。
赤金のあの天才的な頭脳と見た目にそぐわない緻密な作業を可能とする腕にはまわしたい仕事が山ほどある。正直赤金レベルの職人なら何百人でも欲しいのが本音だ。それはつまり、赤金が今抱えている仕事の大半を占める、既に誰にでも技術を提供できる仕事を引き受けてくれる場所を作ることはモノ作りの推進を計りたい今、俺達の目指す国造りにとって非常にメリットが大きい。
ここに大規模な最先端工業地区を作る。
少しずつ、だが確実に国造りは始まっていた。




