メス?!
「もちろん充分な見返りは保証します。それともうひとつ、まだ倭国では知られていない冶金術も提供しましょう」
倭代のやり方は常にシンプルでいつだって基本は同じだ。知識しかない自分の代わりに手足となって働く技術を持つ誰かを探す。そしてその誰かが自発的に協力するよう仕向けるために、己の持つ知識と言う武器を交換条件に与えて他者とは圧倒的に違うその絶対性を見せ付ける。
それを21世紀では一般的にハッタリと呼ぶわけだが、ハッタリとカリスマなんて紙一重、人間そうそう違いなんて存在しない。いかに自分の価値を高く見せられるか、権力の正当性なんてありもしない集団妄想を維持する方法なんて結局それしかない。
だが。
「倭国では知られていない冶金術…?」
「この世で唯一、あなたにしか作ることのできない固い鉄の作り方よ」
「…オイ、倭代お前、それってまさか…」
倭代は知識を出し惜しみしなさすぎる。確かに21世紀の高等教育を受けてあらゆる知識を幅広く叩き込まれている俺達の知識はこの時代の人間からすれば驚異的ではあるだろうが、こんなやり方では早晩ハッタリに使える知識は枯渇する。知識の時代が違うとか過去改変がどうのとかを措いておいても、それでなくても俺達の知識は技術の充分に発達した21世紀の状況を前提としているものであってこの時代ではまだ使えないモノの方が多いんだ、そう言う意味でもこいつのやり方はあまりにも大盤振る舞いしすぎなんじゃないのかと心配にもなって来る。
それに。
「…日女巫女様は渡来人ではない。そんな知識をお持ちなはずがない」
「でも実際に犂鏵のことはご存じよ? それじゃ足りない?」
「それは…」
そうだ。俺達の持つ知識はこの時代にはあまりにも異質すぎる。多少の知識の多さだけであれば「本当に博識な方」で済むが、やりすぎれば相手に不信感さえ与えかねない。西洋の魔女狩りだって最終的にはただの集団ヒステリーに過ぎなかったかもしれないが、最初は知識があまりにも優れすぎていたことに対する世間の度を超えた尊敬や医者達のやっかみなんかから来た部分も多分にあると言われている。
相手に不信感を抱かれればハッタリなんて所詮そこまでだ。
だが、倭代のハッタリはそこまで考えたハッタリだった。
「まあ、疑うのも無理はないわよね。実際参謀さえいれば犂鏵くらい当たり前に教えて貰えるでしょうし」
確かに、身近にひとり知識のある渡来人でもいれば「そう言うものがある」と言う知識だけなら得ることは可能だ。曲がりなりにも日女巫女は女王なんだ、ひとりやふたり学者レベルの知識人を抱えていたって何の不思議もない。むしろそっちの方が神の世界の知識がどうのなんて突拍子のない話よりずっと説得力のある話だろう。
だが、日女巫女はただの女王じゃない、巫女女王だ。ただの女王じゃない。神懸った何かを見せなければ、見せ続けなければその女王たる資質の真価を問われることになる。非科学的だし科学的な考え方に支配された未来人の俺達にとっては実に不条理な条件だが、残念ながらこの時代、それが巫女を女王に立てる神権政治の本来の在り方であり、権力の根源を保証する唯一無二の拠り所だ。
「だから、その新しい技術をあなただけに供与することで日女巫女様の知識の確かさを証明します」
日女巫女は、倭代は常に「超常的な存在」であり続けなければならないんだ。
そうして倭代が刃金に与えたその知識とは、やっぱり鉄の折り返し鍛錬技術と急速冷却によるマルテンサイト変態のことだった。
「鉄を折り畳んで鍛える…?」
理解できるわけがない。原料である鉄は大陸から輸入するものと言う感覚しかない時代の日本で繰り返し折り畳んで不純物を叩き出して「上質な鉄を作り出す」なんて発想がそもそもあるわけがない。しかもまだ金属なんて基本的には型に流し込んで作る鋳造か形を整えるために叩く程度のモノでしかないこの時代だぞ? なんだかんだ言っても結局パワーで叩き割るのが目的の両刃の「剣」が大前提になってるこの時代に、斬るための片刃の「刀」を作る、つまりは鋭い「刃」を作る知識なんて必要にもならない。この時代にはあまりにもそぐわない、極めて化学的な技術の話だ。
「ってことで、はい、タッチ」
「。」
…。
「――って――…」
いきなり倭代に話を振られて一瞬何が起こったのか理解できなかった。
「はああああっ?!?!?!」
ちょっと待て、そこまでやっといて後はこの俺に丸投げか!? 日本刀の作り方なんて俺にわかるはずがないだろう!! 完全に専門外だ!!!
いつものこととは言え最後の最後でいきなり予想外の展開になって完全にパニックに陥った。ハッタリをかますならかますで最後まで自分で責任を持てよ!
だが。
「――メス、欲しいでしょ?」
「…。」
…メス? って、手術用の?
どこへ話がふっ飛んだのか更に付いて行けなかったが、そんな俺の耳に悪魔の如き倭代の誘惑が囁く。
「古代エジプトみたいに黒曜石や古代インドみたいに細く削った竹で充分って言うんなら私は別に構わないけど?」
「いや、それはさすがに…」
ガラス質な黒曜石の切れ味を否定するわけじゃないが、手に入るのであればそれは確かに使い慣れた金属製のメスの方が絶対的にいいに決まっている…。
…悔しい…。
「えーと…」
だが、確かに日本刀なんて武器にしかならないモノで作り方を教えるより、包丁やメスみたいな生活に必須なアイテムの作り方として説明した方が平和的ではある。もちろんその知識を刃金が武器の作り方に応用してしまう将来的な可能性は否定もできないが、折り返し鍛錬の技術自体はより強い上質な鉄製品を作る上で今の日本に存在して邪魔になる知識ではない。誰よりも上質な鉄製品を作れる、と言う技術を持つこと自体が刃金自身の鍛冶師としての価値を高めると言う意味で最高の取引条件にもなるだろう。
それに、メスなら使用する鉄の量はかなり少なくて済む。倭代の、日女巫女の「知識の正確さを証明するために試しに作る」には手軽に作れて都合もいい上、針と糸くらいしかマトモな治療器具も持たない医者視点から言わせて貰えば、現状これほど喉から手の出るほど欲しいアイテムもない。
とは言え。
「刃渡りはこのくらいで…」
改めてメスの形とか聞かれても…そもそも用途別に色々あるものだし、さすがにこの状況で21世紀では当たり前になってる使い捨てと言うわけには行かないから、できるだけ応用性の高い普遍的な形を選ばなきゃいけない。
話を振るなら振るで前以って言っといてくれよ。合理性を考えればこっちだって熟考する時間が必要なんだ。
「とりあえず今教えた通りに作ってみて、それでその知識が本物だと納得できたら犂鏵作りに協力して貰える?」
倭代のやり方は決して相手に強制するわけじゃない。先に知識と言う倭代の持てる唯一にして最強の武器を与えて、その知識がもっと欲しい、と思わせることで本人が自発的に協力したいと言う感覚になるように仕向ける方法だ。
だから、そのために知識の出し惜しみをしている余裕はない。
しかも腹の立つことに、そこには俺にとっての利便性も含まれている。それは俺が医療技術を実際に見せることで俺の立場と命を保証することに繋がると倭代にはわかっているからだ。
――そんな、彼女自身だけではなく俺さえも守るために倭代が必死になって作り上げている架空のカリスマ性に、俺は一体どこまで役に立てているんだろうか。




