刃金
とりあえず意味のない身分格差の壁が和らいでお互い人心地付くと、倭代は本題を切り出した。
「作って欲しい鉄器があるの」
…オイオイオイオイ、わざわざこんなところまで付いて来た本命はそっちか。ホントお前って合理主義者だな。
とは言え現実的に考えれば確かに倭代は俺と比べてさえ外出なんかの自由度は果てしなく低い。せっかく外に出られたチャンスをフル活用するに越したことはないのも事実なんだろう。
「黒金のお父さんに会わせて貰えない?」
黒金の父親――と言うことは、赤金にとっては義理の父親だがあの金銀姉妹にとっては実の父親ってことになる。しかも、この時代の最先端技術を持ってる技術者としては超エリートの ――…確かに今後の鉄器の需要でどちらにしても密な関係を築く必要があることを差し引いても、純粋に野次馬的な好奇心からも興味を惹かれる存在ではある。
「刃金と、ですか…?」
邪馬台国の鍛冶師・刃金。一体どんな人物なんだろう。
なんてことをやっているうちに工房なんだろう、煙の絶えない竪穴式の建物から男が一人出て来た。
「何か大きな音がしたが一体何が――…」
「父様…!」
やっと背負子から降ろして貰えた黒金が嬉々として飛んで行くところを見ても、まず間違いなく彼が目的の刃金なんだろう。全身煤けてはいるが健康的で無駄のない筋肉質ないい体格をしている。金銀姉妹とは似ても似つかない純粋なアジア人顔だが、黒金に面差しの良く似たなかなかの美男子だ。鋼の名に相応しい、無骨で飾り気はないが力強く逞しい、生粋の職人のイメージそのものと言ってもいい人物だった。
が。
「…あれが刃金…?」
「…だよな?」
こそっと倭代に耳打ちされて俺も倭代も同じことを考えたのだろうことは想像に難くなかった。
そう。いくら何でも若すぎた。30前後の、むしろ赤金となら義理の兄弟と言った方が近いくらいの外見だ。いくら24の赤金とは直接的な血縁関係がないとは言え、それでも二十歳に近い金銀姉妹の父親ならもう少し上のはずなのに――もちろん人種的な外見年齢の違いもあるのは認めるが、それでも初産年齢が30代とどんどん高齢化の進んでいる21世紀の感覚に染まり切ってる俺達には、この時代の世代差はあまりにも近すぎて正直非常に把握しずらいのを痛感させられる年齢構成の家族だ。
だが、
「父様に作って欲しいものがあるんだって!」
子供らしく父親にまとわり付く黒金が心底刃金に懐いているのは十二分に見て取れた。子育ての一切を母親の仕事と決め付けて子供との時間を仕事と言って憚らない21世紀の父親達とは違い、この時代の家族の繋がりの強さを思い知らされる光景だ。この時代は「亭主元気で留守がいい」なんて、生活費さえ保証されていれば男なんてむしろいない方がいいと言っているのも同然な感覚とは無縁な子育て事情なのかもしれない。
「黒金…その包帯は一体どうしたんだ?」
「怪我をした僕を助けてくれたんだ。父様お願い、倭代様のお願い聞いてあげて」
と刃金の腕を強引に引っ張ってこちらへ連れて来る黒金に、正に将を射んと欲すればって奴だな…倭代が黒金の懐柔に踏み切った理由が今更ながらに理解できた。確かに子供にお願いされれば親としては無下にはしずらい。ましてやそれがかわいい我が子の命の恩人ともなれば猶更だろう。
…この女狐が…一体どこまで計算づくでやってるんだか。
「黒金をわざわざ送って頂いたそうで…感謝痛み入ります。それでこのような僻地までお二方共一体どのようなご用件で?」
そんな計算通りの展開を逃さず、倭代は前以って予定していたんだろう、依頼の内容を話し出した。
「犂鏵を作って貰いたいの」
「…犂鏵、とは…?」
…リカ?
聞いたこともない名前が出て来て俺まで首をかしげる羽目になった。考古学上では常識的な知識なのかもしれないが、倭代がわざわざ自ら出向いてまで鉄器で作って欲しいと考えていたもの ―― 一体何なんだ?
すると倭代は地面に簡単な図面を書いたのだが、今度ばかりは未来人の俺が見てもそれが一体何なのかさっぱりわからない。2本の棒を鋭角に組み合わせ、一方の先に何か尖った三角形の鉄器を嵌め込んでいる物体らしい。とは言え形に安定感もないし、用途も不明なら使い方の見当も付かない。そもそもこいつはこれで一体何をしようとしているのかそこから不明だ。
「こんな感じでね、どうしてもこの部分を丈夫な鉄器で作る必要があるの」
「これは――もしや鋤、ですか…?」
…鋤?
って、畑を耕す時に使う、あの…? え? でもこんな形じゃグラグラして使い勝手が悪いだけなんじゃ…
などと思ったド素人な俺とは違い、むしろ刃金の方が倭代の意図を正確に掴んでいたようだ。
「知ってるの?」
「大陸にそのような農耕器具があることを父から聞いたことがあります。何でも牛に曳かせて使うのだとか…」
牛…なるほど。それでこんな不自然に長い柄が必要になるのか。牛と言う安定した動力源に接続して使うのが前提になっているのなら、この単体ではやたら不安定な形状にも納得だ。それどころかむしろ、牛の負担を軽減するためにも固定されていない方が合理的でもある。
「それそれ。それを作りたいんだけど、知ってるなら話は早いわ」
「しかし、私自身は実際に見たことはないので…」
「大丈夫。形だけなら私が説明するから」
まあ、説明しかできないよな。実際に使ったことはないんだし、考古学者最大の弱点は知識しかないって部分だからな。赤金然り、実際に作るとなればそこは相手が使用方法や原理を納得できるところまで理論を積み重ねて、後は餅は餅屋、本業の経験と勘を頼りに頑張って貰うしかない。
だが。
「しかし、鉄は大切な武器のための素材です。農耕具になどまわせる余裕は…」
最大の問題点を指摘された。
そうだ。この時代鉄は超の付く貴重品だ。現状原材料を輸入に頼り、日本国内で良質な鉄を獲得する技術がまだ存在していない以上、まわせる鉄資源自体が限られている。裕福な上流階級に高く買い取って貰える武器ならいざ知らず、経済的に何の余裕もない農民のための道具を作るにはあまりにも鉄は高価すぎる。それでなくても今日本は倭国大乱と言う戦争に明け暮れている時代なんだ。使い捨て経済の最上級顧客とも言える戦争需要において、武器はいくらあっても多すぎると言うことがない。
だけど。
倭代や俺が目指している国造りは別に戦争に勝てる鉄の強国を作ることじゃない。誰もが飢えずに済む、豊かで満ち足りた富国を作ることで外交交渉での大乱終結を目指す国造りだ。
「鉄は今後農作物との交易で手に入れます。そのためにまずは収穫高を上げるための農耕器具作りを優先せよと日女巫女様はお考えなのです」
「日女巫女様が…?」
――と言うか、今年は豊作になるなんて勝手に予言しちゃったからな…何が何でも考えられるあらゆる農耕知識フル動員して少しでもマトモな収穫高確保しないと正直こっちの首が飛ぶし、が正直なところ本音と言えなくもないんだが。
とは言えまだ田植えの始まっていないこの時期に今まで以上の深さまで掘り込むことのできる鉄の農耕器具が手に入れば収穫高を上げられる可能性は格段に高まる。刈り取った後の乾涸び切った藁を燃やせば雑草や病害虫を一掃できる上、草木灰と言うこれまでにない肥料を田んぼに深く漉き込むことができる。もちろん天候が大きくモノを言うのは否定はできないが、それでもそれができるだけでもこれまでと比べれば格段に高い稲の収穫高が期待できる条件を備えられることになるのは間違いない。
それに今年の分は間に合わなくても、牛で土地が耕せるようになれば来年用の土地の開墾だって人力に頼った今までよりは大規模に進められるようになる。耕作地は広ければ広いほど収穫高が上がる、単純な話だが実はそれが絶対にして古今東西不変の鉄則なのも事実。
だから今必要なんだ、最先端の鋤が。春先の今だからこそ間に合うんであって、俺達には待っていられる時間はない。
地球規模で寒冷化の進んでいる現状、本来農作物の価値は鉄よりも圧倒的に高い。今の時代、方法はどうあれ農作物を手に入れた方が勝ちなんだ。




