噂のお母さま
そう言えば一般人の家に行くのは初めてだったと今更気が付いた。
この時代の一般人が一体どんな暮らしをしているのか、興味がないと言えば嘘になる。特に衛生面などは医者として非常に興味があるし、里で暮らしている以上はさすがに赤金みたいな穴居生活ではないだろうが――…王宮ほどの衛生状態はさすがに望めないだろうからある意味不安はあったものの、それとは別にあの白金&黄金、そして赤金の母親と言う女性にもなかなかの興味はあった。
一体どんな家でどんな女性が暮らしているんだろうか。
なんて野次馬根性半分で訪ねて行ってみると、他の家とは少々離れた場所にポツンとできた竪穴式住居が何件か並んでいるだけの小さな集落が見えた。大量の火を使う関係上、連焼対策に敢えて一般的な住宅街からは離れた場所に工房を構えているのかもしれない。しかも工房も含めてもたった6軒だけとは――まだまだ鉄器は「普及している」とは言い難い程度にしか使われていないのか、何人の職人がいるのかは知らないが、下手をすれば製鉄技術を持つ黒金の父親も含めてここの技術者はまだ渡来人一世の可能性だってある。
なんて様々な可能性を想像していたところ、土器の割れる派手な音がして振り返る羽目になった。
そこに立ち尽くしていたのは間違いようもなく黒金の母親だった。着ている物こそ質素な苧製の貫頭衣だが、その顔立ちは白金と黄金にそっくりの金髪碧眼の天女のように優美な女性。この国に一体どれだけの数の白人が暮らしているのかは見当も付かないが、これだけよく似ていて無関係を証明する方が難しい。
そう断言していい程度には整った顔立ちのその女性はウドの背中の黒金を見て衝撃を受けたらしい、
「黒金…?!」
大切な息子に一体何があったのかと割れた水瓶には目もくれずに一目散にすっ飛んで来た。どこにいても異常に目立つはずの白彦にさえ気付いてもいない様子だ。
「どうしたの、あなたその脚…!?」
「大丈夫だよ、母様。血は止まってるから」
きまり悪そうにウドに「降りたい」と意思表示はするものの、子供とは言え人ひとり背負っているんだ、ウドだってそう簡単に下せるものじゃない。背中で じたばた されてさすがのウドも困り切った表情を隠せずにいる。
「止血は済んでいますが傷口は深いので、しばらくは無理をしないように気を付けてあげて下さい。特に衛生面では気を付けて、包帯は毎日取り換えて清潔にしておくように――…」
「水金…?!」
落ち着け、と黒金に合図する一方で思わず医者だった頃の口調に戻ってしまった俺の声にやっと周囲に意識を払うことのできた母親が俺に気が付いたが、え…水金? 一体何の話だ?
「…みずがね?」
「し、失礼致しました、白彦様…!」
その瞬間、はたと我に返った母親は改めて俺がこんな場所になどいるはずのない白彦だと気付いて慌てて平伏の姿勢になったが――ああ、そうだった。この問題がまだ残ってたんだっけか…いちいちこれじゃ会話もままならないじゃないか。
頭の痛い問題を今更思い出して改めて溜息が出た。いわゆる「一般庶民からも親しみやすい白彦像」をまずは構築しないことには毎回毎回ここから始めなきゃいけないのか。
うんざりしながら顔を上げてくれといつもの通過儀礼を繰り返す羽目になったが――改めてその顔を見て驚いた。白人はどうしても黄色人種より老けて見える傾向が強いが、それを差し引いて考えれば思ったよりずっと若そうだ。いくら初産年齢が10代で当たり前の時代とは言え、30は超えているであろう赤金がいる以上どんなに若くても50前後のはずだが――そんな風にはとても見えない。せいぜい40かそこらにしか見えないが、だがそれだと赤金の年齢と合わない。人体の成熟時期がたかが2000年やそこらでそこまで違うはずもないし、普通に考えれば栄養状態のいい21世紀よりむしろこの時代の初潮年齢は高いはずだ。
となると、まさかこの顔で既に50代なのか?
なんてつい医者の悪い癖が出て相手の外見的特徴の矛盾に混乱していると、
「何? もしかしてあなた、年増好みなの?」
「違う!!」
何でそう言う話になる! 大体相手は既婚者だろう!!
相変わらずの空気の読めない女っぷり健在だな、お前!!
「あら。この時代結婚制度なんか存在しないし、貞操観念なんて男のエゴ丸出しのふざけたものもないんだから恋愛は自由だと思うけど?」
「肉体年齢が親子ほども離れてるんだよ!」
「でも中身はそこそこのオッサンでしょ」
「だからオッサン言うなっ!!!」
相変わらずのフリーダムさだな!
なんてバカ丸出しの三文芝居を強制的にやらされた甲斐はそれでもあったらしい、
「あの…白彦様…」
母君が困ってますよ、とゆっくりと黒金を下ろしていたウドの仲裁が入って気付くと、母親はぽかんとした表情で呆気に取られていてさっきまでの場の雰囲気は多少砕けたものになっていた。
…もしかしてこいつ、作為的にやってるのか、これ…? いや、さすがにそれはないか。
ともあれ。
「あなたが白金と黄金のお母さんね? ほんっとびっくりするほどそっくりねぇ」
「あなたは…?」
白金と黄金が宮殿に上がっている以上恐らくはこの母親も元宮女だろうし、そもそも衣服を見ればさすがに倭代が宮女ランクの身分であることは誰にでもわかる。服ってのは最初は防寒から始まったに過ぎない発明品のはずだが、それがどんどん身分差を表すためのモノに成り下がったってのは実に皮肉な話だ。
そして、労働階級の夫と結婚して宮女身分から転落した途端苧貫頭衣か…人間どれだけ見た目を着飾ったところで中身なんてみんなほとんど変わらないのにな。何で人類は血統にランクを付けたがるんだか。
なんて考えたって何も変わらないようなことを考えていた俺なんかと違って、相変わらず倭代は現実的だった。
「私は倭代。黒金を送るついでにちょっと頼みたいことがあって来たの」
「ってお前…」
そうあっさり名前晒すの、本来はヤバいんじゃないのか? そりゃまあ初対面の人間に自己紹介するのは当たり前の礼儀ではあるが、それはあくまでも俺達の時代の常識であってこの時代では違うんだろう?
「…頼み事、ですか?」
実際、いきなり名乗られてしかも「頼み事」だ、一体どんな無理難題を押し付けられるのか、と少なからず構えるような表情を見せた母親に、しかし。
「――でもその前に」
突然倭代は態度を翻すかのように表情を変え、素早く母親の懐に潜り込むようかのように身を滑り込ませると、
「――…あなた、一体いくつなの?」
「。」
…。
「―― は?」
質問の意図を計りかねたのは俺だけじゃなかったらしい。呆気に取られた母親が何と答えたものかと躊躇っていると、
「だってとてもじゃないけどあんなバカでかい息子のいる母親には見えないんだもの。その若さの秘訣は一体何? 興味あるわぁ」
「…。」
…オイ。
相変わらずのマイペースぶりだな、お前…! って確かに俺もそこにはかなり疑問を感じてはいたけどな!
「あの…40 ――1、ですけど…」
「しじゅういち?!」
ってちょっと待て! それなら確かに黒金の母親としては充分な若さだが、でもそれじゃ赤金とは年齢が合わないじゃないか! それとも10歳やそこらで産んだ子供だとでも?!
「…赤金は今年24ですが…」
「にじゅうよん?!」
…赤金…お前白人だからっていくらなんでも老けすぎだろ…絶対30代だと信じて疑ってなかったぞ、俺は…。




