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Iam estis  作者: Muffin
黒い羊
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本能 vs 社会

 思わぬ話を聞いてしまった。そりゃまあこの時代、まだ結婚制度自体が存在しないんだから兄弟間で片親が違うなんてのは日常茶飯事な話だったのかもしれないが、赤金の場合は両親共言ってみれば敵国人なんてことになる上、何しろこの目立ちすぎる外見だ、人権感覚の未発達なこの時代においてそれはさすがに村八分にされるには充分すぎる理由だったのかもしれない。

 往々にして人間は異質な者を忌避するコンサバ傾向があるし、その上赤金は皮肉にも誰もが認めざるを得ないほど体格的にも才能的にも突出している。例えそれが単純に不条理に虐げられて来た幼少体験から来る反骨精神によるものだったとしても、或いは逆に認めて貰うために本人が尽くした努力の成果だったとしても、結果的には多かれ少なかれ誰もが持つコンプレックスをくすぐるには充分すぎて逆効果にしかならなかったのが現実だろう。

 テレビなんか観てると優秀な子供ばかりをえこひいきして能力の低い子供を無意味にけなしまくる毒親の出て来るドラマなんかがよくあるが、あんなものは現実にはまず存在しない。むしろ当人が必死に努力して高い能力を身に付けた「手のかからない」子供は、親からは「放っておいても立派に生きて行ける」安全牌として親自身は意図していなくても結果的には蔑ろにされがちで、能力の低い「放っておいたら生きて行けない」子供(リスク)の方ばかりを依怙贔屓する現実だけが待っている。

 親の愛情を得ようと努力すればするほど当人の望む「構って貰うチャンス」は離れて行き、片や努力をしなかった結果どんどん能力の差が開いて落ちこぼれ街道まっしぐらになった兄弟にばかり親の努力(あいじょう)や注目は傾いて行く。聞き分けのいい子供は結局褒められるチャンスを失い、聞き分けの悪い子供はうるさいからと黙らせるためにあれもこれもと与えられ、結果差別はどんどん広がって行く。

 不条理だが、現実なんてそんなものだ。

 そもそも親からすれば子供は自分の遺伝子を残してくれる貴重な財産だ。苦労に見合うだけの結果を得るためにはひとりでも多くの子供に繁殖のチャンスを与えようとするのが生物学的に当然の本能である以上、放っておいてもちゃんと繁殖相手を見付けられそうな優秀な子供に更に手をかけるより、親が何とかしなければそのまま繁殖機会を逃しそうな個体が一度でもチャンスを獲得できる程度には底上げしようと考える方が生物学的には理に適っている。

 もちろん例外はどんなケースにも必ず存在するが、要するに、基本的に社会における評価には経緯や努力なんてものはほぼ関係がない。結果的に能力の高い者は能力の低い者に食い物にされるし、持てる者から持たざる者へと富を配分する、それが社会と言うものの絶対法則だからだ。例えそれが当人達の努力の量の差から出た結果でしかなかったとしても、或いは単純に怠けた結果落ちぶれたのだとしても、死ぬほどの努力をしていたのに運や環境が悪かったと言うだけで落ちぶれた生活に追い落とされたのだとしても、現実は残酷なことに結果だけ見て同じと判断する。

 つまり、努力なんてすればするほど、社会的に理想的であればあるほど食い物にされるだけのことの方が多いってことだ。虐待される子供、いじめられる子供、ハラスメントを受ける人間と言うのは、往々にして相手に何をされても反抗しない「いい子」だからこそ被害に遭っているものだ。誰だって自分に被害が及ぶ可能性の高い相手を好んで攻撃対象には選ばない。すべての生き物にとって攻撃対象とは常に自分より弱い者と決まっている。それも、可能な限り自分にとってリスクの低い好都合な相手を選んで攻撃するものだ。

 天は自らを助くる者を助くとは良く言ったもので、他人を踏み台にして何が何でも自分だけは生き残ろうと努力するエゴイストはそれだけ助かる可能性が高まり、自分を犠牲にしてでも他人を助けようとする「理想的な人間」ほど結果的に助かる可能性減らすものだ。そんなものは災害現場なんかに行けばいくらでも見られる現実。

 社会なんて、後付けの知能だけで作られたに過ぎない理想論だけの淘汰の原則は、結局命の根源である生物学的な自然淘汰の原則には敵わない。だからこそ本能や自然淘汰の原則を制限する法律があるわけで――その法律がまだほぼ存在しないと言っていいこの世界において、何を措いても自分を最優先すると言う考え方は残念ながら実に正しい。自分を守るために、少しでも自分の権益を守るために将来少なからず障害になりそうな他者を寄って集って排除しようとするのは、純粋に生物学的な話だけをすれば正真正銘の「正しい行動」なんだ。


   だけど。


 人類(ホモサピエンス)は社会を築くことで生き残る選択をした種だ。生物学的には正しくはない「社会性」を武器に、食物連鎖の頂点にまで上り詰めた種だ。

 そんな人間社会において、努力や社会に対する貢献度を無視した序列なんてものがあっていいわけはない。もちろん個々人の能力は先天的にある程度の程度やその方向性、種類に差があることは認めるが、例え結果は出なくても努力には必ずそれに見合うだけの社会的評価がなければいけないし、努力した者が努力しようともしない者と同じ待遇に甘んじなければならないようなら、それはその社会構造自体が間違っているんじゃないのか。ましてや当人にはどうにもならない環境要因のためだけにその努力の結果が左右されるなんてのは、社会性生物としての生き方を自ら選んだ種として完全に社会の作り方を間違っている。

 もちろん結果が重要なのは動かしがたい事実ではあるが、だからと言って結果が出なかったらそれまでの努力もすべてなかったものとされ、何の努力もしなかった人間と同じにしか評価されないんじゃ不公平すぎるだろう。それじゃ犯罪を犯そうとも結果さえ出せば万事OKと言っているのと同じだ。駄々をこねる子供を一時的になだめるためだけに飴を与えるように、社会的には本来評価されるべき聞き分けの良い善人をないがしろにして、相手をするのも面倒だからと騒ぐ人間を最優先にするのと変わらない。それは社会的にふさわしくない行動を取る人間ほど結果的に優遇される社会の全肯定だ。

 つまりはいわゆる勝てば官軍理論で、助け合いを武器にのし上がった人類が結果だけを見て力さえあれば何をしてもいいなんて自らを否定するような行為を肯定するのは、そのまま退化の道を突き進んでいることにしかならないだうろう。


 俺は――身分制度そのものをどうにかして欲しいとは少なからず考えてはいたが、結局人間の本質的な保守的な部分や排他的な部分を何も考えてはいなかった。

 結局少なくとも人類にとっては身分制度自体が誤りであったことが数千年かけてやっと証明されて、21世紀には基本的人権と言う概念が当たり前に認知されるようにはなったが、それでも結局権力欲なんてものに侵されて特権を欲しがる暗愚な人間は後を絶たない。結局それが自然淘汰の大原則だからだ。

 人間も生物である以上、その本質を形作って来た法則に則った本能からは永久に逃れることはできない。そもそもそう言う風にできているのだから。

 だが、本能のままに生きることを全肯定していたのでは社会は成立しない。社会制度を維持しなければ人類の繁栄はあり得ないからこそ強制力のある人為的な枷としての法律が必要なのに、結局支配欲に侵された人間だけがその法律を作る権利を持つようになり、結果的に権力者達が自らの保身を最優先して過ちだと既に証明されている身分制度のある社会に退化させて行く。

 この、どうしたって絶対の大原則に立つ本能に自分達の妄想の上だけに築き上げたに過ぎない社会制度が打ち勝つ方法なんてものは果たして実在するんだろうか。

 誰だって死ぬのは怖いし我が身はかわいい。楽して他人より少しでもいい暮らしができるならそっちの方がいいに決まっているし、結果的には結局どう足掻いたって子孫を残した方が勝ちなのは厳然とした事実だ。例えそれが犯罪によるものであったとしても、生命の本質の前では経緯などは一切問われることはない。生物学的には子孫を残せなかった者こそがただ消えてゆくだけの敗者でしかない。

 その結果は残酷な程絶対的だ。社会的な良心だのモラルだの共感性だのなんてものは、結局生物の根幹的な本能の前ではただの生命の一品種でしかない人類ごときの築き上げた一過性の妄想でしかない。事実、その価値観などその社会情勢によって簡単に変わるから、平時には誰もが犯罪と信じて疑わない殺人でさえ非常時には英雄の偉業として褒め讃えられることだってあるくらいなんだ。

「――倭代」


 俺がやりたかったことってのは、結局一体何だったんだろう?


 久しぶりに、俺が白沢伊槻だった頃のあのモヤモヤとした疑問が首を擡げて来た。

「――言っとくけど、私は神様じゃないんだからね」

 隣にいた倭代も、その時の俺と同じ疑問に付いて考えていたのかもしれない。


『 日女巫女と白彦は一蓮托生。私の協力なくして彼が存在しえないように、私も彼の協力なくしてはありえないの 』


 なぜかその時、あの時の倭代の言葉の意味が思っていた以上にずしんと重く伸し掛かって来たような気がした。

 倭代の言う通り本当にタイム・パラドックスは起こらないんだろうか?

 それとも俺達は――未来を変えるために(・・・・・・・・・)この世界へと送り込まれたんだろうか。






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