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Iam estis  作者: Muffin
黒い羊
48/85

蝦夷

「ところで黒金、お前今日は何でまた来たんだ?」

 話がひと段落付いたところで赤金に思い出したように声をかけられて、子供らしく大人の会話からは完全に身を引いて怪我をした鳩を撫でていた黒金が初めて声を上げた。

「母様に頼まれたんだよ、赤兄に持ってけって…沼田場に落としちゃったけど」

「またか…わざわざ要らねーっつってんのに…」

「何々? 何の話?」

 なんて兄弟の会話に野次馬根性バリバリで割り込むその図々しさが倭代らしい。

 オマケに、

「赤兄…この人もしかして…?」

「ちげーよ。土器作りの依頼に来た宮女だ」

「何よ~う。名前交わし合った間柄でしょ~?」

「誤解を招く言い方すんな!」

 言わなくてもいいことをわざわざ曲解されるように表現するその性格の悪さ、ホントどうにかしろよ、この悪戯女王…っつか、ほら見ろ。黒金の目が点になってるじゃないか。そんな言い方されたら黒金からすりゃ知らない間に姉が増えてたことになるだろ。幼気な子供をお前の赤金遊びに巻き込むな。

「誤解って何よ、事実じゃない。それとも何? この私を弄んだだけとでも言うつもり?」

「だからそう言う言い方をするな!!」

 …弄ぶも何も、お前が一方的に名乗っただけだろ。ハッキリ言って同意どころか拒否権もへったくれもなかったよな、状況的に。見ればウドも実に複雑な表情だし…だよなぁ…正直ウドが一番困惑させられた被害者だっただろう。

 だが、事情を知らない黒金には「名前を交わし合う」と言う、いわば結婚の儀式にも等しい話自体がよっぽど衝撃的だったらしく、正直そこで思考停止状態だ。

 …まあ、里で暮らしている黒金なら倭代が宮女レベルの身分の女なのは見ただけでわかるだろうし、このいかにも女になんて一生縁のなさそうな山奥生活をしている兄が、よりにもよって普段近付きもしないはずの大都会の、それも高嶺中の高嶺の花であるはずの宮女と自分が何も知らないうちに結婚していた、なんて誤解をすればそれはショックでしかないだろう。

 でも必死に動揺を押し隠して笑って見せる黒金のなんと健気なことか…。

「そっか、赤兄…良かったね」

「違うぞ、黒金! お前の考えてるのとはまったくの別物だからな?!」

「こんな山奥でひとりなんて、母様も赤兄のことずっと心配してたし…」

「だから違う!!」

 その健気さがすべて誤解の上に成り立ってるのを知っている俺的には一体どんな顔をすればいいことやら…いかん。顔が勝手ににや付いて来る…倭代の性格の悪さが伝染したと言うよりは、あの無意味やたらと偉そうな赤金が困り切っていると言う貴重なシチュエーションについつい他人の不幸は蜜の味(シャーデン・フロイデ)的なものが…。


 ところがだった。


「きっと父様も喜ぶよ」

「アイツには何があっても絶対に言うなよ!?」

 黒金の口から父親の存在が出た瞬間、突然空気の色が変わったのがわかった。

「…父様は本気で赤兄のこと買ってるんだよ。なのにどうして赤兄は…」

 困惑しながらも笑っていたはずの黒金まで悲しげな雰囲気になり――どうやら赤金は、母親はともかくとして父親とはうまく行っていないらしいのは言われなくても手に取るように分かった。まあ、この性格じゃ目上の人間とはうまくやって行けそうにないし、この手の男ってのは血縁関係があれば猶更反発しそうでもあるが…結果出奔(いえで)して山奥で新石器時代さながらの原始人暮らしか。赤金らしいと言えば赤金らしい話ではあるが、正確な年は知らないがそれでも少なくともティーンエイジャーではあるまいに、いい年をして今更反抗期とは年甲斐もないと言うか…

「何度も言ってるだろ、アイツの跡を継ぐのはお前であって俺じゃない」

「でも父様は…」

「鍛冶屋の技術は門外不出の秘術だ。蝦夷の俺が関わっていい技術じゃねーんだよ」

「そんなの関係ない! 赤兄はこの国で生まれ育ったんじゃないか!」

 突然黒金が叫んだせいでその重苦しい雰囲気が一刀両断にされた――って、何だって? 赤金が――蝦夷?

 何か話が見えて来ない。もしかして、他人の俺達が関わり合うべきではない話題を聞いてしまったんだろうか?

「赤兄は力もあるし頭もいい。僕よりよっぽど鍛冶師に向いてるよ」

「お前はまだ幼いだけだ。後10年もすれば知恵も体格も付いて来る」

「でも父様は赤兄を望んでるんだ!」

 どうやら父親の跡を継ぐのはどっちかで揉めているらしい。それも、何があったかは知らないが相当根の深そうな話と見える。古代の日本が一体どう言う相続制度で成立していたのかは知らないが、こう言うのって普通は長男が跡を継ぐものだと思うんだが――…

「(そうとも限らないわよ。日本に限らず農耕社会では家や財産は基本的に娘が継ぐものだし、家業は成人時期が遅くて結果的に最後まで家に残った末子が親の老後の面倒と一緒に引き継ぐ習慣があったから)」

「(そうなのか?)」

「(むしろ男系なんて、日本では皇室が始めた例外中の例外。飛鳥時代くらいまでは兄妹でも母親さえ違えば結婚だって普通にできてたし、武家社会が台頭するまでは基本的に通い婚制で子供は母親の実家で育てられるのが普通だったんだから、実質完全な母系社会だったのよ)」

 とりあえず様子見を決め込んだらしい倭代にこっそりと教えられて初めて知ったが、ここは21世紀とはずいぶんと慣習が違っているようだ。まあ、長男ってだけで財産も稼業もすべて当たり前に手に入れて、それ以外の子供、特に嫁に行った娘には何も残らないなんて武家社会的なのよりはよっぽど公平な制度なのかもしれないが。

 っつか、腹違いの兄妹で結婚って…今の常識では倫理的に考えられないが、確かに歴史の授業でも皇室が普通に兄妹結婚していた話は聞いたような気もする。そうか。あれ父親は同じでも母親が違っていたのか。歴史の授業では父系では記憶していても摂関政治以外では母系の話はほぼ出て来ないもんな…一夫多妻だし、そこまで覚えていたらキリがないと言うか。

 でも実際、政略結婚が幅を利かせていたヨーロッパ史なんかは母系の繋がりで考えた方が理解しやすいことが多いし、現実には母系の方が人情的には大きいものなのかも知れない。なんだかんだ言って結局子供は母親との繋がりの方が強くなりがちなものだし、動物なんか見てても現実に家族ってのは本質的に「母親とそれに付随する子供」だけを指す単語であって、父親はあくまでもそこにくっ付いているだけの存在と言うか…オスって悲しい生き物だよな…まあそれが生物学的な現実って奴ではあるんだが。

「(でも、どうやらそう言うのとは違いそうね、この話)」

「(…だな)」


   閑話休題(それはさておき)


 そもそもあの言い方じゃ赤金は蝦夷だが黒金は蝦夷ではない、にしか聞こえない。

 確かに外見的には赤金はあまりにも日本人離れしていて黒金の方がよっぽど日本人に見えるのは否定のしようのない事実だが、別に外見の問題だけでここまで意固地になる必要があるか? いや、まあ外見がここまで違っていれば異人種間交流の極端に少ないこの時代では充分意固地になる理由にもなるのかもしれないが、それでも母親が蝦夷ってだけでその子供まで蝦夷扱いされるのなら、同じ母親から生まれた黒金も、王宮にいる白金や黄金だって蝦夷だろう。いや、状況からして外見上の特徴が薄いだけで宮女達の中にもたくさんかつて東北から攫われて来た金髪美女達の子孫が含まれている可能性は高い ―― 白彦を生み出すためだけに。この状況下でそんな混血児達すべてを蝦夷(よそもの)扱いしていたらキリがないだろうに。

 それに、現実問題としてその理論で行くところの「よそ者」であるはずの白金や黄金はこの国の中枢中の中枢である王宮の、トップ・シークレットである日女巫女に一番近いところで仕えている。例えその主な目的が宗教的ハッタリやただの白彦製造工場でしかなかったとしても、それでも現実的な権利としてはよそ者どころか国家機密そのものに関わる権利を与えられているんだから、その兄の赤金だけが排除される理由にはならないだろう。自発的だったかどうかは措いておくにしても、なぜ赤金だけがこんな山奥に追いやられるようなことになっているのか。

「別に村の連中なら誰だって知ってる話だし、今更隠すような事じゃねーから話してやるけどな」

 そんな俺達のヒソヒソ話が、言葉がわからないながらも赤金の耳にも届いていたらしい。まあそれ以外にも、むしろ赤金自身が黒金から話を逸らしたかっただけなのかもしれないが。

「母親が攫われて来た時な、その腹には既に俺がいたんだよ」

「。」


   え…?


 まさか―― 既に妊娠していた娘を攫って来たってことか…?

 つまり妹弟達とは父親が違う――両親共にこの国とは縁もゆかりもない血統だから、だから忌避されて――…

「つまり俺は、生粋の蝦夷(よそもの)なんだ」






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