石灰石?!
餅は餅屋、レンガ作りは赤金自身に任せることにしても、実際の組み立てにはその間に差し挟む接着剤であるモルタルも必要になる。
セメントなんて粉末状の既製品を買って来て水で伸ばして使うもの、と言う感覚しかない俺には「モルタルなんて一体何からできてるんだ?」レベルの知識しかなかったが、そのあたりも考古学者はちゃんと知っていた。
「(ローマン・コンクリートって言ってね、基本的には石灰と水と粘土を混ぜ合わせるだけで作れるのよ)」
「(ローマン・コンクリート?)」
言われてみれば聞いたことがある。現代のセメントはアルカリ性だから二酸化炭素による中性化や塩害なんかで強度が落ちるため、その寿命は50年から持って100年がいいところだ。そのため高度経済成長期に大量に作られた道路や橋、コンクリート建築なんかは今軒並みガタが来ていて完全に寿命を迎えつつあるが、対し古代ローマ時代に建てられた巨大建築物は詳しくは知らないが原理が違うらしくてコンクリート強度的には数千年を経た21世紀でも未だに問題は出ていない。
そしてここが現状では一番重要な点だが、古代ローマで作れたと言うことは電気とか硫酸みたいな化学的な近代技術は必要としないはずだし、材料も日本全国どこでも手に入る石灰と水と粘土だけなら品質の問題さえ置いておけば理論上はこの世界でも充分作れるってことでもある。
――って、また石灰か…一体どれだけ石灰が必要になるんだよ…。登り窯用のモルタルなんて大量に必要になるもんなんかに使われたんじゃ、石鹸まで回って来ないんじゃないのか、これ?
じゃない!
俺はそもそも石鹸を作ろうとしてここまで来たんだぞ! なのに石鹸まで手が届かないとか冗談じゃない!!
「(あのなっ、石灰は俺が使いたいん――…)」
「で、赤金。質問があるんだけど」
「何だ?」
何も言わずにいるとどんどん俺の権利が削られて行く。そんな経験則からさすがにひと言言わなければと怒鳴りかけたその時だった。
「これ、あなた何に使うつもりでこんなもの集めたの?」
そう言って倭代の見せたそれは、どこにでもある多少透明感のある大粒の砂だった。集めたも何も何せこの住居形態だ、家? の中に勝手に入り込んで来た砂をただ単に捨てるために掃き集めただけなんじゃないのか?
と思ったら、またしてもそこが赤金だった。
「滑らかな土器を作るには粘土の粒は細かい程いいが、強度を優先するならそう言うデカい粒が適度に混ざってた方がいいんだよ」
「そこまでわかってるなんてさすがは赤金」
知らなかった。だが、言われてみれば道路などのコンクリートは砂利だらけだし、石垣の例で考えてもただ単に泥を積み上げるよりは中に石が混じっていた方が圧倒的に強くなるからこそああ言う構造なわけで…経験則からそんなことまで自力で気付いて強度のある土器を作ろうとするとは…赤金、マジで恐るべし。
しかも。
「それとソイツ、焼いてる最中にたまに何でか溶ける事があってな」
溶ける…砂が? って――…
「どう言う時に溶けるのかはまだわかんねーが、溶けた時は形が崩れたり明らかに土器が軽くなったりするから何でこうなるのか今色々と試してる最中なんだよ」
まさかそれって。
ぞわり、と鳥肌が立った。だって今は弥生時代だぞ? 須恵器さえまだ満足に作れているとも言い難いこの時代に、赤金は陶磁器を作ろうとしてるってことか?
やってることは完全に科学者の域だ。あのピザ窯でも偶然温度が想像以上に上がることもあるのかもしれないが、その偶然で起こった化学変化を見逃さなかった赤金の観察能力の高さが正直驚異的だった。天才ってのは本当にいるんだ…それもこれも面倒な人間社会から完全に隔絶された世界に追いやられたせいで逆に土器を作ること以外に何も考えなくていい生活にどっぷり浸かれているおかげなのかもしれないが――それにしたってこの探求心がすさまじい。
だが、そんな赤金にニヤリとまたロクでもないことを考えている顔を倭代が向けたのが見えて嫌な予感が走った。
「――その理由――…知りたい?」
「知ってるのか?!」
あああああ、またか…っつか、原理バラすのかよ…せめてこの時代の人間に自力で気付かせ―― いや、蒸留器作りのことを考えれば俺とやってることは大差ないか。自分のやってることを棚に上げて倭代のことばかりチクチク指摘するのは完全な奢りだよな。もはやこのあたりのことは目を瞑るしかないとこまで俺達は既に来てしまっているんだから。
そんな居直り根性そのもので倭代は勿体ぶるような意地の悪い笑顔を浮かべ、
「もっちろん♪」
…なんかムカつくんだよな、その余裕綽々ぶりが。知識は確かに何物にも代えがたい私有財産ではあるが、自慢するためのものじゃない。ましてや赤金とは事情がまったく違う。何も不正はしていないのは確かに事実ではあるが、それでもある意味ほとんど詐欺じゃないか。
だが、詐欺でも何でも赤金にとっては知りたくて仕方のない情報だ。
「何でだ?! 教えろ!」
「石灰を混ぜると珪砂はあの窯程度の低い温度でも溶けるのよ」
って、また石灰か!
だから石灰は俺が使いたいんであって…っ
なんてこちらの意見なんて、倭代はもちろん赤金も聞いちゃいない。
「…セッカイ? ケイシャ?」
「そ。名前知らずに使ってたんでしょうけど、あなたこの砂――つまり珪砂ね。これ粘土に混ぜ込む時、あっちの白い粉も大量に混ぜ込んだでしょ?」
「。」
…。
――白い粉…?
「それ白雲陶器って言ってね、気孔がいっぱい詰まった構造になるから軽くなるのよ」
「ハクウントウキ?」
「――って、待て待て待て待て!」
白雲だか黒雲だか知らないが、その前に倭代お前、今「白い粉」って言わなかったか?! それって話の流れからして完全に石灰のことだよな?! あるのか、石灰が?! 今、ここに!?
慌てて倭代が「あっち」と言った時に送った視線の先にあった土器の壺に駆け寄って見てみると、――マジかよ…何で石灰石がこんなところにあるんだよ…。
と思ったが、よくよく見てみれば並べられた壺の中身はそれぞれ違っていて、そこにはさっきの透明な砂――珪石の壺や石灰石の壺以外にも様々な鉱石や炭、灰までもがコレクションされていた。どうやら新しい土器作りの材料にと集めまくった素材の数々なのだろう、赤金はこれらを自分の勘と経験だけで色々に配合して試行錯誤を繰り返して来たに違いない。
天才天才とは思ってはいたが、赤金はただ単に天才なだけじゃない。本物の秀才なんだ。自分の好奇心を満たすためには一切の努力を惜しまない、その才能を一般に天才と呼ぶのかもしれないが。
「その白い石なら山に行けばいくらでも拾って来られるぞ」
「マジかよ?!」
…あんなに石灰を手に入れるためにしていた俺の苦労は一体なんだったんだ…まさかこんな近くに採石場があったとは。
「(ま、日本はプレート大国な島国だからね。石灰石には事欠かないわよねぇ…)」
「(知ってたなら先に言え!!)」




