洗濯機?!
今更ですが、一応…この物語はあくまでもファンタジーなので、物語の進行の関係上一部事実と異なる表記もしばしばありますのでご了承下さい。
例えば今回だと、ロクロは弥生時代中期には既に日本に実在していたとも言われています。
「(あと――あれ見て)」
と、倭代の顔が改めて真剣になった。
そして顎で示したその先にあったのは、赤金が使っているのであろう単純な蹴轆轤。
「(ただの轆轤だろ、あれがどうしたんだよ?)」
赤金はあれでも陶芸家だ。粘土を捏ねるのが本業なんだから轆轤くらいあっても何の不思議もないだろう。まあもしあれが電動式の轆轤だとか言うならまた話は別だが、どこをどう見たってあれは設計図さえあれば素人の日曜大工でも作れるレベルの超原始的なただの轆轤。冷蔵庫は気化冷却でどうにかなるにしても、洗濯機を蹴轆轤で回すってのはさすがにちょっと…。
なんて轆轤と言うものを知っている俺には特に興味をそそられるようなものでも何でもない物体だったのだが、現実はまったく違っていた。
「(中国ならまだしもこの時代、日本にはまだ轆轤はないのよ)」
「。」
…。
「――え…?」
日本には――まだ、ない…?
「(だから言ったでしょ。ホントに正真正銘の天才なのよ、赤金って)」
待て待て待て待て。まだないって、確かに言われてみれば土器って、確か轆轤じゃなくて粘土を細長く棒状に伸ばしたものをぐるぐる積み重ねて行って作るもの、みたいに習ったような記憶が…そうだ。配膳された食器があんまり自然にできていたから俺も最初ここが1800年も前の過去だとは全然気付かなかったくらいで、いくら赤金が器用だっつったってあんな薄い食器を粘土を積み上げて均して、なんて方法で作れるはずがないじゃないか。柔らかい粘土を均等に整えることができる轆轤と言う技術があったからこそ作れたんじゃないのか、あれは。
頭が固まった。だって、と言うことは赤金は――自力で考え出したんだ、轆轤なんて21世紀でも使われている技術を、誰に教えられることもなくこの山奥でたったひとりで。
ある意味ゾッとしかしなかった。天才とバカは紙一重、とはよく言ったもので、赤金の場合は見た目どうのじゃなくてあまりにも頭が切れすぎたせいで狂人だと思われて一般社会から忌避されたのかもしれない。出る杭は打たれるとも言うが、理解者が存在しないほど優れすぎた者、突出しすぎた者も社会と言う奴は寄って集って潰そうとしがちなものだ。で、人生結局平平凡凡が一番なんてことになる。
「(だからね。現実に既に回転する道具があるのなら、あとは歯車さえあれば極論水車や風車だって作れないこともないと思わない? って話)」
確かにその実現にはまず歯車と言う技術が必要にはなるが、赤金の手腕なら「歯を組み合わせて回す」と言う本質的な原理を説明しさえすれば歯車くらいなら作れなくもないような気もして来た。そして歯車さえ作れれば後はそれを組み合わせるだけで理論上は水車や風車だって作れる。そうすれば水や風の流れさえあれば常時自動動力が手に入るんだから、精米したり粉を挽いたりも24時間フルにやり続けることができるようになるし、使い方次第では洗濯だってできるようにもなるだろう。
つまり、自動洗濯機だ。
「倭代お前――…」
なんて恐ろしいことを考えてるんだ、お前は…本気でこの国の文明水準を根底から引き揚げようとしているのか? たったひとりの考古学者の持つ知識だけを武器に?
確かに医者としても衣服の洗濯頻度の恐ろしく低いこの時代の衛生感覚には眉をしかめざるを得ないところは感じてるし、屋外作業の多いこの時代、衛生的な衣服を恒常的に保証できる医学的メリットはかなり大きい。また、水車があれば製粉や精米と言った腰をかがめる不自然な体勢を長く続けなければならない単純作業が骨に与える悪影響だって格段に減らせるようにもなるだろう。
そして何より、その地道ながらも必須の労働作業から解放された分の労働力を食料調達労働に振り替えられさえすれば、結果的にそれだけ人々の栄養状態も良くなる。
医者は基本的に健康ではない状態になった人間をもとの状態に戻すことを本業にするからどうしても後手後手に回りがちな発想になってしまうが、倭代はそもそも問題のある状態を作り出さないことを考えて動いている。
もちろんそれがすべてうまく行くとは限らない。どんなに注意してたってどうしたって怪我人や病人は出るし、素人でしかない倭代のアイデアすべてがそんなにうまくとんとん拍子に進むはずもない。
失敗もするし素人では気付けない根底からの不可能なアイデアだっていくらでもあるだろう。
だから。
『 日女巫女と白彦は一蓮托生。私の協力なくして彼が存在しえないように、私も彼の協力なくしてはありえないの 』
根本改善案を出す倭代と、そこから零れ落ちたモノをフォローする俺のふたりが揃って初めて倭代の壮大な計画は実現する。試行錯誤を繰り返すにしても、視点の違う意見がぶつかり合わなければ見えて来ないものだっていくらでもあるだろう。
そう言う意味だったんだ、あれは。
「でもまぁ、歯車よりまずは登り窯を作ってもらうことからよね」
「まあな」
登り窯さえできれば大量に試作品を作ることも可能になる。理論だけで具体的な作り方がわからない以上、蒸留器だって試行錯誤を繰り返す必要があるわけで、均一な加熱条件で一度に大量に焼ける大型の窯があることのメリットは大きい。
とすれば、まずはレンガ造りからか。アルコールを手に入れるだけの話をしに来たつもりが、どうやらこれは相当長い道のりになりそうだ。
なんて、これからまだまだ続くだろうミッションの多さに多少げんなりしかけて来たその耳に。
「ってわけで、次は歯車を使った轆轤の設計図、お願いね」
「。」
…。
「―――――――――――― は?」
倭代お前、今なんて言った?
「だって"水車作りたいから歯車作って"なんて言ったって、自分の仕事には全然関係ないことじゃ赤金が興味なんて持ってくれるわけないじゃない」
「そりゃそうかもしれないが!」
じゃなくて! 何で俺がそんなことまでやらなきゃならないんだ! 俺は医者であって設計技師じゃない!
「でも歯車使えば轆轤の回転をスピードアップできるのよ、なんて知ったとしたら――そりゃもうあの頭脳フルパワーで協力してくれるでしょ」
「そんな、馬の目先に人参ぶら下げるような…」
そりゃ確かに人間、モチベーションを持たせるのが一番の集中力アップの鍵ではあるけどな! っつか、そもそもそれ、お前のアイデアだろ!! 自分が言い出したことは自分でやれ!
でも、このマイペース女王は言いたいことだけ言って面倒なことはすべて俺と赤金に押し付ける気満々らしい。
「赤金には本気で全力出してもらわないとね♪」
「…お前、ホントに鬼だな…」
「ほーっほっほっ、何とでもお言い」
お前みたいな女を「男を手のひらで転がす」って表現するんだよ…赤金もホントとんでもない女に引っかかってしまったもんだ…って、俺も同類か…はあっ。




