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Iam estis  作者: Muffin
神籬の儀
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神籬の儀?!

   っつか。


 なんでもいいから早く喰い物をくれ…マジで腹減った。ここまで減ってると栄養ゼリーくらいしか胃が受け付けなさそうだが、――…そんな気の利いたものがここに果たしてあるんだろうか…。

「…。」

 なさ気だよな。何なら油滴るスペアリブとか普通に出て来そうな気さえする。さすがにそれはいくら「何でもいいから」とは言えパスしたい…考えただけでマジでこみ上げて来る。

 祈るような気分で待つことしばし、帰って来た少女が盆に盛って来たのは、スペアリブではなく実に良心的な粥だったが――…だろうな。期待しちゃいなかったさ。いなかったが――…

「何でよりにもよって古代米…」

「こだいまい…?」

 赤い、見るからに固そうな古代米をテキトーに煮込みましたってな玄米粥に実にしょっぱそうに粗塩の浮く貧相な鯛の塩焼き、筍の煮物、浅蜊の汁物とデザートなのか胡桃と干し柿…栄養失調でぶっ倒れてる人間に出す飯か、これが!?

 あまりの医学知識の低さ加減に低血糖とはまったく別のめまいがして来た…いくら何の知識もなくても普通病人には栄養価の高い卵でとじた白い粥に梅干しあたりが定番だろ! 流行りだか何だか知らないがなんでこんな、今この状態の病人にこんな実に消化に悪そうな粗食のススメ的なの並べてるんだ!

 だが、相手は10歳にも満たないであろう幼女…誰かに「持ってけ」と言われたものをただ持って来ただけだろう彼女に当たり散らすわけにも行かず、何より空腹で脳が限界だ。何でもいいからとにかく今は糖質、胃の負担なんぞ知ったことか…!

 クラクラする頭を気合でごまかし配膳された料理へ何とか指を伸ばすと、とにかく糖質…ここは糖分 = 干し柿より糖質 ⇒ 炭水化物 = 米か?

 瞬間的な医学的判断から気合いだけで粥の入った椀を手にしたものの、いらんしゃれっ気出しやがって、なんでこんなくり抜き椀に木製のスプーンなんだよ、無駄に分厚くて喰いにくいだろうが!

 とかなんとか糖質欠乏でイライラ絶好調の悪態を付きながら手もプルプル状態…一体どれだけ意識不明だったか知らないが、マジで血糖値が限界だ。意識が戻らなくても点滴で最低限の栄養くらい補充しとけよ、ヤブ医者が!

 震える手を何とか宥め透かしてどうにかこうにか粥を口に運んではみたものの、…う゛。やっぱり胃が固形物を受け付けそうにない。それでもわずかな量だけでもと執念の一本槍で糖質を求めて粥の上澄みを啜り、作戦を改めてもっと胃に負担のかかりそうにない浅蜊の汁物を口にすると、砂漠に落とした一滴の水のようにやっと干からび果てていた五臓六腑に染みわたるような満足感が全身に広がって行く気がした。

 確か旨味ってのは内臓で味わう精神安定剤とか何とか最近の研究で明らかになったらしいが――正にそれをこの身で実感した気分だ。数分前までのささくれ立っていた空腹由来の苛立ちがたったひと口の汁物でも浅蜊の琥珀酸のおかげかゆっくりとだが確実になりを潜めて行くのがわかる。


  しかし、それにしても。


 何なんだ、この違和感は?

 汁物をわずかでも身体に入れたおかげかようやくこの究極の飢餓状況にも一縷の光が見えて来てようやく頭がマトモに回り始めたようだ。改めて周囲を見回してみてやはり何かがおかしいとしか思えなかった。

 そもそもにしてこの服―― 一体何のコスプレなんだか、使ってる素材はシルクにしてもあまりにも質素な仕立てだ。シルク、なんて言っても素材だけで糸の太さもバラバラだからずいぶん質の悪そうな肌触りだし。

 そんな、食事より状況理解の方に興味の移ってしまった俺を見てか、さっきの食事を運んで来てくれた少女は少し不安げな表情でちろちろと遠慮がちにこちらを見ていた。こんな年端も行かない少女に聞いてもどうせ碌な返事が返って来るなんて期待もできないが、あたりに他に人気はない。選択肢がない以上、この子からしか情報を得る手段がないのが現実だ。

「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど…」

「はい、白彦様」


   ああ…。


 そうだった。確かにまずそこからだったよな…頭が痛い。さてどうするべきか。


   げっそり。


 状況がわからない以上、子供だと思っても下手に事実を明かすのは得策ではないだろう。むしろ、子供の方が最悪のタイミングで悪気なく口を滑らせて不用意に状況を悪化させる危険性もある。今はそこには触れず少しずつでも確実に状況を把握して行くべきかもしれない。

 そもそも俺はその「白彦」とやらではないが、この身体はどうやらその「白彦」らしい。少なくともこの少女は俺がその「白彦」だと信じていることだけは事実だ。しかも様付けで呼ばれてるところから察するに白彦とやらはそれなりの待遇を保証されている立場の子供のようだから、ある程度は重要人物と呼んでいい存在なのだろう。そんな重要人物の白彦の正体もわからないまま中身が入れ替わってるなんて非常識この上ない事実がバレてそれが今後どう働くのかまったく見えない現状では、今ここで正体を明かすのは利口とは言えない可能性が高い。

「なんか色々と記憶が混乱してるんだけど」

「無理もありません、白彦様はあの神籬(ひもろぎ)の儀を終えられたばかりなのですから」

「。」


   …ひもろぎ…?


 聞いたこともない名前が出て来た。なんだそりゃ?

「え、と…何だっけ、それ…?」

「え?」

 と、訝しむような顔をされて地雷を踏んだことに気付いた。まずい…何の話かはわからないが自分、いや、この場合はあくまでもこの身体の前の持ち主だが、ともあれこの身体がやったことらしいから俺が知ってるのは当たり前の話だ。でも知らないものは知らないし、まずはそこから聞かないと話が進みそうにもないのも事実。

 ところが、一瞬困惑した反応を見せた彼女だったが何か得心の行く理論を勝手に見付け出してくれたらしい。

「ああ、そうですね…9日9晩も飲まず食わずであのような真っ暗な暗闇で過ごされたのです。記憶が混乱されるくらいは当たり前かもしれませんね」

「9日間飲まず食わず!?」

 ちょ、ちょっと待て! そんな長期間水もなく断食したら死ぬに決まってるだろう! 人間水なしで過ごせるのはせいぜい持って3日間だ、しかもこんな子供が9日間断食?! この子が一体何をしてそんな過酷な罰を受ける羽目になったのかは知らないが、虐待どころの話じゃない。立派な殺人未遂事件だ。

 道理で異常な低血糖状態だった筈だ、むしろ低血糖で済んでいたこと自体が奇跡とも言える。普通ならまず死んでる。

 でも、それならこの異常な痩せ細り具合にも説明が付く。真っ暗な洞穴の中に9日間水も食料もなく閉じ込められてたなんて、想像するだけでも鳥肌が立つ。飢えと渇きと暗闇と閉塞感への恐怖で気がおかしくなっても何の不思議もない。たったひとりであんな冷たい場所で、この子は一体どれだけの孤独と戦っていたん――…ひとりで?

 同情にも余りあるこの身体の本来の持ち主への憐憫を噛み締めていて、ふと思い出したことがあった。

 いや、ひとりじゃない。もうひとりいた。

 そうだ、あのコスプレ女――…あいつはどこへ消えた?

 確か、記憶が途切れる直前に誰かの声を聞いた。確か――確か、姉上、とか言っていたから状況から考えてあの声の持ち主はあの女の弟なんだろう。

 ともあれあの女とふたりで9日間、あんな極限状況の中でただただ岩が退かされるのを待っていたのか、この子は…?

 そして考えたくもない、だが一番ありそうな結論にたどり着いた。


   ――そして、間に合わず――…こと切れた。


 耐えられるわけがない。おそらくこの子は誰に助けられることもなく文字通り死ぬほどの飢えと渇きの中で死んだのだ。そして、何が起こったのかはわからないが死んだこの身体に俺が放り込まれてなぜかこの身体は息を吹き返した。

 あまりにもファンタジーな話だが、状況的にはそれくらいしか説明が付かない。魂の存在なんて非科学的なことを信じるには俺は実に不向きな職業従事者だが、その職業知識のせいでこの子が生き延びられた可能性も否定せざるを得ない。そして何より、俺はこの子ではない。現実が既に俺の常識の外にある以上、すべての不可能を排除した結果がどれだけ非常識であってもそれは現実でしかありえない。

 そこへ、我が事のように誇り高気に続けられた少女の言葉が止めを刺した。

「姫巫女様と白彦様の奇跡のご生還の話題で今国中は持ち切りですよ。やっとこの騒乱の時代も終わる、と…神に選ばれた姫巫女様と白彦様が平和を取り戻して下さる、と」

「…ひめみこ…?」

 待て待て待て待て、何だって? 奇跡の生還? 神に選ばれた?

 まさか――そんな迷信もいいとこの宗教儀式ごときでこの子とあの女はそんなありえない死刑も同然な状況に放り込まれたってのか?


  『お迎えに上がりました、姉上』


 それが――神籬の儀。

 俺は――…そんなヤバい新興宗教かなんかの集団に放り込まれたってのか…?!






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